John
2024-01-28 22:29:55
1758文字
Public 武新
 

吹き込んだのはおそらく社長

武新。
カルデアに召喚され済みの二人が、カウントダウン・パーティーに呼ばれる話。

「田中君、やはり君は洋装も似合うな」
「勿体無いお言葉です、武市先生」
「褒めるたびに恐縮されては私が心苦しい、そう堅苦しくしないでくれ」

まだ年が明けていない師走のこと。
武市瑞山と田中新兵衛は、カルデアに召喚されたサーヴァントとしてカウントダウン・パーティーに呼ばれていた。
カルデア中の希望するサーヴァントが集まって、新年を迎える瞬間を共にする。

ドレスコードは強制ではなく、普段の霊衣で構わないという集まりだったが。
洋風の立食パーティーだということで、武市は自分の洋装に合うよう新兵衛にスーツを仕立てて着せ、連れて行く事に決めていた。

今は、当日の段取りを話し合うために新兵衛が武市の私室に呼ばれている。
やはり希望者参加型だが、ダンスタイムもあるらしく。
数日前に付け焼き刃で習った、手と手を取り合って体を密着させぐるぐると回る奇妙な踊りが、新兵衛の脳に反芻されて余計に彼の緊張を加速させている。

「君が手袋をしているというのは、なにやら珍しいな」

燕尾服やタキシードといった礼装ではなく、スーツにしたが、武市は自分の黒手袋と揃いの手袋を新兵衛にあつらえた。

「東洋の様式では、戦いに来たのではないという意味で、剣の代わりに右手へ持つらしい。食事の時や室内では、外して右手へ、こう……ポケットは内ポケット以外、使用を極力避けなさい。見苦しくなる」

武市は新兵衛の自分と揃いの黒手袋を、愛おしいというように指先で確かめていたが。
手ずから脱がせて、手に手を添え、丁寧に洋装での振る舞いを指導しはじめた。

「心得ました、武市先生」

今や武市の閨にまで侍る新兵衛だが、剣の型でも導くように非日常を教えられて行く事に、心臓が早鐘を打ちはじめた。
しかし、喜びと高揚だけではなく、苦い痛みも胸にある。

当日踊りを踊るといっても、男女で、しかも相手を変えながら踊るという。
武市先生は本当にそういった事に参加なさるおつもりなのだろうか。
新兵衛は嫉妬のような、飢えのような、どうしようもない己の性に辟易しつつ。
心を支配されて行くことに抗えない。

普段は常に手袋でおおわれる先生の手、白い肌が、衆目に晒されるだけでも心が苦しい。
何より刀の要らない場所へ自分が伴われる事に、新兵衛の思考に、これでいいのかという戸惑いが沸き起こる。
己の本分を取り上げられてしまったような。
いや、サーヴァントなので臨戦態勢となれば刀は手の内に編めるのだ。
そもそも、年の変わり、端境という魔術的な危うい時節に祭りをぶつける有益性から行われることでもあるという。
ならばこれは確かに武門の……

「田中君、何を考えているんだ」
「! 申し訳ございません、先生……

咎める声に正面を見れば、武市の端正な顔が間近で新兵衛を睨んでいた。
心の臓が跳ねる。

「こういった事は、気が向かないか。不快な思いをさせて済まない」
「いえ、そのような事は!」

新兵衛の顔を見つめていた武市は目を伏せて、次には眉根を寄せる。
パーティへ自分が参加するということが不快なのではなく、新兵衛は自らの妬心に翻弄されていただけなのだ、ますます心が苦しくなった。

「早々に『時化 しけこんで』しまうか、田中君」
「!?」

しかし、次に武市が言い出したことで、新兵衛は嫉妬どころではなく驚いた。

ねんごろの相手が見つかったなら、そっと宴の間を静かに黙って抜け出し、以降は二人だけの時間を楽しむことがパーティの正式なマナーだと。私と君は、その、そういった意味では既に。であるならば、軽く顔を見せた後は二人で抜け出す形でもいいのではないか」
……

誰だ、先生を騙したのは。
新兵衛は武市に嘘を吹き込んだ輩がいるという事に怒りが沸く。
確信ではないが、それは軟派な男のマナーであって正式ではなく、不文律に属するものと彼にはしっかり判断できた。
判断できたのだが「先生それは間違っています!」と声に出すことを新兵衛は躊躇った。
武市先生は分かっていてわざとそうおっしゃっているのかもしれない、何よりそうしてしまえば武市と二人きりを味わえるのだ……


新兵衛の心は揺れに揺れ……結局、武市の間違いを正さなかった。