John
2025-09-28 19:55:35
1919文字
Public 武新
 

薄明

武新。
SAITAMAの2人。

人間の感情の あわい曖昧 あいまいなように、夜と朝の さかいも本来は曖昧だ。

田中 たなか新兵衛 しんべえはふと目が覚めた。
夜とも朝ともつかない薄明 うすあかりが部屋に満ちている。
いまだ日の出を むかえぬ夜と朝の かさなりあう時。

同じ寝具 ベッドに、おそらく新兵衛と同じように一糸まとわぬ姿の男が寝ている。
肌は青白い光の中で白く目立った。
白練 しろねり大理石 だいりせきから けずり出した彫刻 ちょうこくのようだ。
新兵衛ほど筋肉が太くはないが、刀をるう用途に きたえられた肩は、今、東雲 しののめに染まる時はまだ むかえぬ暗い空に浮かぶ名残 なごりの月に似て白い。

眠っていた感覚が残る頭で、目を細めて、新兵衛はその寝顔をじっと見た。
ほどけてもつれた鳶色 とびいろ かみが、新兵衛の肩をすべる。
新兵衛のまつ毛も髪と同じ色で、それが目のまわりに影を落とす。

武市の顔はりが深く鼻筋 はなすじは通っていて、 つややかな黒いまつ毛が思うより長い。
暗い中で目が閉じられ動かないと、余計に肌へ落ちる陰影 いんえいを見てとれた。

普段、きっちりとなでつけられている黒髪は、昨夜の あかしといった具合に乱れている。
胸から先は、はだけたトップシーツに おおわれているが、薄いシーツ越しに腰のあたりまで肉体の線が見える。

またご寵愛 ちょうあい たまわった。
新兵衛はそんなことをぼんやりと思う。
このところ武市は毎晩のように新兵衛へ宿直 とのい もうしわたす。
新兵衛は当然、歓喜に ひたり、 ことわるなど思いもしない。
彼らは昨晩もまた、何もかもが溶け落ちるような快楽の坩堝 るつぼで精神がとろけあった。
サーヴァントに平時、睡眠は不要だ。
だが、交歓 こうかん粘膜 ねんまく みつり合わせることで、 たがいの魔力が身の内で混ぜ合わさるからか、行為の後はどうにも疲労と眠気を覚えた。
そのため、身体を繋げた後はしばらく睡眠をることが常態化 じょうたいかしていた。

お互いの皮膚 ひふ境目 さかいめさえ曖昧な夜から現実に覚めて戻る、まるで別人のような断絶。
地続きという感触はどうにも薄い。
しかし、高波の去った海に残るうねりのようなざわめきもある。

ぼんやりと寝ぼけた頭で、新兵衛はふと武市の白いほほに自分の指をのばしかけていて、あわてて止めた。
あれだけ身の内に情をいただいても、まだ愛してほしいと思う心に彼は動揺する。
それは今すぐ起きて声をかけてもらい、その目が微笑をたたえて自分だけを見続ける事を望む、そんな渇望 かつぼうだったが。

……

新兵衛にとって日の出が一日の始まりだという感覚がある。
まだ新たな一日は始まっていないが、たとえサーヴァントの身で意味がなくても、ここで武市のとなりに寝なおすよりは鍛錬 たんれんでもするべきだと新兵衛は思い立つ。
気配を消して音もなくシーツから抜け出る。
気配遮断がこんなことにも役立つという事実に新兵衛は苦笑する。
大切な先生の安眠を さまたげないならなんでも良いと思い直し、彼は表情を引きしめた。

さて、日の出は江戸時代、広く庶民 しょみんに一日の始まりと認識されていたようだが、太陽の端と地平線を基準とするか、太陽の中央へ地平線が来た時と定めるか。
現代においても世界的にはいまだ混在している。
伏角 ふかくマイナス7度21分40秒、これは寛政暦 かんせいれきで定められた薄明 はくめいの定義だ。
夜明けの場合、ここから薄明が始まる。
実は現代にもその定義は受け継がれた。
京の秋分・春分で日の出が起こる36分前の太陽の在処 ありか
それを、日本の国立天文台の暦象年表 れきしょうねんぴょうでは夜明 よあけの始まりと定義付けている。
そして薄明 はくめいは現在、また別の定義と呼び名がある。
太陽がマイナス18度から12度を天文薄明、マイナス12度から6度は航海薄明、マイナス6度からは市民薄明と呼ぶ。

それは国や組織がそうと定めるから決まる。

新兵衛の基準は、今、寝具の内で穏やかに白い肌をさらして眠っている。
武市が朝だといえば、新兵衛にとっては夜中であろうと朝だ。
だが、しかし。
それは他人から見えるものの話ともいえる。
己の心は己が観測して定めるしかない。

きっと今、自分のこの心は、恋だ。
と、新兵衛は部屋を出る時あらためて感じ、そう定めた。