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るいざき
2026-01-27 16:30:21
6537文字
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ナイトレイン あにいも
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あにいも ピタパンのはなし
※てっっぃ匂わせがある
フロムははやくコラボカフェを開催してあにのピタパンメニューを出しなさい
気が付けば、擦り切れるほどの月日が経ち。己の輪郭を保つために、故郷の思い出をなぞり、母の味を込めて生地を練る。
そんな儀式めいた追憶は、いつのまにか円卓の平穏の一幕となっていった。今日は食料庫の補充があり、召使い人形のはからいでピタパンをつくるのに必要な材料が取り揃えられていた。それでは、作らない理由も無いというものだ。
「
……
ふう」
手頃なやわらかさになった生地を、布巾をかけて発酵させる。手に付いた粉を払って、横の召使い人形をちらと見ると。干し肉以外にもものがあることに気付き、目を引いた。
「それは」
「小壺商人のツテで手に入ったんですよ。たまには英雄サマがたによいものを食べていただかないと」
素焼き壺の中にはざまざまな種類の豆が汲み置きの井戸水にさらされている。テーブルの小壺にはいくつかの香辛料や塩、きび糖などが入っているようだ。
「何を作る予定だ?」
「手軽にシチューなどにでも。
……
もし良ければお味見をしていただけませんか。あなた様はおそらく、この円卓でいちばんの味覚をお持ちですので」
「そんなことは無いと思うんだが」
まあ、こうして調理場に立つことがあるのは自分だけだ。あくまでも自分のためにやっている事ではあるが、頼られるならば応えるしかない。
「それなら、シチューも俺が作ろう。あんたは今日倉庫のチェックもしないとならないんだろう」
「よろしいのですか。ですが、体調の方は」
「出ずっぱりの連中に較べるべくもない」
「そうですか。
……
それでは、お言葉に甘えて」
召使い人形は手揉みして会釈すると、少し足早にダイニングを後にした。カチャカチャと遠ざかっていく足音とは入れ違いに、似たような音の、少し高い足音が近付いてくる。
「おい」
「よう。今日はパンがあるぞ」
「なんだと」
ひょ、とつま先立ちして布巾の陰を覗くのは復讐者だった。その様子を執行者はじっと眺めている。
「執行者、トマトとか玉ねぎは食えるか?」
「こやつは何でも食うだろう」
「いや、獣には食べさせていいものとそうでないものがあるから
……
」
リムベルドの生命にその道理が通じない化け物が多い事は確かだが、坩堝は特に食事についてよく分からない。執行者ははたと考え込む様子で、暫し後に『おそらく』といった首肯がされた。
「ん、よかった」
「なら、守護者も禁忌があるのか?」
「あまりネギの類を食べると良くないらしい。それよりは生肉やジビエが好みだと言っていたな」
「ほう」
そんな話をしながら、追跡者は玉ねぎを細かく刻んでいく。すると傍の復讐者が「んに゛ぁ」なる面妖な声を上げて顔を被った。
「え。どうした」
「目がじんじんするぞ、毒物かそれは?!」
「ああ、これは切ると目に染みるものなんだ。洗ってこい」
「ぐぁぁぁ、涙で前が見えない
……
」
よたよたと歩く復讐者を執行者が支えて行き、ダイニングは再び海風と暖炉の火がはぜる音だけの空間に戻った。
現在出撃しているのは鉄の目と巫女、そして無頼漢だ。無事であれば、もうじき帰ってくる頃だろう。
「シチューか
……
」
召使い人形に代わるなら、その品目を遂行するべきなのだろうが。きっと腹を空かせて帰ってくる3人にはすこし軽すぎるかもしれない。
鉄フライパンに油を引き、暖炉の火でほどよく熱したところで刻んだ玉ねぎを入れて木ベラで敷き詰める。
混ぜすぎず、焦げ付かせず。暖炉前であぐらをかきかながら、じっくりと向き合っていると、乳白色の瑞々しい色はとろりとした飴色になっていった。
「──た、ただいま!」
「ああ、おかえり」
息を切らせて、巫女が戸口から顔を覗かせる。何をそんなに急いで来たのだろうと思えば、どうやら復讐者から「パンがあるぞ」と帰還そうそうに吹聴されたらしい。
「まだ焼くまではいっていないんだ。座って待っていてくれ」
「ううん、何か手伝う。やることはない?」
死地に赴き帰ってきたばかりで、疲弊しているだろうに。いいや、むしろそうした時こそなんだかむずむずして妙に元気になるというのは覚えがある。それなら手伝いを頼んでも良いのかもしれない。
「じゃあ、干し肉を賽の目に切っておいて欲しい。そこの豆と同じくらいのサイズで」
「まかせて」
いそいそと手を清めてから、巫女はナイフを取って肉を切る。やはり普段から振り回しているだけあって、調理時のナイフさばきも堂々としている。整然と切られた肉に嘆息しながら、それを飴色玉ねぎと炒め合わせる。
「シチューにするの?」
「その予定だったんだが、もうすこし食いでのあるものにしようかと」
ふうん、と巫女は嬉しそうに鉄フライパンでぱちぱちと音を立てる食材を見つめている。
肉に油が回ったところで鍋に移し、香草と水を入れて沸騰を待つ。その間にピタパン生地の様子を見ることにした。
「おーい、復讐者。生地いじらないか」
「毒はもう撒き散らしてないだろうなあ!」
「ないぞー」
円卓の方で誰かと話しているのが聞こえ、呼び掛けると。先程よりも大所帯となって彼らはダイニングに現れた。
「おかえり、無頼漢、鉄の目」
「ああ」
「今日は大剣の兄ちゃんの飯か。なら、いい酒を開けないとな」
そう言いながら無頼漢は棚の奥を探り、造りの凝った酒瓶といつもの葡萄酒を取り出してきた。のしのしと指定席へ向かうと、いつもどおり酒を注ぎはじめる。鉄の目は何食わぬ顔で隣に立ち、鍋の中身を覗き込む。
「
……
水が少なくは無いか」
「今日はこれでいいんだ、トマトも足すからな」
「え、おいしそう
……
」
じゅる、と啜る音が聞こえそうなほど、巫女は口端をゆるめた。
「おい、追跡者。生地はどうするんだ」
「ああ、まずは切り分けるから待ってくれ」
既に手に小麦粉を付けた復讐者がいまかいまかと待ち構えている。カットボードの布巾を取ると、パン生地はすっかり膨らんでいた。十分に発酵した生地を等分して、その小片を復讐者に手渡す。
「これを丸くまとめて、ボードに乗っけて置いてくれ」
「ん? まだ伸ばさないのか」
「少し休ませる必要があるんだ」
「ほう」
手に取っていた麺棒をことりと置き、復讐者は両手で生地をまるく転がす。そんな様子をじいっと見詰める視線があり、彼女は巫女を振り仰いだ。
「お前もやるか?」
「! ええ」
見本を作っておけば、あとは彼女らが形成してくれそうだ。
ふとダイニングテーブルの端を見遣ると、鉄の目と執行者は勝手に芋を剥いている。言う前から食べたいものを用意している様に微笑ましくなりながら、シチューの加減をちらりと確かめた。
豆とカットトマト、塩コショウと少量のきび糖を投入する。少し飛んだ水分はトマトの果汁で補填され、おそらく味が濃縮されていくはず。煮立つと共に柔らかくなるトマトを木ベラでつついて崩し、炭火も火箸で砕いてトロ火にして、焦げ付かない加減で更に煮込む。
「生地、まるめ終わったわ」
「いい感じだな。それじゃあこれで、暫し待つ」
先程の布巾をほこりよけに掛けて、生地係のふたりにはしばし休息を取ってもらうことにする。芋の皮むき班の様子はどうだろうか。
「鉄の目、芋の予定は?」
「マッシュポテト」
「なんだ、みんなしてパンを楽しみにしすぎなんじゃないか」
「それくらい美味いんだよ」
執行者すら鉄の目の言葉に深く頷く。シチュー鍋の横に並べられた小鍋には、茹だる芋の輪切りが踊っている。ほどなくして火のとおりを確かめると、すり鉢にうつされる。山羊のミルクと少量のバターが足され、粘りが出るまですり潰す。
「
……
施設では、調理も教わるのか?」
「いいや。何かで見かけた製法書を思い出しながらやっている。どんなものか気になったんでな」
「おそらく美味いぞ、それ」
「おお、そうか」
無頼漢から貰ったらしい葡萄酒をちびちび飲みながら、鉄の目はどこか機嫌良くすりこぎを回し続ける。方や執行者は暖炉の火加減を見てくれているようだ。
「
……
そのまま鍋のようすを見てもらっていいか。そろそろパンを焼くから」
こくり、とうなづいて、執行者が木ベラを取る。鉄の目といい執行者といい、これほど調理に介入してくるところを見たことがない。知らない一面を垣間見た、貴重な時間なのかもしれないと思えた。
いよいよ、という事でまずは巫女と復讐者のふたりに手本を見せる。彼女らは見よう見まねで生地を伸ばし、一定の厚みと大きさに整えていく。
「もうこの時点でおいしそう
……
」
「
……
齧るなよ?」
「う。大丈夫、大丈夫。ちゃんと焼けるまで待つから」
「焼けたらつまみ食いするだろうな、こやつ」
「ははは、油断ならないな」
「だっておいしそうで
……
、ごめんなさい」
あわあわと取り繕う巫女のさまにふと笑みが零れる。まあ別に、ひとの飯を丸ごと奪うとか、そういう悪事をはたらく娘でないことは確かだから。ひとかじり分無くなったところで気にはしない。
伸ばし終えた生地を積み重ねて運び、暖炉前に身を寄せ合う。鍋を回してくれる執行者の横で、砕いた炭火の上に薄く油を塗ったフライパンを置く。
生地係のふたりがうしろから興味津々に覗き込むなか、適温となった頃合に伸ばした生地を乗せる。パチパチ、薪が爆ぜる音のなか、段々と生地が膨らんできた。
「んん〜、いい香り
……
」
巫女がすうと息を吸い込む。鉄の目たちといい、彼女らといい。在りし日に厨房に立つ母を見上げる自分も、同じ気持ちだったことを思い出し。そんな感傷に内心浸りながら、生地を裏返した。
「えっ」
「え」
「
……
!」
「
…………
うそだろ」
「な、なんだ
……
?」
感傷は途端に霧散した。疑念の視線が暖炉前の四人から一斉に向けられるのだから、たじろがない方が無理な話だろう。何かおかしいことをしただろうか。ただ生地をつまんでひっくり返しただけだ。
「熱くないの
……
?」
「別に
……
熱くはないな」
今しがた生地を返した右手が注視され、ことの次第を理解した。
「鉄の目ならできるだろ」
「無理だ」
「執行者は全身金属だし」
『無理』といった様子で首を振られる。
「復讐者
……
」
「馬鹿者」
「ぶ、無頼漢〜!」
「あ? 俺ァ料理は門外漢だぜ」
「おいどうにかしてくれ鉄の目ッ」
「知らん」
そっとレディが木ベラを差し出し、右手に握らされた。
「いや、手の方が慣れてるんだが」
「慣れててもびっくりするから
……
!!」
「わ、分かったよ
……
」
しぶしぶ木ベラを受け取り、焦げかけのピタパンをひっくり返した。出来栄えに問題は無いが、なんとも慣れない。母も素手でやっていたから、別におかしいことは無いはずなのに。
「もっと自分を大事にして」
手を取るレディに誰もが頷き、よく分からない憂慮が自分を取り巻いた。門外漢の黒爪だけが、愉快そうに肩をゆすっている。
ほどなくして、生地のすべてが焼きあがった。焦げかけは自己責任であるとして、生地係ふたりが手伝ってくれたピタパンは上々の出来栄えだった。
「じゃあこれを切って」
まあるいピタパンを二等分。上手く出来たポケットに、執行者が番をしてくれた豆と干し肉のトマトソースと、鉄の目が練ったマッシュポテトを詰め込む。
「ピタサンド完成」
「う、美味そうだ
……
」
「ほあぁ
……
!」
マッシュポテトは別添えでも良かったかもしれないが、やはりここは詰め込むべきだろう。各々が思い思いにピタサンドを作るようすを眺めながら、隣室の隠者たちと礼拝堂の学者先生たちの分も作っていく。
「にいさ
……
、ええと。先生たちの分、一緒に配りに行きましょう」
「ああ」
もうすぐにでも食いつきそうなのに、巫女は配膳も手伝うという。健気なようすに少しくすぐったい心地を感じながら、編みかごに取り分けたピタサンドを抱えあげた。
読み物に更けりがちな隠者に代わり、守護者がピタサンドを受け取り。礼拝堂では葬儀屋と学者が揃って受け取ってくれた。礼拝堂のふたりはなんだか巫女と似たような反応を示していて、目を輝かせていたのが印象深かった。
「じゃあ、私たちも食べましょう」
「よくがまんできたな」
「う、うん。ガンバッタ
……
」
浮き足立つ彼女に続いて、既に盛況なダイニングへ戻った。
▫
「ん
……
?」
「ああ、起きたか」
もそ、と身動ぎして。ベッドに横たえた巫女が視線を巡らせた。
「あ、あれ? 私ねてた?」
「戦って帰ってきて、あれだけ酒を飲めば寝落ちもするだろう。
……
ほら」
言って柑橘の汁を垂らしたはちみつ湯を手渡す。身を起こした彼女はカップを手に取る。吹き冷まし、少しずつ飲む様子を眺めていると目が合った。
「
……
仮面やブローチは、そこに」
「ええ、ありがとう。
……
不甲斐ないわ」
「いつも俺の事を気にかけてくれているだろ。気にしないでくれ」
「ううん。だって貴方は──」
その先を巫女は口篭る。解いた髪を耳に掛け、小さな溜息が聞こえた。
「
……
気に入ったか」
「え?」
「その、髪留め」
視線で示すのは、サイドテーブルに置かれた銀の留め具だ。元は、自分の襤褸を留めていたものだ。
「
……
ええ」
「それならいい」
「怒らないの?」
「怒った方がいいか?」
敢えて語気を冷ややかにしてみれば、あからさまに巫女の肩がすくむので、軽く笑い飛ばしてやる。「冗談だ」と。
「貴方、そんな人だったかしら」
「どうだろうな。よく覚えていないから。それとも誰かの影響か」
そうかもね、と彼女には思い当たる節があるらしい。
「
……
円卓は、どう?」
「良い所、だと思う。お前が執り仕切るだけはある」
「それなら、よかった。
……
鉄の目とはどう?」
「どう。まあ、いいんじゃないかな」
兜ごしに表情を見てくるのはその話題の人と隠者だけだが。不意にその名を出されるとむず痒いところがある。そんな様子を、彼女はにこやかに眺めてくれる。どこか懐かしい面差しで。
「貴方に居場所ができてよかった」
そっと囁くような言葉が、じんわりと胸に広がる。
「なあ」
「なあに?」
「ずっと俺の呼び方に迷っているようだから。好きなように呼んでくれ」
「あ
……
」
穏やかさはころりと照れ笑いに変わる。
「じゃあ、わたしのことはレディと呼んで」
「レディ」
「うん」
確かめるように、彼女がこの円卓で名乗るかたちを口遊む。さりとてすぐに沸く想いは、物寂しい懺悔である。
「
……
名前を、思い出してやれなくて、すまない」
「わたしも、呼んであげられなくてごめんなさい」
まるで乾ききらなかったインクを拭い去ったように。死んだ親族の名は未だ朧気にそのかたちを留めているというのに。幼き日に分かたれた我々の名は忘却に沈んだままだ。
それほど、時が過ぎてしまった。
「でも、わたしたちが大切な家族であることは、思い出せた」
手を取られ。はちみつ湯のぬくもりを宿した掌が、指先に血潮の流れを思い出させてくれる。
「さあ、そろそろ起きないと」
「いいや、そのまま眠って良い。野郎は屋根さえあれば極上の眠りに就ける」
そう言い聞かせて、カップを受け取り掛け布を肩まで引き上げる。幼い頃、彼女が風邪をひいた時。こうして寝かしつけた夜もあったのだろう。
「
……
にいさま」
「ん」
「お顔をみたいわ」
掛け布からちらりと視線を寄越され、思わず笑みが漏れる。この子の頼みであれば仕方がない。
「
……
これでいいか?」
「ええ」
かつてを知らぬまま、微睡む髪にやんわりと口付ける。
「おやすみ、レディ」
「おやすみなさい、にいさま」
やがて寝息が立つ。孤島の凪いだ風が、とおくかすかに聞こえる。
「
…………
」
にいさま、にいさま。それだけで、充分だろう。
それだけで、充分に理由となり得るだろう。名は残らずとも、血は遺される。
──事を成せば、お別れね。
あとどれ程、己は彼女の兄でいられるだろう。
「大丈夫だ、心配ない
……
」
柔らかな寝息の頬を撫でて。
ただひとりのきょうだい。たったひとりの。君が自由になれる世を。新たな夜を。
きっと。
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