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John
2024-06-02 17:57:15
4106文字
Public
武新
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味狭藍
武新。
カルデアの2人。
犬を喰べるとかの話をちょっとしてる。
マスターはマスター呼び。
「田中さん、以蔵さんと一緒にシミュレーターへ素材回収に出撃してきてくれてありがとう」
田中と呼ばれた筋骨隆々の大男は、相変わらず惜しげなく己が腹筋を
晒
さら
しながら、表情は面頰の下だ。
三白眼
さんぱくがん
の表情も、眉間のシワも緩まない。
カルデアに召喚された今、アサシン・田中新兵衛というサーヴァントは目の前のマスターにより使役されているのだが。
彼はマスターに対し、目下の薄い知り合い程度の態度を未だ崩さない。
「ふん、無駄口はいい。あの軽薄な以蔵と共に出撃した事実を再認識させんでもらおう。早く引き換えの報酬を渡せ」
「用意してあるよ」
年若いマスターは一足先にミッションをこなし。
食堂でシールダーと、ごく少量の焼き菓子を摘みながら新兵衛を待っていた。
大きな人影が見えると席を立って笑顔を見せ、少し座っていかないかと誘ったが。
薩摩隼人は仁王立ちのまま、さっくりとそれを断る。
マスターは用意してあると答えてから
踵
きびす
を返し、小走りでカウンターを回り込み厨房へ行く。
以蔵は既に何らか別の報酬を貰っているらしく、この場には付いて来ていない。
新兵衛が所望した報酬はお茶と茶菓子だった。
たかが茶と菓子とはいえ、物資に限りがある状態では無条件に配られるものでもなかったが。
彼は義兄をもてなせるよう常備しておきたい為に、よくそれを報酬に指定した。
甘味が希少な時代を生きた新兵衛には特に違和感がある希少さでもなかったが、わざわざ所望するとはいえ本人が茶や菓子を好きなわけではない。
「
……
」
待っている間、新兵衛はする事もなく、ふと先ほどまでマスターがいたテーブルを見た。
彼の後輩である女子が、行儀よく洋風のカップへ口をつけ、紅茶らしきものを飲んでいるのと目が合う。
その膝の上には、新兵衛の前に姿を見せる事はほぼ無かったが、いるとは噂に聞いていた白毛の獣が野生を失って
寛
くつろ
いでいた。
白毛玉は猫か小型犬のように丸まり、目をつぶって
撫
な
でられている。
特に新兵衛はなんの感慨もなかった。
「お待たせ、田中さん」
声を掛けられて新兵衛が視線を移せば、マスターの手から手提げが渡される。
焼き菓子や茶葉が入っている缶がいくつか詰まっているようだ。
「ええっと、それで。田中さん、これなんだけど」
どう説明したものかという様子でおずおずと、最後に。
水薬なのか茶なのかよくわからない、怪しい液体が入った透明なポットが差し出された。
「何だ?」
「星見のティーポットっていう、気のせいとか気休めとかじゃなく、本当に効果がある魔術アイテムなんだけど。その」
一緒に飲んだ人たちと絆が深まる、不思議な飲み物なんだよね。
と、マスターは新兵衛の目の前に液体を揺らす。
茶器の内側で波打つ飲み物は見る角度で青から紫に妖しく色を変え、謎の内包物を
煌
きら
めかす。
「みんな一通り、わいわい戦闘の合間にお茶して、みんなで仲良くなったんだよ」
「ここで私にも飲めと?」
気に食わないが、らしい仲良しこよしぶりだ、と聞こえて来るような声音で新兵衛は述べる。
マスターは更に慌てたように続けた。
「田中さんはそのまま渡して、好きなようにしてもらうのがいいのかなって。結構足が早い飲み物で持て余しちゃってるのもあって。捨ててもいいのでともかくお渡しします」
そう続けられて、なぜそんな話になったのか、新兵衛は流石に
訝
いぶか
しむ。
マシュがフォローするように会話へ割って入った。
「その、以蔵さん
……
」
「以蔵がどうかしたか」
だが、マシュは会話の切り口を見誤ったと自分でも感じ取り、慌てて方向を変える。
「とは飲みたくないですよね! あちらもお断りになられてっ!」
「どうにも傍迷惑なあの男と絆など御免被るな。生前は犬など良い酒のアテだったが、この頃は子犬など可愛がって殺気すら
鈍
なまくら
にさせおって」
そう話している最中、新兵衛の胸中には複雑な黒い感情がどうしても渦巻く。
人斬りの
天稟
てんぴん
。
武市が以蔵を
寵愛
ちょうあい
するのは当然その一点があるだろうと彼は思っている。
そしてその剣の
冴
さ
えは同じ人斬りとして、新兵衛も認めざるをえない。
唯一の輝かしさを曇らせるような、
餓狼
がろう
と呼ぶのが相応しかった生前の
餓
かつえ
を感じさせない振る舞い。
それに、新兵衛は焦りのような惜しさのような、許せない気持ちを覚える。
敬愛する義兄の認めたものを、軽く捨て去ろうとする様が、新兵衛には許せない。
自分が望んでも得られない物を持ちながら、台無しにしている様を見せられる腹立たしさ。
マシュはそんな新兵衛の心持ちを察する事はないようだ。
「あ、寛ぎの一杯へあると嬉しいお供なのは判ります。今もフォウさんはお茶の友ですので」
笑顔になって膝のフォウをひと撫でする。
彼女の常識が新兵衛の言葉を
捻
ね
じ曲げて理解させている。
「娘、意味を取り違えているな。文字通り喰うのだ、まず腹を
……
」
「え。わ、わわっ。フォウさんは猫! 猫ですので!」
マシュは流石に趣旨を理解し、目を丸くし、慌てて
頓珍漢
とんちんかん
な
庇
かば
い立てを述べ始めた。
「猫は不味いので良くはないな」
そう言って、新兵衛は何と無しに三白眼で獣を見下ろす。
不穏な会話を理解したか、獣は目をパチリとあけ、人斬りを見たが
……
。
桃色の小さな舌を出して、極上の美味を目の前にでもしたように、ぴちゃりと舌舐めずりをした。
そのあと、じっと獣の
双眸
そうぼう
が見据えて
……
。
まるで、猫が人の食事へ手を出してはいけない事を理解していて諦めるように。
ふいっと床に降り、とことこと気まぐれに去って行ってしまう。
「あ、あっフォウさん
……
お散歩に行かれてしまいました。ふ、フォウさんは食べないでくださいね! 田中さん」
「毛ばかりで食いでがなさそうだ」
マスターは、マシュの援護射撃が明後日の方向に飛んでいった事に焦りを重ねながら、何とかマジックアイテムを新兵衛の手に押し付ける。
「と、ともかく。お渡ししておきます!」
人斬りは迷惑そうにしていたが、ふと、ハッとした顔をしてから目をそらす。
すぐに面頰の下へ思考を隠して、しかし思うところがあったのか。
貰っておこうと述べて星見のティーポットも受け取って引き上げて行った。
「
……
ふぅ〜、何とかお渡しできましたね、先輩」
「良かった、以蔵さん分の報酬を果たせてほっとしたよ」
マスターは以蔵との会話を思い出す。
「あいつらやる事やっとるっちゅうに、なしてあの調子なんじゃ、ええ加減にせい!」
数日前、例によって大人気ない男は呑まないマスター相手に
管
くだ
を巻いた。
「そんでもって皆、わしに新兵衛と武市の様子を聞くなや! 本人たちまで片方のこと聞きに来るんはどうゆう了見なんじゃ、とっとと周りから心配されんよう仲良うせぇ!」
まあ、わからなくはないのだ。
マスターは回想から現実に意識を戻す。
「以蔵さんの気遣いだって、伝えなくて正解だったのかな。伝えた方が良かったのかな
……
」
「どうでしょう、ともかく、お渡しするようにとだけ頼まれたんですよね。きっと大丈夫です」
『田中くん、菓子が手に入ったので、共に茶でも
嗜
たしな
まないか。』
折が悪いのか良すぎるのか、新兵衛はマスターの元を
辞
じ
すなり、武市瑞山から電信を受けた。
「先生
……
」
新兵衛の手には、つい貰い受けてしまった、絆が深まるという茶。
あんな気遣いをマスターからされるとは、それすら恥ではないかという想い。
あのマスターのことであるから、何も気付いてなどなく無邪気にそうしただけかもしれないという考え。
カルデアで一般的に使用されたというのなら、ただ、ちょっと絆を深めるためにおいと先生が飲んでも問題なか、などという思考。
そして、そんな事は卑劣ではないかという否定まで。
ありとあらゆる思考が新兵衛の内をせめぎ合う。
ぐるぐると考えが巡る。
よくない思いも希望も絶望も、胸が焦がれるような
動悸
どうき
と共に、想いが巡る。
そうして新兵衛は、結局
……
。
普通の茶葉だけを持って武市の自室を訪れた。
新兵衛が淹れた茶と、武市の用意した和菓子が卓上に並んでいる。
「田中くんが淹れた茶に合うかは判らないが。この菓子は私が手ずから用意してみた」
「せ、先生の手製ですか。それは、私などが食べても」
「特異点の私は、饅頭を製造して販売していたらしいからな。そういう私もあるのかと思えば、菓子を手掛けてみようかとも思い立った」
「
……
そうですか」
「
……
ああ」
今ここにいる2人はカルデアとの出会いとなった特異点の事を、記録としては観ているが、記憶としては知らない。
新兵衛は自分ではない自分が吐露した恥を思い出し、今はもう亡い自分たちを想った。
彼らはどういう自分たちの関係として在ったのだろう。
胸が苦しいような、甘い苦い想いが、新兵衛はした。
武市が作った菓子は、白餡の核に細かく刻んだ寒天を花に見立てた紫陽花の姿をしている。
透明な光が美しいそれを黒文字で割り、新兵衛は口内で味わった。
(済まない、田中くん)
新兵衛が菓子を飲み込んだ様子を見届けて、武市は思った。
(こんなやり方は卑怯かもしれないが、君をもう、手放すのは耐えられないのだ。許せ)
武市もマスターから星見のティーポットを貰っていたが、彼はそれへ甘みを足して寒天で固め、和菓子の花にした。
このカルデアのサーヴァントとして、次第に様々な交友関係を築く事に、武市は焦りを感じていた。
今日も彼の義弟は自分の愛弟子と出撃していて、武市自身はそれに参加していない。
武市という男は、清廉そうに見えて取れる手段は容赦無く選択する男だった。
新兵衛が、自分は捕食される側だと気づくのは、あともう数刻後。
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