魔術師は一見すると賑やかな男だった。別にのべつまくなしに話したてるわけではない。旅を続ける中での彼の発言は、場を和ませたり事態を円滑に進めたりといった目的で出力されることがほとんどである。もっとも、あの魔法生物と結託して黒鋼をからかうことに余念がないのもまた事実ではあったが。
たとえ静かに言葉を紡いでいたとしても、彼の纏った人好きのする柔和な雰囲気は変わらない。絶えず初対面の人間と顔を合わせる自分たちの状況において、それはいつも好意的な華やかさとして存在している。
更に言えば、あの見た目も先の印象に拍車をかけている要因のひとつだろう。人形のようにおそろしく白い肌、それに合わせるような金の髪と蒼い瞳。視界に映るだけで己とは全く異なる感想を相手に与えていることくらい、黒鋼も承知していた。
彼の見せる笑顔はおおよそ、以前見せていた胡散臭いものとは異なっている。時折あの作り笑いを浮かべることもあったが、魔術師はそのたびに黒鋼の視線に気づいて、妙な顔をしながら視線を逸らすのだ。そんな素振りを見せるくらいなら、初めから疚しい真似などしなければいいのだが。人のことは言えないが、あれも大概頑固な性格をしている。
要するに様々な要素を総合して、今もなおファイと名乗る男は賑やかであると言えた。むしろこれが黙ったままでいる時は大抵碌なことにならないので、ある程度無駄口を叩いている方が黒鋼としては面倒がないのだった。
昼間の喧騒は落ち着いて、夜の静けさで満ちている。小狼とモコナは既に寝室へ戻っており、仮宿のリビングに居るのは黒鋼とファイだけだった。氷の入ったグラスとボトル、そして本人曰く「簡単な」つまみを盆に載せた彼が、こちらに向かってくる。いつかの世界で、そしてその後もたびたび飲食店で働いているせいか、身のこなしはなかなかのものだ。
「おまたせ~」
盆の上の品々をテーブルに並べたファイは、気の抜けた顔で笑った。室内の照明を受けて、今は眠りについているであろう少年の目の色のような酒瓶が光っている。いつものように互いの冷えたグラスへ酒を注ぎ合い、無言のまま呑み下す。
「ん、おいしいねぇ」
「……悪くねぇ」
酒の味はその地域ごとの特色が如実に表れる。芳醇な香りと深い味わいを残しながらするりと喉を通り抜けていくその液体に、黒鋼はもう一度グラスを傾けた。重厚なボトルの見た目より軽い飲み口のせいか、ファイの好みにも思いのほか合ったようだ。
二人で晩酌する際も、主に会話を進めるのはファイである。別行動をしている日ならともかく、そうでなくとも話の種に困らず、――これは決して本人に言うつもりはないが――、耳を傾けるに値する話題を提供できるのは、器用な彼の持つ才能の一つと言えた。
相槌を打ったり、反論を述べたりしながらつまみに手を伸ばす。無造作に噛み千切った薄切りのパンの上には、それぞれ細々と手を加えられた食材が乗っていた。咀嚼と共に口内に広がる塩味に釣られるように、またグラスを傾ける。これが簡単であるなら小狼はともかく、自身がごくまれに作る食事は何と表現するべきなのだろう。それでも目の前の魔術師は文句も言わず、毎度あの白まんじゅうとはしゃぎながら料理に手を付けるので、黒鋼は考えるのを止めた。あの喧騒は嫌いじゃない。
ファイはこちらが言葉を発する前に甲斐甲斐しく、それでいて気にした風もなさそうに黒鋼の世話を焼いている。
日によって明日の食事を仕込みながらであったり、お遊び程度の賭け事を持ち出してきたりと、腰を据えず忙しなく動いていることもあるファイだが、今日は大人しく酒を味わう気分だったらしい。隣に座った男の頬は、酒精のためか普段よりわずかばかり血色がいい。視線に気づいたのか顔を上げ、こちらに酒を注ぐべく再びボトルに伸ばされた指先を捕まえる。
「もういい」
「え? ……あ、うん」
素直に手を止めたファイはしばし目を泳がせてから、きゅっと眉を寄せた。
「黒様ってほんと……」
「なんだ」
「お酒呑むとさぁ、普通そういうの……、その、反応しなくなるもんなんじゃないの……?」
出自を知れば当然のことかもしれないが、この男は今まで生きてきた年数に反して、特定の分野において箱入り、もしくは世間知らずと言ってもよかった。とはいえ一度旅を終えてからは多少余裕ができたのか、彼なりに自分の世界を広げているようである。
その中で下世話と表現するにはあまりに拙い知識を、偶然耳にしたり記憶したりもするらしい。だがそれを口にする態度が、かえってその不慣れさを際立たせていることまでは気付いていないようだった。
笑うのに失敗したような顔で普段より若干不明瞭な物言いをされようと、彼が目的とする黒鋼への揶揄にすらなっていない。むしろ相手をつけあがらせる行為にも等しい。現にファイは今もうだうだと小声で器用に騒ぎながら、黒鋼に指先を握らせたままでいる。
「知るか、そもそも大して呑んでねぇだろ」
「黒ぽんの大して呑んでないほど信用ならないものはないねぇ」
反射的に「おまえの大丈夫より信用ならないものがあるか」と思ったものの、それを口にするほど愚かではない。無言のままの黒鋼に何を感じたかは知らないが、ファイは表面上だけ不機嫌そうな顔をしながら、テーブルに広げられた食器類を回収し、片付けてくると言い残して席を立った。
特段急ぐ用事ではないし、さすがに晩酌の片付けくらいなら翌朝の黒鋼でもできる。実際そう伝えたこともあったが、返ってきたのはやんわりとした拒否だった。以降も二人きりの夜を前にしたファイは、律義に雑事をこなしたがる。
あからさまに黒鋼を視界に入れぬよう淡々と作業する様子は、頑なと表現してもいい。察するに彼なりの準備時間なのだろう。もっともその姿を後ろから見ている黒鋼にとっては、眼前の獲物に待てをさせられているような、もしくは獲物が食べ頃になる過程を見せられているような、有り体に言って大変にそそる光景にすぎないのだが。
もちろんこれも口に出すつもりはない。
二人の寝室として宛がわれた部屋は、リビングより僅かに冷えていた。扉を閉め、淡く光ったファイの指先がいくつかの呪文を紡ぐのを見届けてから、口を塞ぐ。彼の希望により明かりは絞られているものの、黒鋼の視界を妨げるほどではなかった。
ベッドに乗り上げ数度単純な触れ合いを繰り返してから、呼吸のためうっすら開いた唇の隙間から舌を捻じ込む。勝手知ったる咥内をいいように弄り、自分の舌よりいくらか薄いそれを擦り合わせ、くぐもった声を楽しんだ。
途中弱々しく胸を押されたので、仕方なく一度開放してやる。こぼれおちた唾液を追って濡れた唇を食むと、ぴくんと添えられた手が震えた。顔を背け息を整えているファイの表情は、長い前髪に隠れている。
「あっ、やだ……」
微塵も説得力のない声色に、思わず口角が上がった。口先だけの制止に従うことなく、そのまま緊張した首筋を舌で辿る。強く吸い付くたびに肩が跳ねるのが愉快だった。
既にほどけかかっていた髪紐を解いてやると、随分と伸びた髪の毛が白いシーツの上に広がった。交合の際、柔らかなこれが裸の背を滑るだけで、ファイが中に埋めた陰茎をぎゅうと食い締めて悦ぶのを黒鋼はよく知っている。
この男は性的な方面の知識が大してないだけではなく、そもそもこういった接触の経験が著しく少ないのだろう。そのくせ不慣れなせいか、それとも持って生まれた本人の資質か、いやに敏感な身体を有しているのが厄介だった。
日常の応酬のさなか、この小さな頭を鷲掴みにして戒めに力を込めることも多い。モコナと共に懲りずに毎回痛い痛いと騒いでいるが、痛くしているのだから当たり前だ。変に加減などしたら大変なことになる。
そういった意図を持って髪を掻き分け地肌を撫でようものなら、この男は日の下であろうと途端に身体を震わせるに違いなかった。今だって耳のふちを指の腹でなぞるだけで、簡単に瞳を潤ませている。
すっかり口数の少なくなったファイは、時々あえかな声を漏らしながらなんとかこちらに応えようとしていた。
大雑把に剥いだ服の下から現れるのは、普段日に当たることのない更に白く透けるような肌だ。吸えば簡単に跡がつき、なおかつその赤が大層目立つ。姿かたちは確かに男であるくせに、こんな場面でなければ性の匂いを感じさせることもない。目前の身体は、頭のてっぺんからつま先まで、性器すら含めて、「男」と呼ばれる性別上の特徴を教本の通り、美しくなぞって作られたようなかたちをしていた。
垣間見た過酷な過去や魔女の言葉を省みるに、この魔術師は黒鋼と同じ人でありながら、僅かにずれた理に身を置く生物なのだとわかる。今でこそ一行の食生活に気を遣っているが、当の本人はこちらと同じ頻度で栄養を摂取する必要がないということも以前から察していた。食欲に限った話ではなく、他の欲求、性欲とそれに伴う発散もおそらく例外ではないのだろう。
出自、性格、魔術師の生態、どれをとっても確かなのは、ファイにとってこういった触れ合いの持つ重みが違うということだ。自らを守るように全てを隠し立ち回っていた頃の姿を思い返せば、より現実味が増す。
そんな男が己の手を許し、我を忘れて乱れるようになったのだから、堪らないものがあった。
刺激を求めるように立ち上がり主張する乳首にはあえて触れず、ゆるく芯を持ち始めた性器に手を添える。予想外だったのか、組み敷いた身体から抑えきれなかった嬌声が飛び出た。息だけで笑うと、涙に濡れた瞳が非難の色を乗せてこちらを見上げてくる。暗がりでも目を引く蒼をしばらく見つめていたが、とぷりと滲んだ体液を掬い塗り広げるようにしていると、そのうち瞼に隠されてしまった。
一度絶頂させた方が肢体の強張りは溶けるが、調子に乗って追い立てるのに時間を掛けすぎると、相手の体力が持たなくなる。黒鋼としても意識のないファイを暴くのは本意ではない。たとえ前後不覚であろうと、こちらの言動に反応を返す姿が見たいのだ。
焦らさずに責め立てしとどに濡れそぼったそれの先端をやわく抉ると、ファイは身を守るかのように身体を丸めて吐精した。爪先に引っかかったシーツが歪む。薄く開かれた口を吸うと、緩慢な舌先がそれに応えた。息継ぎのたびに上擦った声が聞こえよりそそられる。ファイの細い首が、二人分の唾液を呑み込むためゆるやかに動いた。
黒鋼に欲を向けられていると、こちらとしては呆れるほどの時間を掛けてようやく認識したファイは、顔を赤くしたり青くしたり隠してみたりと大変に落ち着きのない動作を繰り返してから、少しだけ時間をくれと絞り出すように言った。
正直なところ、気が長い方ではない自覚はある。だが皮肉にもこの魔術師と共に居るせいで、待つことにもおおよそ慣れつつあった。確かに前進しているのだから一度に多くは望むまい。黒鋼は鷹揚に頷いた。
自分自身にそのような嗜好はなかったが、日本国で男色はそう珍しいものでもない。男ばかりの酒の席で話される低俗な話題を耳にする機会もあった。黒鋼は性欲処理のため商売女を買う程度だったとはいえ、あの魔術師とはそもそもの感覚が違う。彼の持つ知識と経験に欠片も期待しておらず、全て世話をしてやる気でいたのだから、この期に及んで無駄なことを、というのが率直な心境だった。
そんな黒鋼の前に現れたファイは、妙に気負った顔をしていた。
わざわざ待たせただけあって、一応どこからか具体的なやり方について学んできたのだろう。一瞬あのチェスの国での苦い記憶を思い出させるくらい素気無い態度をとるくせに、こちらには理解しかねる魔術やらを駆使して、黒鋼を受け入れるためだけに支度をしてみせるのだからおかしかった。
興が乗りすぎてその身を犯した結果、翌日ファイは一日使い物にならなくなった。心配そうな顔を見せる小狼とモコナに、柄にもなく居た堪れない気持ちになったのを覚えている。
彼を連れて行く対価として失い、彼の魔力を対価に得た機械の腕に、そっと指が添えられる。
しっかりと爪先まで手入れの行き届いた、少年の頭を撫で、白いまんじゅうのような生き物を受け止め、呪文を描き、料理を作る、器用な魔術師の指だ。
ファイが触れられるのを許すのも、過敏に反応するのも、相手が己だからということを黒鋼はきちんとわかっている。
大分中身の減りつつある潤滑油の蓋が、ベッドの端に当たってかつんと音を立てた。すっかり柔らかく広げられたそこに先端を潜り込ませると、先をせがむように細い腰が揺れる。誘われるままじっくりと腰を進めた。温かく濡れた肉が黒鋼を受け入れ蠕動する。纏わりつくような中の感触に、一度大きく息をついた。
「黒様、ふぁ、……ん、んんっ」
「……おい、噛むなっつったろ」
「だって、……ああ゛っ♡」
腹側の弱いところを抉った瞬間、身体がびくびく跳ねる。指を捻じ込み唇を開かせると、じゃれるような抵抗が返ってきた。手足をばたつかせたファイは、腹に力を入れたせいでかえって甘い声を出すことになったらしい。構わず薄い腹を嬲る。
「あっ、そこやだ、や……、ダメ、黒たん、だめ……」
「イイ、の間違いだろうが」
「ほんとにダメ、きちゃう、きちゃうからぁ……っ♡」
本来受け入れるべきではないところに、体格差ゆえ荷が重い質量のものを収めさせている。けれど申し分なく黒鋼を覚えたこの身体は、腹の中まで黒鋼のかたちになっていた。ファイが黒鋼を求めて泣く。身の内から怒りにも似た衝動がぐらぐらと湧き上がってくる。
日本国では目にしたことのない陽に透ける淡い金色、すっと尖った鼻先、嫌味なほど整った作り笑い、子どもたちへ優しさを振りまくくせに本心は明かさない、気に食わない男。
どれだけおまえを見てきたと思っている。
我ながら執念深く追い続け、踏み込み続けた結果が今であることを思えば、焦燥感はいくらか和らいだ。それでも、まだ足りない。
「くろさま、っ、んぅ、~~っ♡」
目一杯背を反らしてファイが絶頂した。精液が彼の腹を汚す。こめかみに浮かんだ汗を見つけて、舌で拭い取った。ついでにうなじに張り付いた髪も除けてやる。普段大して汗もかかず涼しい顔をしている魔術師が、全身を桃色に染めて体液に塗れている姿を見るのは気分が良かった。
絶頂の余韻のためか時折震える腰を抱え直し、先ほどより奥へ進む。引き留めるように絡みつく内壁をぞりぞりと擦りながら何度が抜き差しすると、再びファイの性器の先端に雫が浮いた。
とりわけ腰を引いた時の反応が良い。陰茎を咥え込んだそこが名残惜しそうにひくつくのを楽しんでから、思い切り奥まで嵌め込んだ。
「っ!? ひっ……♡」
「ハァ……」
ぐちゅ、と熟れた果実が潰れるような音をさせて、亀頭がめり込む。
「あ、おくっ、おく……、はいって……っ」
「……すげぇな」
体温が上がりしっとりと汗ばんだ身体は弛緩しているのに、黒鋼を受け入れる中だけはきつく締まっていた。先ほどとは異なり、ひたすら奥だけを狙って揺すってやる。精を搾り取るためだけに粘膜がうねる。首元に縋りついたファイの唇からは、甘ったるい、ほとんど泣き声のような喘ぎがひっきりなしに漏れていた。
「ん、んんっ、う゛~♡」
「……っ」
ぐちぐちと濡れた音をさせながら、吸い付くような奥を捏ねる。今にも流れ落ちそうな額の汗が煩わしい。大きくはなくとも一番深いところへの単調な刺激は、確実に二人を高めていた。
自分の呼吸音がいやに耳につく。お互い限界が近かった。
「あ、ぁ゛…………っ♡」
許容量を超えた快感に哀れなくらい身体をこわばらせたファイを見届けてから、黒鋼も込み上げる熱に逆らわず射精する。
熱くてたまらない。
息を整えている最中も、内側は黒鋼をやわやわと締め付けている。全てを出し切ろうと、半ば無意識にゆるく腰を動かした。
繋がった互いが一つの生き物になったようだ。
ファイの性器の先端から、勢いのない精液がとろりとこぼれおちている。平たい腹がゆっくりと上下するのが、妙に艶めかしかった。
日中賑やかな男は、二人きりの夜の前だけ殊勝な態度でおとなしくなる。そしてしばらくすると黒鋼が扱うまま声を上げ、最後にはこんな風にくったりと蕩けきってしまう。
黒鋼はファイと肌を合わせたまま、この好ましい静寂を享受した。以前の己が想像もしなかった、それでいて悪くない安らぎだった。
「……黒りん」
「ああ」
少し掠れた、いつもより低い声が鼓膜を揺らす。快楽に揺れていた蒼い瞳は、先ほどよりしっかりとした輝きが戻っていた。理性を取り返しつつある彼は、同時に羞恥にも苛まれているようだ。数度まばたきをすると、頬の上を涙が散ったのが見えた。
一部始終を見下ろしながら、おもむろに体勢を変える。埋め込んだままの未だ萎えていない陰茎が思わぬところに当たったのか、組み敷いている身体から上擦った嬌声が漏れた。
ぴたりと大袈裟なくらい動きを止めたファイが、耳からうなじまで赤く染めて、恨みがましく黒鋼を睨む。
「…………黒様、見すぎ」
黒鋼は鼻で笑った。何を今更。
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(愛ゆえに視線が)うるさいおとこ
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