ハンドルを回すたびに漂う香ばしさ。豆がガリガリと削れていく音は大きいけれど、それさえも心地良い。フィルターをつけたドリッパーに引き立てのコーヒーを移すと、ゆっくりとお湯を回し入れた。
ふっくらとした豆が、白い湯気と共に香り立つ。ゆっくり、ゆっくりとコーヒーが抽出されていく時間はひどく穏やかだった。
二人分のコーヒーをマグカップに移す。揃いのマグカップは、一緒に暮らすようになって使うようになったものだ。以前ウェディングギフトで貰ったものだが、使うこともなく棚の奥に眠っていたもの。必要なものを揃えるまでの借り使いに引っ張り出したのに、いつの間にか随分と生活に馴染んでしまった。
つるりとした取っ手を握り、リビングへと顔を出したところではたと足を止める。
リビングの一番大きな窓。その近くに、リクライニングチェアがある。心地良い風が入るから、保科が読書を嗜むときによく使う場所だ。逆に鳴海はベランダのそばに敷いたラグの上によく転がっている。
「寝とる……」
先程まではラグの上にいたはずなのに。コーヒーを淹れる間にチェアへと移動していたらしい鳴海がすやすやと寝息を立てていた。
確かに今日は心地良い天気だ。窓を開ければ冷たい風が一陣吹き抜けることもあるが、ガラス越しならば暖かい。
「鳴海さん?」
近づいて見ても背もたれに預けられた頭はピクリともしなかった。
「珍し……」
普段眠りが短く浅い人なのに、こんな時間にここまで深く眠ることはそうない。テーブルにマグカップを置いてそばに膝をつく。
陽だまりの柔らかな光が、鳴海を包み込んでいる。色の薄い前髪はまるで宝石でも散らしたように光を含んでいた。睫毛が頬に影を落とし、小さな寝息と共に時折震える。
思わず頬が緩んでしまうほどの平穏な時間がそこにあった。
「……っふ」
吐息混じりの笑みが漏れる。起こしてしまわないように気をつけたいのに、幸福感が胸をいっぱいに満たして溢れてしまう。
肘置きに掛けていたブランケットをそっと引き抜いて、膝に転がるゲーム機と居場所を交代させた。
(コーヒー冷めてしまうなぁ)
せっかく上手く淹れられたのに、と思えど動く気もしない。むしろその場に腰を下ろして肘置きに背中を預けた。
光に溶け込みそうな人を見上げて、その手を優しく包み込む。無骨で温かい手。これまでに数多くの命を掬い上げ、怪獣を屠ってきた手だ。
(いつでも飲めるもんやから。せやから今は、この時間が少しでも長いとええ)
保科は静かに目を閉じた。触れ合う熱が気持ちいい。
(穏やかな温もりに包まれて、なぁんも気にせんでこの人が眠れる時間が続けばいい)
喧騒は遠く、優しい温もりがただ二人を包み込む。コーヒーの香りは柔らかく漂い、穏やかな休息を静かに見守っていた。
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