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い
2026-01-25 18:37:14
1154文字
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ばんりさんゆめ
「送っていけなくてごめんね」
「ぜんぜん大丈夫です。むしろありがとう、忙しいのに」
「俺も会いたかったから。下までは一緒に行くよ」
繰り返し訪れた玄関でもたつきながら靴を履くわたしを、万理さんはゆっくりと待ってくれていた。そんなつもりはなかったのに時間を稼ぐみたいな、小狡い真似をしている気分になって、その申し訳なさに焦りながら立ち上がる。
駅や家まで送ってもらえない日は、いつもこの場で一度だけわたしから抱きしめてキスをする。スリッパのままの万理さんに、また来てもいいですか、また会えますか、と初めて会ったときから変わらない確認をするわたしに、うん、と頷いてくれることに安堵してから、ドアノブに手をかける。そこまでが一つの儀式のようになっていたから、続いて靴を履いた万理さんの姿に勝手に行き場を失っていた。
一人暮らし用のマンションの玄関は二人でいるには手狭で、何かに悩んで立ち尽くすだけのゆとりはない。ドアを開けてしまえばもうタイミングをなくすこともわかっていたのに、手のひとつも握らないまま通路に出た。気にしていないふりで背中を向けて、万理さんが鍵をかける音を聞く。エレベーターに入った瞬間、万理さんのほうから抱きしめてくれないだろうかと少し願いはしたものの、それがなかったことに落胆はない。
わたしはちゃんと、弁えている。いつだってそうして期待をのみ込んで、なかったことにできる。
「まだ明るいけど、気を付けて帰ってね」
「
……
うん。ありがとう」
ポストの並ぶ、外からの光が差し込みきらないマンションの出入り口で向かい合う。道路を通り過ぎていく、子供たちの声。風が草木を揺らす音。それらはまだ別世界にあって、わたしはここがまだ間に合う最後の一瞬なのだと思い万理さんに一歩近付き、そのまま腕を引き寄せて口付けた。少し驚かれているのがわかったが、拒絶されることなく受け入れられ、軽く抱きしめられてから後頭部が撫でられる。
「子供いたのに」
「すみません。でも、見えてませんよ」
「そうかな。まあ、いっか」
「万理さん」
「ん?」
「また、会えますか」
「
……
うん。予定わかったら、ラビチャする」
その言葉を聞けたことで、ようやく満足して身体を離した。顔を上げると柔らかい、けれどだからこそ何を考えているのかわたしには到底わかりっこない笑顔があって、そのことにまた、焦りや不安が溶けていく。暖かくなってきたとはいえ、日陰はまだ涼しい。薄暗い共有部で、アスファルトや壁の照り返しでぼんやりと光を受ける万理さんの顔を、わたしは一生忘れないだろうと何故か強く感じていた。何度も、何度だって、次の約束をできることを確認するみたいに、この一瞬を思い出す。多分、会えなくなるその日だって同じように。
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