a_msu
2026-01-27 13:30:44
6607文字
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世界はそれを、

※話の途中なので要素は出てこず普通に読めますがカントボーイ設定です。苦手な方は逃げてください※
オリジンズDLC董卓ルートのネタバレというかプレイしてないとわけわからないお話。続きます。未完。
董紫です。年齢差はありますがガチの恋愛感情からのものです。
プレイしてから、情緒が乱れて毎日泣きそうです。好き。
私が救わなきゃ。

 その剣を手に取るか否か。
 いつかの日、宝剣すら届かなかったその身をただ偶然そこに在っただけのなまくらで斬れと言う。
 言葉を聞きながら無名は無表情ながら頭の中で考え続けていた。ただし時間はない。即断即決出来る様な願い事ではないがそれに近いものを求められる状況であるのは確かなのだ。追手は恐らくそれなりに迫っている。呂布、貂蝉を下した事で場は混乱しているだろうがあの曹操が動揺する人々をそう掛からずにまとめ上げて動き出すのだろう。
 悪鬼、死すべし。
 法を持たぬ力の律など認めないと彼女と手を取り合った男。
 反乱がおこる前、彼は無名にわざわざ声を掛けに来た。その様な立場に立てるほどに力を持ったあの男はこうなる事を知っていて、その時には自分の所に来ればいいと言ってのけた。
 董卓を見限った時には、我が元へ。
 それを聞かされた時、自分は彼にどんな人物だと思われているのだろうと疑問に思った事を思い出す。
 少なくとも、今目の前で無名に決断を迫る男、董卓にその命尽きるまで忠義を果たすとは思われなかったのだろう。いや、もちろんその考えを責めるわけじゃない。不快に思ったわけでもない。無名は太平の要。ただの旅の武芸者でもなく、主に忠義を誓った将でもない。それはただ太平の世を志す人々の総称。その一員である無名がたった一人の、最早その事を成せるはずもなくなった男に最期まで連れ添うとは誰も思えないのは当然なのだ。
 しかし、太平の要である前に無名も人だ。
 感情を殺し、個を殺し、この国の先を安定させることを志しながらも想いがある。そも、太平を成したいというその志そのものを貴ぶことも個の抱いた願いと言えばそうなのだ。大きな思想の、ただの一部ではない。もちろんそれは無名の勝手な思いだ。外側から見れば違うのだろう。
 実際、目の前の男にとっても無名はそうであった。
 無名という個ではなく、紫鸞という太平の要の一人。
 董卓の側にあるのはあくまでその一匹の獣の理が太平を成すのか見極め、支え、見届ける為だと。
 確かにそれは間違いではない。董卓に見せられた多くの事。腐れ果てたあの都を制す為には綺麗事で済ませてはならず、甘い環境に慣れ切った人々を再度正していくには見せしめが必要だった。少々強引すぎると思った事は数知れないが無名の目にはそれだけ董卓が人々に期待している事も理解できた。
 立って戦え。思うままに生きたければ力を出せ。力も知恵も運も、全てを使ってただ懸命に生きろと。その強い意志だけが、お前達の生を輝かせるのだと。
 あまりにも苛烈で強い志に無名は先を見た。同じく人の力を信じたいと思った。人々による力強い未来があるのだと。
 董卓がその道を行く限り太平の要はここにある。その事を男は正しく理解していた。間違いなどではない。
 いつか朱和は言った。太平の要とは太平の世を目指し力を尽くす人々であり選んだ英雄に盲目的に尽くす存在ではないと。傍にあると誓った存在が狂い果てれば裁く事も厭わない。個に対する忠義の人ではなく、どちらかといえば裁定者のような面があるのだと。実際里ではその様に躾けられる。創設から時が過ぎた今となってはそれが揺らいでいる面もあるが、少なくとも白鸞、朱和、紫鸞はそうであろうと若い時分から誓い合っていた。
 太平を成すであろう英雄を見つけ出し、お支えする。そして全ての民に安寧を。しかし忘れてはならない、我らの目的はあくまでも太平の世。一つの大きな力に媚びへつらう者であってはならないと。
 自身で持つ志、それを成そうという強い意志。それを起点として生まれる力を持つ者。
 そういうものを人の基礎としたいというのが男の目指すものだ。
 しかし、その想いとは裏腹に洛陽に生きている人々は恐怖に委縮し、怯え、反抗心を失っていった。生きる為に媚びへつらい、こんな暴虐が許されるはずはないと口先ばかりを動かし、誰か、誰か何とかしろと固く小さくなっていった。
 中原の弱卒に西の理は通じない。
 長く、長くそう生きてきた人たちが突然そう生きられるはずもないのだと理解するのに多くの時間はかからなかった。
 だからこそ、近頃の董卓の失望ぶりはよく目に見えた。
 どれだけ惰弱でも、どれだけ腐ったものでもこびりついたものはそう簡単には変えられない。
 時間がかかる、きっとそれは途轍もなく。漢室という腐った大木を切り倒す事よりも難しい。
 つまらなそうな横顔を見つめる事は日に日に増えていた。酒を飲み、女を抱いて気を紛らわせながら圧政が緩む事が無いように目を光らせる。選んで進んでいる道に迷いなどはあるはずもない。だがしかし、過酷な大地で生きてきた男にとって苦痛な日々であったのだろう。
 そんな、それでも諦めずに信じ続けている男の側に居たいと思ったのは、間違いなく無名の個の意思だった。
 太平の要としてその道の先を見つめながら、無名という一人の人間としてそれに寄りそう。
 盲目になる気は毛頭ない。
 しかし、何があってもここに居ようと思ったのも本当の心からの本心だった。
 彼が太平を成すこと叶わず一匹の獣として狩られる日が来るかもしれない、道を踏み外し狂い果てる日が来るかもしれない、そうでなくとも病や寿命で命を落とすかもしれない。それでもずっと、ここにいようと。
 それは、それは、間違いなく、
 突き刺さる剣に手を伸ばす。
 他人の手ではなく、病でも寿命でもなく、己の手でその命を終わらせる為に。
 何故、そうせねばならないのか。
 それは男が望むからだ。腑抜けた者達の糧にはなりたくはないと。それならばと。
 男の意思を無視し、引き摺ってでも共に進みたい気持ちはもちろん強くあった。進んで、生きて、その先にと。けれどその道を排除してまでそう口にしたという事は恐らくそれは叶わぬことなのだ。男は今ただ気力だけで生きている。もういくらもしないうちにその意識が失われる事を理解しているからこそこの選択を迫ったのだ。
 雪が積り、周囲に人の気配無く、ただ白いこの景色。いずれ現れるのは救いの手ではなくその首を刈る刃のみ。
 選択肢はない。
 選択肢はないのだ。
「それでよい」
 今まで聞いたこともない様な、安堵したような声で男はそう言った。
 手に取った剣を振り上げ、落とせば全てが終わる。それでよい。それで。男を糧に、進んでいく、先に、この先に、
 先に。
 剣を握る。寒さに凍えて指先は震えていた。それ故のはずだ。迷いなどではない、何故ならば迷っても仕方がない。選択肢はないのだから。
 もう顔を上げる気力もないのか董卓のその視線が落ちた。ただ無名に斬られるために必死に呼吸を続けている。
 後悔が過る。
 難しいことは無い。とても単純な後悔だ。あの時、守り切れていたらと。意味のないものだが。
「董卓」
 もう一度こちらを見て欲しくて名を呼んだ。決して持ち上がらないだろうと思っていたのにも関わらず要望は叶えられる。その眼と見つめ合った。表情に力強さはない。本当に死にそうなのだ。それでも必死に無名の願いを叶えてくれた。
 互いに涙など流さない。
 それでも見つめ合って。剣を握る。
「貴方を愛している」
 一息に、そうと言った。本心だ、本当の、無名と言う名の一人の人間の心からの言葉だった。
 だからここまで来た、だから、この剣を取るのだと。
 涙など、流さない。涙など。
「わしもだ。お前を愛している」
 言葉は詰まることなくなだらかに返された。当然だと、当たり前の事を口にするように。
 わかっていた、わかってくれていた。
 だから、ここまで連れて来てくれたのだ。
 剣は手放さない。手放さないが駆け寄り、縋りつく。死にかけの冷たい肌はその唇すら冷たかった。そこに温もりを分ければ血の味がした。無名自身以外誰も知らない事だがそれは生涯で初めて触れ合わせたものだった。
 それは真実だ。産まれた時からの記憶を今の無名は鮮明に覚えている。
「来い」
 言葉。言葉のまま無名は持った剣をその身に突き立てた。刃は肉を切り裂き奥へ奥へと進んでいく。心の臓が止まっていない故に温かな血が零れ落ちた。先程ほんの一瞬触れ合わせた唇からも血が吐き出される。血は背に掛かった。それでも離れない。剣を握り、寄り添い、その血を受けながら突然、死にかけとは思えない力で抱きしめられた。


「行け、霊鳥よ。このわしを糧に、風の彼方まで」


 進め、力強く、進み続けろ、


 その激励を最期として力が抜け落ちた。その意識が消え果てる。身体はここに在れど董卓を董卓足らしめんとしていた魂魄が失われもうあの声も眼差しも二度と此処には現れない。
 それでもずしりと掛かる重みをただ黙って抱きしめ、支え続けていた。
 気のせいか、何故だか酷く温かいようにも感じた。大きな体、大きな腕。ずっと求めていたものだ。
 それを、腑抜けた者達に与える事など。
「朱和」
 朱和、朱和、
 小さな声で繰り返す。縋るように何度も何度も、
「紫鸞」
 呼びかけに応じ、彼女が現れる。深い事は考えなくてもいい、ただ駆けつけてくれたことだけが事実だ。
「朱和」
「紫鸞、大丈夫。大丈夫よ」
 仔細を尋ねずにそう言うと手を貸してくれ二人がかりで剣を引き抜き、董卓の身体を横たえた。ようやく見えた死に顔は苦痛に塗れている事もなく静かなものだった。けれど見やれば吐き出した血が唇を汚している。拭ってやりたいと思ったが己がどれだけの時間動かずにいたのか、その血は少し固まっていた。拭いきれないものに無名は舌を伸ばす。舐めて綺麗にしてやるが、朱和はそれに対して何も言わなかった。
「紫鸞、救援に来てくれた涼州の人達には私が知らせておく。あとは、曹操殿にも。貴方達に追手が掛からないよう掛け合うわ」
 ああ、と返事をしたかったはずだが声は出なかった。ただ俯いて、出来うる限り眠る男の顔の汚れを拭い続けていた。
 泣いてはいなかった。
………馬騰殿達も既に敗走という形で軍を引いてしまってもうここまでは来れない。董卓殿のご身内の事も気にはかけて下さったけれど先を取られていて誰も助けられなかったわ。きっと事が失敗した時の保険だったのでしょうね」
 董卓を万が一討ち損じた時の話だろう。身内を人質として身動きを封じようとしたという事だ。それが董卓に通じるかはさておいてだが。きっと今頃は今まで虐げられていたと感じた人々に糾弾されているだろう。董卓が息を引き取ったと知られればその先にあるのは恐らく死だ。
「だから紫鸞、彼の事は貴方が弔ってあげて」
 彼のいう、腑抜けた者達に奪われないためにも。
 返事は言葉にならず、ただこくりと頷くとまた二人がかりでその身体を無名が背負う形とした。剣も持てず、ただ歩くしか出来ないだろう。もし、万が一こんな状態で追手に見つかればその先は想像に易い。
「いってらっしゃい」
 またいつもの宿で落ち合いましょう。それだけを言うと朱和は姿を消した。
 重い身体を負ったまま無名は足を進めた。恐らく長い距離は歩けない。ただ、とにかく人目につかない場所を目視で探してそこを目指した。
 歩きながら思い浮かぶのはやはりもうそんなに難しい事ではなかった。
 太平の事でも、先の事でも、ましてや愛についてでもない。
 ただ、今まで共に過ごした日々の事だけが頭によぎっていた。
 初めて会った時の強烈な印象、その苛烈な考えを語り聞かされた日の事。恐ろしい男だと思ったが掛けてくれる言葉の一つ一つにはっきりとした信念あると感じた時の事。人を信じていると言い、無名が共感を口にすると意外にも嬉しそうにして共に酒を飲んでくれた。強いのだろうにその時は随分酔って、若い頃の話などをしてくれた。
 皮肉げな笑みが多く、凡そ険しい顔をしている男だが時折そうして笑いかけてくれていたのだ。
 けれど近頃では本当にそれも少なく、哀しみが胸を刺していたが、そう、あの時、彼らが力を集結させて再度立ち上がった時、董卓は本当に嬉しそうに笑った。
 天下、かくあるべし。
 人はこうでなければ、我の思う力を持つ者とはこうして何度でも立てるのだと。
 本当に、嬉しそうで。
 気が付くと、あれほど厭っていたはずの涙が頬に流れていた。その身体を支えているが故に流れ落ちるのを止める事も出来ない。
 それは本当につい先程の事なのだ。あの城の一室で見せられた表情を見て、無名は同じように喜びを感じていた。同じ思いからというわけじゃない。人々が信ずるがままに立ち上がった事を喜んだのではなくて、董卓が笑った事がただ嬉しかった。
 剣を持ち、迫りくる敵を押しのけて駆け、走った。
 彼と久々に走る戦場は小気味よく、想像は遥か天まで駆けた。
 このまま都を脱出して、ああそうだ、彼が育ったという涼州の地まで逃げるのだろうか。この洛陽の街では悪鬼である人も涼州では腐った都を制し、正している本物の英雄なのだ。
 闘争を望んだわけじゃない。そうではないけれどただ漠然とこれでいいのだと思った。
 この都で腐り落ちるよりは、よっぽど。
 あんなにつまらなそうな顔をしているより、よっぽど。
 太平の要などではなく、無名自身が思った事だった。
 ああ、ここにしよう。そう思い足を止めたのは、











 真白い景色を一望できる場所だった。














***


「おかえりなさい」
 そうして優しい声で出迎えてくれたのは当然に朱和であった。
 いつもの宿、いつもの場所で戦場の気配を拭う事無く現れた無名にそう声を掛けて爛れる指先を包んだ。
 あの後、無名は土を掘り返すのに使えそうなものなら石でも枝でも何でも使って穴を掘った。掘り返せば現れる邪魔な石ころを除きながら枝が折れて、石が持てなくなって、それでも掘り進めるために指先でその土を掻き続けていればあっという間に指先は血にまみれた。
 それでもあの人の肉が獣のえさにならぬように必死に深く深く掘って、なんとかそれを終えると静かに眠る男と形見分けをした。
 互いの髪の毛を交換して、互いの手の中へ。
 いつか、いつか無名もこうして土に還る時同じように必ずこれを持って逝くからと誓いを立てて震える手で土をかぶせた。
 決して誰にも暴かれないことを願って墓石も立てず、その場を去った。
 わけられた形見は彼の血が染み込んだ服の一部を切裂き大切に包んだ。生涯、決して手放すことは無いだろう。
 朱和は、戻った無名にやはり何も聞きはしなかった。
 ただ黙って服を脱がせて持ち寄った湯で身体を拭い、傷に薬を塗って包帯を巻き、清潔な衣服を纏わせる。形見についてもとても丁重に扱ってくれた。
「朱和」
「ん?」
 何事もなかったかのような顔で全てを終えてそこに居てくれる彼女の名を呼ぶ。
「ありがとう」
 それは今この場の事だけに収まらないものに違いなかった。この乱世で英雄を探す役割を負った無名をいつも静かに支えてくれている彼女。今回の事が、殆ど私情であった事を理解していないはずがない。けれどそれでも一度だって咎められたことは無かった。
「紫鸞、貴方はこれからどうしたい?」
 どう、とは。
「貴方が望むなら里の皆の元に戻るのでも構わない。私はそう思っている」
 道を進む事を強要はしないと言った。傷付いて、飛ぶのをやめるならそれもいいと。
 しかしそれは
「止まりはしない、進む」
「紫鸞」


「そう、生きたいんだ」


 あの人が望んだからじゃない、そう願われたからじゃない、
 太平の世も、人々の安寧も、最初から自分自身で願っている事なのだ。その道をただ進む。
 風は止まない。彼方まで吹きすさぼうとも。
…………わかった」
「ただ、」
「ん?」
「今は、眠らせて欲しい」
 疲れた、とても。
 言うと朱和がまた穏やかに笑った。
「ええ、おやすみなさい紫鸞」
 良い、夢を。
 それはこの先に待ち構えている嵐の如き人生の、ほんのひと時の安息であった。