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千代里
2026-01-26 07:36:15
4113文字
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ラハとエリンの話
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星星の邂逅(エリンとスターバードの話)
「もう、二週間になるのかあ」
今まで、目まぐるしく忙しい日々を過ごし、十分に寝る時間すらなかった。それを思うと、今、寝台に釘付けの生活を送っているのは贅沢と言えるかもしれない。
あの頃は、朝から晩までゆっくり寝ていたい、などと冗談めかして言っていたものだ。だが、いざそのような生活をするとなると、
「暇だなあ」
という感想に行き着いてしまうのは、人の業というやつだろうか。
しかし、こんなぼやきを聞こうものなら、きっと仲間たちはこぞって「暇なくらいがちょうどいい」だの「これまで頑張り過ぎてたんだから少し休め」だの「あなたに必要なのは休息の時です」とか、小言を並べ立てるだろう。
とないえ、エリンは元々じっと家の中で過ごすのが好きな性分ではない。ごろごろと布団の中で転がること数度。蓑虫のようになっていたエリンは、ゆっくりと布団から顔を出して、
「私は、こんなところでのんびりするために冒険者になったわけじゃないもの! 体ももう治ってる
……
はず!」
などと言いながら、勢いよく起きあがろうとする。だが、全身に鈍痛が走り、
「うぐぅ」
情けない声をあげながら、そのまま布団の中に撃沈したのだった。
宇宙の果てでの激戦は、英雄として名高い少女の体に深い傷をいくつも残した。終焉を謳うものーー絶望に暮れたメーティオンたちの嘆きが集まったものとの戦いも原因の一つだが、それだけが全てではない。
その怪我の原因が原因であるがために、エリンは皆の心配を杞憂と払い除けられなかった。
(みんなには、どうしてそんなことをって言われるかもしれないけれど)
長きにわたって、エリンを宿敵と、あるいはライバルと見定めて戦いを求めてきた男ーーゼノス。彼は宇宙の果てでの戦いに力を貸し、その代償に本気の戦いを求めた。
適当な言葉で誤魔化して、地上に戻ってからの戦いにしようと言い出さなかったのは、エリンなりに彼の考えや思いに共感するところがあったからだ。
「だって、私も、もしかしたらゼノスみたいになってたかもしれないんだもの」
新たな力を得たとき、胸がときめかなかったか。
更なる勝利を求めて心を躍らせなかったか。
そう問われれば、エリンは首を縦に振るしかなかった。ゼノスと自分は、あまりによく似ていた。
「私が手に入れた力がたまたま癒しの魔法だったから、私は人を癒したいと思うようになっただけ」
もし、格闘術の才があったら。自分は、きっと己の拳が通じる相手を求めていただろう。
あるいは槍の名手だったなら、竜騎士としてイシュガルドで名を馳せ、竜の死を求めるものとなっていたかもしれない。
ならば、もし自分が帝国で生まれていたならば。武術の才に恵まれていたならば。そして、それらに共感する者もおらず孤立し続けていたのなら。
(私が皆を苦しめる側になっていたかもしれない
……
)
ゼノスとて同じだ。立場が、状況が、手にしていた才能や力が異なっていたら、英雄としてここにいたのは彼の方かもしれない。
無論、それが考えても仕方ない仮定の上に仮定を重ねたものだとは承知の上だ。だが、だからこそ、ゼノスのことを永劫理解できない狂乱者として片付けたくはなかった。
その代償として、皆の心配と数ヶ月は続く治療生活を余儀なくされても、だ。
「とはいえ、退屈なのは事実なのだけど
……
」
先ほどの様子では、立って歩き回るのも難しいというのが今の自分の精一杯だろう。鍛錬など夢のまた夢だ。今は体力を回復し、治癒魔法や錬金薬の効きを良くするしかない。
ベッドに横たわり、すっかりお馴染みになった寝台に体を沈める。視線を向ければ、手の届かないところに吊るされた外出用のローブがあった。
お古となってしまったおんぼろのローブも、今となっては外を忍ばせるものだ。早く今一度あれに袖を通して、と思うと今度は無性に外の空気が恋しく思える。
せめて、景色でも眺めて気を紛らわせようと、エリンは重たい体を引き上げるようにして窓辺へと体を向ける。エリンの寝台は、体の横側に面して窓にあるように設置されている。少し身を起こせば、窓の開閉に使う取手に手が届いた。
「ん?」
ぱちくりと瞳を瞬かせる。視線の先にいたのは、窓辺に飛来した一羽の鳥だ。
シャーレアンではまず見かけない、まるで抜けるような青空の色を羽に染み込ませたような小鳥。青空を空から引いてきたように、長くたなびく尾に、黒真珠を一粒落としたような瞳。
その鳥の名前は、エリンもよく知っていた。
「あなたは
……
」
きょとんとした様子で小首をかしげる小鳥に、エリンも思わず同じ角度で首を傾げる。
「遠い星のどこかに行ったのかなと思っていたのだけれど、戻ってきてたんだね」
目の前の鳥は、まだ世界が分たれる前の古い時代に生み出された生き物だ。
そして、此度の終末騒動の引き金を引いたものであり、一万年と二千年前に訪れた厄災の張本人ーーメーティオンそのものとも言える。もっともメーティオン自体はあくまで数多の星に渡るほどにいるので、このメーティオンがどの星に辿り着いたものか、エリンにはわからない。
厄災の張本人ではあったとしても、その理由を知った今となっては、一概に彼女を責めるつもりはエリンにはなかった。できることなら、絶望ばかりを目にしてきた彼女には、これからは世界中の希望を見つめてほしい。その翼で、どこまでも遠く。
そう思っていたものの、改めて目の前に姿を見せてくれると、どこかうれしくも思う。
「それとも、一番に目にしたいのはやっぱりこの星なのかな?」
窓越しに話すのもなんだからと、少しばかり窓を開ける。
野生の鳥なら警戒して飛んでいってしまったかもしれないが、目の前の鳥はお邪魔しますと言わんばかりに頭を軽く下げてから、ちょんちょんと足を動かして中へと入った。
エリンが手を差し伸べると、大人しくその手の上に乗る。爪で怪我をしないようにか、どこかぎこちなさの残る動き方だった。
さて、このかわいらしい来客は、どこで腰を落ち着けてもらうか。
くるりと見渡すと、ちょうど見舞客用に置かれた椅子と、見舞いの品として持ってこられていた果物の砂糖漬けの瓶が目にはいった。病人のエリンがいつでも軽く摘めるように、とタタルが置いてくれたものだ。
「よかったら、食べて行く?」
瓶の蓋を開いて、蓋を皿代わりに林檎の砂糖漬けを置く。すると、小鳥はいそいそと砂糖漬けに近寄り、それを啄み始めた。一人で退屈だと思っていたが、たとえ物言わずとも、誰かがそばにいてくれると心も温まるものだ。
「あなたは、これからはどうするのかな。もう少しここにいる?」
すると、鳥はこくこくと頷く。
「この星はあなたにとっても故郷だものね。あなたの羽が休まるような希望が見つかるように祈ってるよ」
自分はしばらく出歩けないが、彼女はこの翼があればどこにだって行けるだろう。羨ましいな、とエリンが思ったときだった。
小鳥はぴょんとエリンの肩に飛び移り、その顔をじっとエリンに向ける。
「どうしたの?」
今度は、片方の翼を羽ばたかせ、エリンへと風を送る。そこでようやく、エリンも気がついた。
「もしかして、私のところに留まりたいってこと?」
ぶんぶんと首を縦に振る小鳥。エリンは暫くぱちぱちと瞬きをしたあと、
「私で、いいの?」
むしろあなたがいいのだと、小鳥は今度は両方の羽を広げ、空中にとどまったと思ったらぐるりと一回転する。エリンはくすぐったそうに口角を緩めてから、
「じゃあ、よろしくお願いします。ええっと
……
あなたのこと、なんて呼べばいいかな」
彼女の創造主は、この小鳥をメーティオンと名づけていた。だが、そのまま呼べば、終末の原因を知る者の混乱を呼ぶだろう。そうでなくても、一度彼女が絶望に染まったときと同じ名前で呼んでいいものかと、エリンも躊躇を覚えていた。
「メーティオン、の方がいい?」
それでも本人の意思は確認しておこうと、エリンが問いかける。果たして、メーティオンは「あなたにお任せするね」と言わんばかりに、エリンの肩へと飛び移り、エリンの頬に柔らかな羽をおしつけた。
「じゃあ
……
うーん」
何か新しい呼び名と言っても、すぐには思いつかない。ウリエンジェから妖精の言葉を教えてもらっていれば、サンクレッドとリーンのように素敵な名づけができるのにと思案し続けること数十秒。
折よく、そのウリエンジェから教えてもらった言葉が、ふっとエリンの頭に浮かび上がった。
「
……
ステラってのはどうかな。ウリエンジェから教えてもらったんだけど、とても古い言葉で星って意味らしいの」
肩に留まった青い鳥ーーもとい、ステラの翼を撫でながら、エリンは続ける。
「あなたは星を渡る鳥。そして、希望という星を探し、見つめ続ける鳥。そういう意味のつもりなんだけど、どうだろう
……
?」
恐る恐る小鳥の様子を伺うと、彼女も満足してくれたらしい。嬉しそうに数度羽をばたつかせてから、ゆるりとエリンの肩から寝台へと舞い降りる。
「もう行くの? それとも、あなたまで私に『休め』っていうのかな」
どうやら、後者であったらしい。器用にも、ステラは窓辺に飛び移り、嘴を使ってエリンが開いた窓を閉め始めた。北洋にあるシャーレアンの風は冷たい。吹き込んだら怪我人の体に悪かろうと思ったのだろう。
口ではああ言ったものの、エリンの体も限界を迎えつつあった。久しぶりに誰かとゆっくり話せたものの、失った体はささやかな対話だけでも限界を訴えていた。
「じゃあ、私は少し休むね。おやすみなさい、ステラ」
ステラは今度は寝台横のランプの吊り紐を引っ張り、部屋を暗くしてくれた。押し寄せた倦怠感に身を委ね、エリンは束の間の眠りに身を委ねる。
その様子を見守ってから、ステラもランプの下に敷かれた敷布を仮の巣として、羽をたたみ、小さな瞳を閉じた。
きっとこの旅人の歩む先には、希望の光があるだろうと、己の夢を託して。
なぜなら、彼女こそが希望を宿した星そのものだと、蒼き翼は誰よりも知っていたのだから。
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