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だま
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エムルク
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01:その視線の意味
エムルク/連作
以前投稿した物の加筆修正版です。
この後の話も手直ししながらまたのんびり投稿していきます。
⚠️ゲーム本編と展開が異なります!
作者の妄想の塊です。よろしくお願いします。
・・・
情熱など、とっくの昔に葬り去ったと思っていたのに。
エムリック・ヴォルカリン教授は花を摘む青年を見つめ、彼の淡い紫の瞳や、表情、身振りからなんとか確証を得ようと苦戦していた。他者からの恋愛的な好意を読み取るのは得意だと思っていたが、どうやら考えを改める必要があるらしい。そして、自分自身の感情についてもわからなくなってきていた。
困惑、それとも喜び?
ルークがエムリックの魔法を褒めるたび、彼の存在を喜ぶたびに、エムリックは新鮮な驚きと、喪って久しい熱い想いを感じていた。別に褒められるのが珍しいわけではない。生徒たちからは常に敬意を向けられ、他のモルタリタシから賞賛を受けることも数え切れないほどある。そして性的な情熱を込めた讃辞も。だが、ルークの言葉はそのどれよりもエムリックの心を強く脈打たせた。
ルークは別段エムリックへ個人的な、深い意味の含まれた好意を示してはいなかった。他の仲間に対する友情と同程度だろう。だというのに目が離せない。容姿はとても幼く見えるが、彼のまなざしは老成した光を宿しているし、ケロイドの痕が目立つ顔も荒々しい自然のようで美しい。普段は穏やかなのに、戦いとなると誰よりも雄々しく立ち向かっていく姿など輝いて見えるほどだ。
つまり、エムリックは恋をしていた。そのことに一番困惑し、動揺しているのもまたエムリックだった。
リッチダムになると決めてから、エムリックは人と真剣に交際することをきっぱりとやめた。体だけの刹那的な関係や、一時の戯れるような付き合いはしていたがそれはもはや恋ではなかった。若い頃漠然とあこがれていた暖かな家庭を持つことも、永遠の愛も、この時に諦めたのだ。
リッチダムになるということは死ぬということだ。儀式に成功しても愛する人とは別れることになる。恋をしないという決め事は、自分を守るためでもあり、誰も哀しまないで済ませる究極の安全措置だった。だからこそ長年孤独と寂しさに堪えてきた。なのに。
「エムリック、まだ摘んだ方がいいのか?」
花を抱えたルークが見上げてくる。
エムリックがリッチダムになると告げた時は動揺していたが、今は普段通り、落ち着いているように見える。
やはり彼はエムリックのことを特別に想っているわけではないのだ。そう思うと安堵する反面、鉛のような苦しみが腹の底に落ちてくる。胃がねじきれそうだ。
だがそんなことはおくびにも出さず、エムリックはにこやかに礼を言った。
「いや、そのくらいでいい。ありがとう、ルーク。ついてきてくれ」
エムリックに案内されて墓前に着くと、ルークが「ああ、そういうことか」とつぶやいた。墓標にはネヴァラ文字が刻まれていたが、ウォッチャーなら難なく読める。ヴォルカリンの文字を見てすぐに察したのだろう。
「両親に花を供えてもらえるだろうか」
「もちろん」
花瓶を手渡すとルークは慣れた手つきで茎を整え、余分な葉を落としていく。跪いて懸命に花を飾りながらああでもないこうでもないと悩んでいる姿は、不思議とエムリックを穏やかな気持ちにさせる。腹の中に澱んでいた不快感も、すでに消え去っていた。
――
本当に私はルークと恋仲になりたいのだろうか。ただ単に、彼の善良さに安らぎを見いだしているだけではないのか?
「できた」
ルークはエムリックの隣に立つと、献花の仕上がりを眺めた。バランスよく飾られた花々は、雫をまとってやわらかに淡く輝いている。
エムリックが挨拶を促すと、ルークは丁寧に墓へ自己紹介し、会えて光栄だと言い添えた。
「両親のことは覚えているのか?」
「鮮明に覚えていることもあるし、早朝の夢のように淡くかすんだ思い出もある。顔も声ももうあまり思い出せないが、母のぬくもりはよく覚えている」
母のあたたかな手の感触は、いまでも夢に見ることがある。歳を重ねるにつれて思い出せることは少なくなっていたが、それでもこうして墓前に立つと両親を近くに感じられた。
「最近は私たちが辿っている道や、この先の選択についてふたりがどう思うだろうかと考えてしまう」
「お前がリッチダムになることか?」
「彼らは、私に何を望んでいたんだろう」
ルークがエムリックを見上げる。彼はなにか気の利いたことを言おうと口を開き、そのまま閉じた。珍しく視線が泳ぐ。
「俺は
……
親を覚えていないからよくわからないけど、エムリックの両親なら子供が自分の夢を叶えようとするのを応援したと思う。死ぬかもしれないとしても。お前の思うがままに、好きに生きればいいんじゃないか」
・・・
死の足音が近づいてくる。
子供の頃から聞こえていたその音が、近頃ではますます大きく近く聞こえてくる。それが怖くてたまらない。気を紛らわせるためこうして灯台の周囲に満ちるエーテルを研究していても、痛む関節や拭えない疲労感に打ちのめされてしまう。
リッチダムになるのなら、早い方がいいのではないか。
そう考え、数日前のルークとの会話を、もう何十回目かわからないほど反芻する。いつもと違って視線を合わせようとしない青年の、どこかよそよそしい声。彼の本音を聞きたかった。エムリックのための建前ではなく、ルーク本人ですら気づいていない本音を。
だが、いまさら彼の本心を暴いたところでどうするというのか。ルークはエムリックを選ばなかった。その事実が覆るわけではない。
(今日はもうやめよう)
観測道具を手早く片付けていると、遠慮がちな足音が螺旋階段を上がってきた。振り返らずとも誰かわかる。エムリックは無意識に息をつめた。最後の段に足を乗せてためらい、彼はその場でエムリックに声をかけた。
「エムリック、ちょっといいか?」
「ああ、もちろん」
バルコニーにやってきたルークは、相変わらず感情の読めない顔をしている。エムリックがこれほど困惑し、歓喜と鬱屈で引き裂かれそうになっているというのに、目の前の青年は涼やかでいかにも自然体といった様子だ。
「この前、将来の話をしてくれただろう。あれからずっとそのことを考えてて。俺はまだエムリックと知り合ったばかりだし、こんなことを言える立場じゃないのはわかってるけど
――
」
話始めたルークの声は予想外に掠れていた。驚いて見つめると、ルークもまたエムリックを見つめ返した。光の加減だろうか、彼の瞳が涙に濡れているように見える。
「リッチダムにならないでほしい」
エムリックはなにを言われたのか理解できず、ぼんやりとルークを眺めた。肌の表面がちりちりと、魔法が流れるように粟立つ。
なにも答えないエムリックに、ルークは言葉が足りなかったと思ったらしい。少し焦れったそうに鼻をすすり、エムリックを見上げた。
「あの時言ったことも本心だ。でもお前がリッチダムになったら、俺にくれる気持ちは違うものになるかもしれない」
「
……
リッチダムになっても魂は私自身で変わらない。感情だって、人のままだ」
「わかってる。わかってるけど、そうなったら俺が死んだらもう、一緒にいられなくなる。それが嫌なんだ!」
駄々をこねる子供のような姿にエムリックは激しく動揺した。ルークの言うとおり彼らは知り合って間もない。それでもルークが自分自身ですら気づいていない感情を抱いていることに、エムリックは勘づいてしまったのだ。
ルークの血の気が退いた白い顔を観察しながら、エムリックは下唇を無意識に舐めた。いつの間にか、体の気怠さは消え去っていた。
もう、視線の意味など考えるのはやめよう。ルークがどう思っているかばかりに拘るのも、やめてしまおう。いまこの瞬間を逃してしまったら、きっと死んだあとだって後悔することになるだろうから。
エムリックは自分がひどく衝動的な行動にでようとしていると冷静に判断しながらも、それを止めようとはしなかった。人生のほとんどを不死の探求に捧げてきた。その夢はもう手の届くところにまで迫っている。だが、彼はその手をまったく別の方向へ伸ばそうとしている。どちらを手放す方が後悔するだろうか、と考える暇もない。
(いや、どちらを選ぶかなんて、彼に会った時からずっと考えていたじゃないか)
「お前が一生傍にいてくれるのなら、私はリッチダムになることを諦めてもいい」
ルークはぱちりと瞬きをした。涙腺にたまっていた涙が一粒、まなじりの端から転がり落ちていく。
「不死はお前の夢なのに」
「確かに長年の夢で、唯一の救いだった」
「ならなおさら、俺なんかが傍にいたって夢を諦める理由にはならないだろ」
「大丈夫だ、ダーリン。十分な理由になる。お前のためなら
――
」
最後まで言わず、エムリックは問いかけた。
「ルーク、どうすればいいと思う?」
心音をルークに聞かれてしまったかもしれない。それほど大きく脈打つ心臓を胸の奥にしまい、エムリックは返事をじっと待った。
問われた青年は追い詰められたように唇をわななかせる。だが、彼は自分の人生を決めてしまう決断をもう固めたらしかった。この年若いウォッチャーの判断力の速さはエムリックにはないものだ。そこがまた、とても魅力的なのである。
ルークは決意を秘めた力強い目でエムリックを捉えた。
「俺と一緒に生きてくれ」
あちこちに跳ねる黒い髪は絹のようにさらりとして柔らかく、微かに煙った香木の匂いがした。エムリックの指先はそのままルークの頬をすべり、顎に添えられる。唇が触れ、互いの視線が絡み合う。
唇を離して見ていると、ルークは白から赤へそしてやや青っぽく顔色をくるくると変え、微かに震えだした。あまりの変わりようにエムリックは驚き、そして緊張のあまり思わず笑った。
「キスが初めてというわけでもないだろう」
「
……
初めてだ」
「
――
ああ、ルーク」
かがみ込み、視線を合わせるとルークのライラックの瞳にエムリックが映る。驚き、とまどい。そしておそらく愛情。
視線に込められた意味は、勘違いや思い込みかもしれない。エムリックは臆病だ。期待外れを極端に恐れ、自分に情欲を向けてくる相手としか関係を築けなかった。そのあとが上手くいかなくても、ずっとそうして不安から逃げていた。
だがこの青年を前にすると、どうしようもなく衝動が湧いてくる。身を焦がす炎が、滑稽なまでに強い恋慕が、エムリックを突き動かす。
彼が愛おしくてたまらない。
「私たちは恋人同士になったと思ってもいいのだろうか」
「そ、そうだな!そうだと思う。そうだよな?ずっと一緒にいるのにただの仲間だと変だろうし、普通の仲間はキ、キ、キス
……
はしないよな?でもエムリックが嫌なら仲間のままでも別にいいよ、うん、俺はいい、気にしないし、一緒にいられればそれでいいから」
ついに真っ赤になって支離滅裂なことを言いだしたルークに、エムリックは今度こそ本当に腹の底から笑い出した。
「エムリック!」
「すまない、笑うつもりはなかったんだが。怒らないでくれ、愛しい人」
口元に笑みの名残を宿したまま、エムリックはルークを抱きよせた。
「手を私の背中に回して」
「こ、こうか?」
「キスの時は目を閉じるんだ」
ぴくりとまぶたが動き、ルークは強く目を閉じた。ぎゅっと閉じているせいで眉間にしわが寄っている。険しい表情をしばらく眺め、エムリックはいまこの時を絶対に忘れまいと心に刻んだ。
ずっとこの瞬間を待っていた気がする。ずっとずっと、遠い過去から。とても長い間、怯える心を溶かしてしまうキスを。
吐息が触れる。先ほどと同じような優しいキスをし、エムリックは相変わらず震えているルークを見つめた。モーンウォッチのスクラブから覗く彼の首筋は顔と同じくらい赤くなっている。
二度目は首筋に強く吸いつく。ルークがうめき声をあげた。小指の先ほども色気のない声だったが、エムリックは幸せだった。
これは間違いだ。葬り去った幸福だ。頭のどこかで幼い自分が警告する。死んでしまったらすべてが終わってしまうと。
(わかっている。生きている間だけの、短い幸福だ)
それでもきっと、死んだあともルークは生前と変わらず傍にいてくれるだろうと思えた。それなら、死んでしまうのも怖くはないかもしれない。魂がフェイドを彷徨おうとも、彼と一緒なら悪くない。
「エムリック?さっきから痛いんだが、これってもう目を」
開けてもいいか?という疑問はエムリックによって塞がれ、音にならずに消えた。
つづく。
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