はらす
2026-01-26 23:39:22
1023文字
Public 忘バ
 

20260126桐智 既婚と憂鬱(途中)

途中なので突然始まって突然終わります。1100字

「桐島さんって、キスしたことあるか、俺に聞いてきたことあるじゃないですか?」
普通は既婚者に向けて放つ台詞じゃない。そのくらいのことは分かっている。でも、昔好きだった男から飲みに誘われ、ほいほいとやってくる奴に、気遣いなんているだろうか。今、俺が聞きたいんだから、それで良いだろう?
「そうやっけ?」
何度も聞かれましたよ、とは言えず、酒と一緒に飲み込んだ。
「あの質問の答えなんですけど、ない、です」
「え?いま言う?」
「いま答えたら駄目なんですか?」
「いや、ちょっと、おもろいなって思て」
彼はすっと口元を三日月にした。興奮している時の癖だ。本当におもしろいらしい。
「じゃあ、おもしろついでに、キスしません?」
「ええ俺も初めてやしなあ
そんなわけないだろう、奥さんいるのに、とは言えず、また酒をあおった。刺激物が喉を焼き、胃を焼き、腹から脚から股間までの全部を燃やす。ついでに頭も沸いてぼんやりとした。
「一回だけ、ちょっとだけ、試すだけ、どうですか?」
これは、少し前までこの人が俺によく言ってたやった。「なあ、一回でいいから、ちょっとだけしようや俺と」。繰り返し注がれた誘惑を、今は俺が同じやり方でこの人に返している。
どうせ分かっているのに。あの時は鬱陶しそうにしていた俺が、仕返しのように同じ言葉を繰り返していることに、気がついているくせに。
そうやって悪そうに微笑んで、嘘ばかり弄ぶ。あんた、そういう人だよな。
腹が立つ。
腹たちの相手が桐島さんなのか、自分なのか分からないことに苛立ち、グラスに手を伸ばすと、横からさっと腕が伸びてきて俺の指を掴んだ。
「口にするなら、酒やなくて、俺にしたらええやん?」
はあ、これだ。これだよな。欲しかった言葉をようやく手に入れて、首の後ろがちりちりと逆立った。気持ちいい。
「じゃあ、本当にキスします?」
「ほんとの本気で言ってんの?」
言葉遊びやなくて?
彼は困ったように眉を下げる。本当に迷っているのか、ただの芝居なのか、分からない。その分からなさに酔っていると、彼は俺の頬にそっと手を当てた。この人は指が冷たい、と俺が緊張している隙に、かさりと唇に何かが触れ、すぐに去っていった。
それだけで嬉しい自分が、いちばん癪だった。
こんなことで一喜一憂してる自分なんてばかばかしい。
でも、消えてなくなってしまえとも思えず、唇を尖らせることしかできなかった。くっそ。