墨色
2026-01-27 14:20:18
2500文字
Public
 

鉄の味のキス

極パロれめしし👿🦁
ハピエン厨が書いてるので、不穏だけどきっとハピエンになるよ!
二人で中華屋でも始めるよ!!

楽しそうな子どもたちの声が響く小さな庭。それをそっと見つめる、逞しい体躯を和服に包んだ男が一人。その背中に声が掛かる。


「職質されるよ、敬一君」


……叶黎明」

 派手で毒々しいスーツに、これまた派手で邪魔な毛皮のコートを纏った長身の男を見遣り、敬一と呼ばれた男は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「自分が育った施設が大切なのは分かるけどさ、敬一君の格好……どこから見ても職業、分かっちゃうよ?」

 叶が自分の頬に人差し指をスッと滑らせる。『その筋の』と言いたいのだろう。獅子神は叶をもう一睨みすると、庭の見えるその場を離れた。

 何故かその後をついてくる叶に、
「ついてくんなよ」
 獅子神が低い声で凄みを利かせた。

 一般(カタギ)の人間であれば、裸足で逃げ出しそうな迫力もこの男には通用しない。ニヤニヤとした笑みで華麗にスルーすると、獅子神の肩を抱く。

「そりゃ、オレたちが仲良しこよしなの見られたらマズいもんねぇ」
「テメーと仲良しになった覚えなんてねえよ」

 叶と獅子神の属する極道組織は、長年同じシマを巡って睨み合っている関係だ。獅子神は叶に背を向け、話すことはないと拒否する。

……オマエはもう知ってるんだろ?」

 その肩越しに耳元に顔を寄せ、叶が囁く。


「オレらの組がやり合ってんのが、ただのポーズだってこと」


 獅子神の肩が僅かに揺れた。

「あぁ、幹部ン中じゃ公然の秘密だからな、隠さなくってイイぞ」

 ポンポンと肩を叩き、ニィっと歯を見せる。ふざけたカラコンのせいで、瞳の奥を覗くことが出来ない。

「たださぁ」

 スゥッと目を細めて叶が声をひそめる。

「上の方がきな臭いのもホント」

 上の方、と言うのは叶と獅子神の組が属する一次団体のことだ。

「そうなると……ポーズじゃなくなるかもね」
「けっ、オレは元々オメーと馴れ合うつもりなんてねえよ」
「ヒドいなー、オレは敬一君と仲良くなりたいのに」

 叶が赤い唇で形良く弧を描き、綺麗に手入れされた指先が獅子神の頸動脈をなぞる。急所に触れられ、命を握られる格好だと言うのに、叶の手の動きは愛でるかの如く優しい。それが逆に獅子神の背筋を冷たくさせる。

……傷、残らなかったんだ、残念」

 そう言って次に獅子神の右手に残る古傷を撫でた。

「オレも晨君みたいに、残したかったのになー」
……手加減してやったとでも言うつもりか?」
「どうかな?」

 長い舌で唇を舐め、叶は愉快そうに瞳を細めた。

 十日程前に、下の者同士でちょっとした諍いがあった。本来なら獅子神も叶も出張るような場面ではなかったのに、何故か叶が現場へと出向いたのだ。となれば、獅子神側もそれ相応の相手が出ていかなくてはいけなかった。

 油断していなかった、とは断言出来ないなと自省する獅子神は、叶の指が這った首筋を掻く。

「次は、痕になるようにするからな。オレの牙で」

 鋭い犬歯を覗かせる叶は、成る程狂犬の二つ名が相応しい。

「二度も後ろを取らせるかよ」

 獅子を背負うものとして、獅子神も剣呑な視線を向けた。その瞳に、叶は満足そうに頷いた。

「もしもさ、オレの予想通りめちゃくちゃになったら――

 声のトーンが変わる。それはまるで悪戯を思い付いた子どものようだ。


「二人で逃げような」


「はっ?!何言ってんだ?!」
「オレ、敬一君を死なせたくないし」

 気に入ってるんだ、と笑みを向ける。

「死なせるなら、オレの腹の上って決めてるから」

 にこやかな笑顔と言葉の意味が、一瞬結びつかずに獅子神の脳が考えることを拒否する。

「いやいやいや!!もっと何言ってんだよっ!!」

 巡った思考が言葉を飛ばす。

「だいじょーぶ、ちゃんと手順は踏むから」

 声を弾ませ、叶は獅子神の体を抱き締めた。叶の愛用する甘い香水の香りが鼻腔をくすぐった。その裏に、嗅ぎ慣れた硝煙の匂い。

「なんっも安心できねえよっ!!」

 抜け出そうと藻掻く獅子神を押さえつけ、叶が色を帯びた瞳で覗き込む。

「敬一君がイイ漢になるのを待ってたんだ、愉しませてくれよ」

 その熱に一瞬獅子神が怯むと、叶が赤い唇を寄せた。

……っ!?」

 突然重なる唇に獅子神は目を閉じることも忘れた。

 ほんの数秒、重ねるだけのキスで唇が離れた隙に、
「てめ……んんっ!」
 獅子神が文句の一つでも言おうと口を大きく開けると、ヌルリと叶の舌が入り込んできた。

 口腔内を柔らかで肉厚な舌が自由に動き回る。獅子神は、握り締めた拳で叶の体を叩く。離せと訴えるその拳を受け止められ、あまつさえ指を絡められる。

 叶の愛飲している甘ったるいエナジードリンクの味の中に、鉄の味が混ざっている。誰の血なのか、今の獅子神にそれを考える余裕はなかった。

 十分に口腔内が温まったところでやっと離された叶の舌に、長い銀糸が延びる。
 その光景に、獅子神の喉がゴクリと鳴った。
 艶めかしく赤い舌を口のなかに仕舞う叶が、獅子神の髪の毛を優しく梳いた。

「可愛すぎて、手順飛ばしちゃった」

 それから、いつも持っているスマホで獅子神の顔を撮る。

「そんな顔で、組に戻らない方がイイよ」

 耳元で囁き、クルリと背中を向けた。

「テメエっ!待てっ!!」
「続きは今度なっ!」

 叶が手を振ると、獅子神のスマホが震えた。見覚えのないアカウントからのメッセージ。

 『もっとオレを見ろよ』

 一言と、添付ファイル。開けば、顔や耳どころが首まで赤く染め上げた獅子神本人の写真。

……くそっ!」

 すぐに消去すると、獅子神はスマホを握り締めた。


……遅えよ」

 その場に座り込み、獅子神が呟く。
 上がきな臭いことなど知っている。その現場に誰が放り込まれるのかも。
 獅子神は右手の人差し指と中指で自分の唇に触れた。もう残ってはいない叶の体温を確かめるように。
  

 叶と次に会うのは――