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John
2024-12-07 22:29:19
2023文字
Public
武新
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小春
武新。知らないのはお互いさま。
男が1人、小さく古風な木造の舟へ寝そべって昼寝をしている。
鍛え上げられた上半身を陽光へさらし、胸や肩の肉は無駄のない山と谷を描いている。
輝くばかりの生命力を何の気負いもなく、晴れ渡る秋空の下へ
仰向
あおむ
けに広げ。
穏やかな
半睡
はんすい
の内にいる。
石組
いしぐ
みの
波止
はと
に繋がれた舟は、乾いた
日向
ひなた
と
潮
しお
の香りに満ち。
たぷん、たぷん、と船底を穏やかな波が叩く。
たぷん、たぷん、とぷん。
透明度の高い海は、海底まで
容易
ようい
に透かし見れた。
薄灰色の砂底へ、空へ浮かぶような具合で船影が落ち、魚影もちらりちらりと横切る。
鮮やかな青が満ちる小春日和の秋。夏が暑すぎるこの地域にとっては。
猛暑を乗り切り暑さが落ち着く季節の
訪
おとず
れは、喜びも深い。
桜島は未だ陸地と繋がらず確かに島で、随分と機嫌も良さそうだ。
陸地と最も
狭
せま
い
瀬戸
せと
には造船所があった。
男は、かつて大船に乗り沢山の水夫を指図したこともある。
だが、今は唯一人で気ままに魚を取る漁民のような具合で。
漁具の直し途中で陽気に負けて寝転んだ様な様子だった。
延縄
はえなわ
は綺麗に
縄甑
なわこしき
の
縁
ふち
へ針を並べられ、待ち
網
あみ
を
茣蓙
ござ
代
が
わりに男は目を
瞑
つむ
っている。
と、ぱちり、とその目が開いた。
結われた赤毛の
蓬髪
ほうはつ
に止まっていた
蜻蛉
とんぼ
は、
細波
さざなみ
のように
煌
ひら
めく羽を
翻
ひるがえ
し素早く飛び去る。
「ここが、君の最も落ち着く思い出なのだな」
田中君、と名前を呼ばれた田中新兵衛は、ぱっと舟の上で跳ね起きると、彼の義兄である武市瑞山へ叫んだ。
「せんせえ、こいは。いえ、これは。お恥ずかしい所を」
ここは、カルデアのシミュレーター内だ。
出撃任務へ呼ばれ、外からはそうとわからないなりに
疲弊
ひへい
した新兵衛は。
つかの間、記憶を元に再現した風景の内で己を
癒
いや
してから、すぐ義兄の元へ戻ろうとしていた。
ほんの
半刻
はんとき
ほどの休息。
報酬でその程度の間、部屋を借り受けることは
容易
たやす
かったため、任務の後に心を『人斬り』から『田中新兵衛』へ切り替えるためにも、新兵衛よくこの手を使っていた。
しかし、義兄にバレてしまいどうにも気まずい。
京の町ではなく、義兄の知らない故郷へまどろみを求めている事が、踏み込まれてしまうと少し
辛
つら
い新兵衛だった。
マスター含め全カルデア内に、普段、自分の居場所を義兄が探して来たなら、無条件で通す様に言っているのは新兵衛自身で。
どの様な状況でも訪問を阻止したら怒るほどなので。
この場所へも武市が通されるのは当たり前なのだが。
新兵衛は武市の解りにくい顔色を見る。
武市は舟が繋がれている石柱に腰掛け、平然と言葉を
紡
つむ
ぐ。
「私がしたことはマスターたちの時代からすれば、
唾棄
だき
すべき暴力であり。ただのテロリズムなのだろうな。君にとって、私と出会うよりここで名もなき漁夫として送る一生の方が価値あるものであったかもしれない」
それを聞いて、新兵衛の心は穏やかな平穏から一気に燃え盛る烈火の怒りへ染まる。
「私は、己の信念の為、先生の為に命を使い切る事ができました! 例え後から
俯瞰
ふかん
で見て馬鹿な無駄死に、捨て石と
謗
そし
られても。私は満足しています。私は
……
!」
その怒りから発せられる熱を
遮
さえぎ
る様に、武市は黒手袋の右手の平で顔を隠し、もう片方の手をなだめる様に新兵衛へ向けた。
「いや、すまない。こんな事を言いたいのではないんだ、田中君。少し
嫉妬
しっと
もしているのだな」
「先生?」
先生が、嫉妬?
小人
しょうじん
の己がいつも心の底へ抱いている気持ちならわかるが、と新兵衛は
訝
いぶか
しみ、噴火のような激しい感情をすっと収めた。
「この風景の中で、君の髪へ気安く
憩
いこ
える蜻蛉すら羨ましく思う」
柔らかな日差しと秋風が二人の間に満ちている。
「ここは、私の知らない君だ」
土佐にいた先生を知らない自分の悔しさしか思い至らなかった新兵衛にとって、武市もそうとは気づかない事だった。
「君も私も、思えば出会っていない人生のほうが多いな。君と出会って、なんと短く熱い激動だったか
……
君がこの風景を愛していると知る事ができて、私は、嬉しい」
武市は空の青さに細めていた目を天から
逸
そ
らし、新兵衛をしっかりと見た。
「そちらへ行っていいかな」
「ええ、当然です。武市先生」
舟がもやいの縄を使って手繰り寄せられ、舟べりが波止へぶつかる。
「ここを借り受ける時間は延長しておいたから、君は気を回さずともよい」
新兵衛よりは低い背とはいえ、大柄な男がもう1人乗り込んだ小舟は、
喫水
きっすい
を深く下げた。
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