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John
2025-04-12 23:31:38
2797文字
Public
武新
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指先
武新。
現パロ、教師の武市×樹木医の新兵衛
風が吹きとおると、さらさらと音を立てて枝が
揺
ゆ
れ、雪のように花弁が舞う。
たっぷりと煙のように花を抱えた木の下は、地をおおいつくすほど、
薄紅
うすべに
の花弁が散っていて。
吹き
溜
だ
まり、かと思えば
渦
うず
を成して舞う。
「ここまで持ち直すものなのか。君は本当に腕がいいな」
艶
つや
やかな黒髪を短く整え丁寧に撫で付け
肌理
きめ
の良い白い肌をした長身の男は、色素の薄い金に見える瞳でじっと頭上の桜を見つめ、低く
唸
うな
った。
他の桜より大きく年経た様子の桜は、真新しいアパートに似た校舎より古くから人々を見守っていたに違いない。
その
幹
みき
は太く、
苔
こけ
むしてひび割れ、枝は人の身長よりはるか上で幹から生えていた。
上を向いても視界を包むように伸びている。
一本だけグラウンドの外周より少し内側に孤立して、春の
霞
かすみ
がかった青空の下、雲のように群れ咲く花を暖かな吹雪という風情で舞い散らせる桜の下に、大柄な男性二人の姿があった。
「今年はしっかり咲きました。これだけ勢いが戻って、私も嬉しく思います、武市先生」
先ほどまで木のあちらこちらを診察していた田中新兵衛は、春の陽気ですら暑く感じて、
鍛
きた
え上げられた腕で額の汗を拭った。
無造作に伸ばされた髪も日に焼けたのか赤みがかっていて、後ろで雑にまとめ上げられている。
硬く踏みしめられた
真砂土
まさつち
のグラウンドに、丸く桜の周りだけ低い柵が設けられ、湿り気の多いふんわりとした土が根の周囲に
配
はい
されている。
よく見れば、桜の幹にはさして年数が経っていない
剪定跡
せんていあと
もあった。
数年前の冬、武市に案内され、田中が初めて会ったこの木は見るからにみすぼらしく
弱
よわ
り
果
は
てていた。
裂
さ
け、折れていた太い枝を根元から
綺麗
きれい
に切り落とし、田中は他にも問題のある枝を
丹念
たんねん
に選り分けて切った。
そうして、次に。
幹の近くまですっぱりと切った傷口に、彼はその
無骨
ぶこつ
な見た目からは以外なほど愛情のこもった
丁寧
ていねい
さで薬を
塗
ぬ
っていった。
田中は主に冬休みと春休みの校庭が空いている時期、この桜を頼まれて診に来ていたが。
非常勤の学校用務員は長期休暇に合わせて休んでしまう形で、生徒が休みの間も学校にいる教員の武市が田中の対応をする係になってしまっていた。
忙しい身であるのに、嫌な顔一つせず、
時折
ときおり
、田中の作業をそのまま見守って一つ二つの質問をきっかけに会話を交わす。
今ではすっかり
馴染
なじ
みの間柄だ。
田中から見ても、武市は人望があった。
どことなく隙のない役者のような長身と、少し近寄りがたい、整っているが冷たい顔立ちとは裏腹に、武市は面倒見がよく。
剣道部の顧問も引き受けているという話だった。
桜の花は、どうにも心をざわつかせる美しさというのがある。
田中は桜から目をそらした。
そして、桜よりも心を狂おしくする美しさを、つい視界に収める。
初めて見たときも、田中は武市を美しい人だと思ったのだが、今日見てもますます
冴
さ
え
冴
ざ
えした美しさに心の底が震えた。
同性の、おそらく年上の人間に何を感じるのかと、会うたび動揺する田中だが、心の動きは止められないのだ。
自分が手入れした桜は、柵の横へ看板がたててある。
樹木へのストレスを
緩和
かんわ
するため、手を触れないように、という内容で、田中が作ったものだ。
武市の肌は
染井吉野
ソメイヨシノ
というよりも、さらに白い。
筑紫桜
ツクシザクラ
か
薄墨
ウスズミ
か、田中はその美しさに心底、
見惚
みほ
れた。
見惚れながら、触れない方が良い美しさだと己を
戒
いまし
めた。
その時。
じっと武市の目線も自分の顔に注がれている事に気づいた。
まばたきもせず、端正な顔は
臆
おく
せずにこちらを見る。
桜吹雪が二人の間を渡り、その輝きが余計に田中の心を乱す。
叫びたくなる心持ちで、彼の声は少し震えた。
「あの、先生。私の顔に何か付いていますか」
視線に耐えられず、田中は
述
の
べる。
動揺が顔に出にくいやつだと知り合いから評されたことがある田中だが、心拍数が上がりすぎて、外に自分の気持ちが鳴り響いている錯覚すら覚えた。
じっと見つめ合う、互いに視線が合ってしまうと目が離せなかった。
無言で、低い柵を超えて近づいた武市の指先が、新兵衛の
頬
ほほ
に触れ。
汗で張り付いていた桜の花弁を拭い取った。
本当に顔へ何かついていたなど、火が出るほど恥を覚えて田中は赤くなった。
かすかに頬へ触れた武市の指先は、繊細な顔立ちと裏腹に竹刀を握り慣れた無骨な指先で。
その硬派な様子に、田中としては否応無く更に心惹かれた。
だが、目の前の白い顔は涼しい目元を崩さず、懐から高価そうなハンカチを優雅に取り出して、指先を拭っている。
「私が食べようと思い買った桜餅があるのだが。お茶を淹れるから一息ついて帰らないか。田中君」
美丈夫
びじょうふ
のさらりとした問いかけに、
偉丈夫
いじょうふ
が
絞
しぼ
り出すようになんとか答える。
「
御相伴
ごしょうばん
に
預
あず
かります」
ところで。
この好青年と、どうやってプライベートの約束を取り付けるか、武市はそればかり悩んでいた。
年ばかり重ねて独身の、同性の学校教諭などが、同僚ですらないというのに交友の誘いを持ちかけるなど。
不審きわまりない、不気味な事でしかないだろう。
そう考えると武市は、
内心
ないしん
幾度
いくど
となく
吐
つ
いたため息をまた心の中にだけ
吐
は
き出して、苦悩を深める。
最初に会った冬、真剣な顔で寒々しい姿の桜をくまなく調べ。
幹に触れ、空洞がないか打診などを行ってから。
「これなら、今すぐ伐採する判断をせずとも済みそうだ」
独り言のように言い、一転して、明るく笑った。
その瞬間に、武市の心へ春風が吹き荒れた。
人の笑顔など、生徒も含め数え切れないほど見て来たはずが。
大柄で鍛え上げられた体つきの少し日焼けした顔が白い歯を覗かせて明るく笑った、嬉しそうな様子に武市が覚えた感情は。
満開の桜を見たうわつき、ざわめく狂おしさにも似ていた。
武市は自分自身の気持ちに戸惑っていた。
彼がいると目の前が明るくなる、その感情を分類出来なかった。
田中と会うたび高鳴る気持ちのまま、なんとか関係性を
繋
つな
げようと思考している。
交友といいながら、下心を隠して近づくような、いや、これは正にそうではないかという後ろめたさがあった。
互いにお互いをどう誘うか悩んでいるなどと、2人は知りもしない。
彼ら以外に人のいない校庭を、2人は並んで校舎へと歩んでいった。
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