フリンズさんが会う度に花を贈ってくる話


「こんにちは。報告書の提出に来ました」
「はーい……ってフリンズじゃん」
「えぇ、貴女のフリンズです」
「はいはい、ここは職場ですよ……

 まだ朝日が眩しい午前中。
 ライトキーパー事務所の書類受付を私が担当している時、机に向かって作業しているところに声をかけられた。顔を持ち上げると、報告書を片手に持ったフリンズが笑顔携えて目の前に立っていた。毎回行われる恒例行事の会話を流しながら――こんな時間に事務所にいるのは珍しいなぁ、とか考える。彼が差し出している報告書を受け取ってペラペラとめくりながら確認し、問題ないかをチェックした。
 
「はい、報告書の必要事項については問題なさそうです。こちらで受理しておきますねぇ」
「えぇ、確認ありがとうございます」
……こんな朝一に珍しいじゃん。しかも、この報告書の期限来週だよ?」
 報告書数枚を机にトントンと打ちつけて角を揃えていると、立っていたフリンズが少し屈んで、私に顔を近づけてきた。
「僕は貴女に会うために、この時間に来たのですよ……?」
 耳元でそっと呟かれた内容に動揺して、揃えていた書類が手から離れてバラバラと崩れる。彼はすでに私の顔から離れており、ニコリと笑った。机に散乱した書類をもう一度まとめつつ、フリンズを胡乱な目で見やる。
……なぁに? 揶揄うために来たってこと?」
「まさか。そんなつもりはありませんよ」
 そう言って彼は懐から宿影花を取り出し、私の制服の胸ポケットに捩じ込む。
「あ、ちょ、無理やり入れないで! お花が可哀想でしょ……
「今日ここまで来る道中に見つけましたので、差し上げますね。――それでは、また」
 そう言って部屋の出口へ向かうフリンズ。……なんなのだろう?最近、会うたびに宿影花――水色とピンクの花弁を持つ花――を貰っている、というか押し付けられている気がする。
 ――もうそろそろ、ドライフラワーも栞も作りすぎて売れそうな程あるのだが。


 ***


……ってことが最近あるのよ。なんか知らない?」
 
 今日の昼休みは友人とスペランザで会う約束をしていた。机に並べられた料理に舌鼓を打ちつつ、近況報告がてらに午前中の件を思い出して話題にしてみた。何を隠そう、この彼女はナシャタウン内の花屋『スプリング・ヴィレッジ』で働いているのだ。
「それ……本気で言ってるの?」
「ぇえ……? 何その反応、怖いんだけど」
 聞いた途端にカトラリーを取り落としそうになる友人の反応に、若干焦る。なに、私は知らない間に何かやらかしてる……
 
「少し前に、ナシャタウンで祈月の夜のお祭りがあったじゃん」
「うん、あったね。とっても楽しかった」
「あの時、キャンディー屋さんって行った?」
「行ってない。なんで? 関係あるの?」
「行ってないかぁ。そこで話題になって……まぁ、それ以前から話はあったんだけどね」
 彼女は手にしていたカトラリーを一度皿に戻して、手を机に揃えて姿勢を正す。それに釣られて、私も姿勢を正す。
「それではお答えします」
……はい」
「宿影花って言うのはね、『恋人同士がお互い贈り合う花』と言われてるの」
 …………ん? 初耳なんですけど……
「え、……と言うことは?」
「ようやく事態に気が付きましたか」
……知らなかったから、ノーカンってことにならない?」
「多分フリンズさんも、知らないんだろうなぁってことは気付いてると思うけどねぇ」

 私が約一分ほど頭を抱えている間に、彼女は私が取っておいた「鳥肉とホワイトベリー漬け焼き」の最後の一切れをひょいっと食べていたが、許してあげよう。
「ちなみに、良い話があるよ」
……なに?」
「うちの職場で、宿影花を取り扱ってますよ……お客さん、どうしますか?」
「言い値で買わせて頂きます!!」
「あはは! 毎度ありがとうございまーす」


 ***


……ってことで、買い占めて……きたのよ……
「ふふっ、なるほど――これは予想外でした」
 
 その日の夜は、フリンズとフラッグシップで会う予定があったのでちょうど良かった。花屋の友人には宿影花九本を午後取り置きしてもらい、退勤後に急いで花屋へ向かった。そして頼んでおいた花束を片手に、そのまま私はフラッグシップまで走ったのだ。
 いつものカウンター席に座るフリンズへ駆け寄り、彼の胸元に宿影花の花束を押し付けると、彼は大きな目をパチパチ瞬きして驚いていた。私は走ってきたせいで息も絶え絶えである。見かねたデミアンさんが水の入ったコップを差し出してくれた程だった。
 
「とりあえず、今まで受け取っていた九回分ってことで、花束にして貰いました」
「おやおや。……とても嬉しいですよ。ありがとうございます」
 受け取ってもらえて少し安心したので、カウンター席の隣に腰を下ろす。お水が美味しい。
「でもさ、なんで教えてくれなかったの? 私がずっと無視してることになっちゃってたよ」
「それはそれで面白い……と、思いまして」
……ちょっと性格悪くない?」
「それほどでも」
「いや褒めてないからね⁈」
 まぁいいか。今朝会ったフリンズよりも、今のフリンズの方が良い笑顔だし。その顔が見れたから、今回はもう満足だ。
 

「さて、貴女の書類受付担当日は、次はいつでしょうか?」
……明後日の午後ですね」
「そうですか、それでは……ふふっ、また急いで報告書を作らないといけませんね」
「いやもう宿影花は当分いらないからね。私は直接取って来れない場所だし、花屋さんに通わないと行けなくなるから!」
 私が焦ってそう訴えると、彼は堪えきれず「ははっ!」と声を出して笑っていた。



『貴女に気付いて欲しくなりまして、ね?』