John
2023-11-29 11:29:58
1861文字
Public 武新
 

煙草は恋の媒(なかだち)

生前軸の武新です。
R18未満、口付けなどの描写がほんの少しあり。
煙管ですが喫煙描写があります。

今日は重陽 ちょうよう節句 せっく、九月九日であった。
武市瑞山は早朝から三条・姉小路両名と内談し、何時 いつもの事だが あわただしく人脈 じんみゃくをつなぎ国事 こくじを話し合っていた。
きょう滞在中 たいざいちゅう仮住 かりずまいしている料理茶屋、丹虎 たんとらに節句の料理を頼んであり。
普段から武市と親交あるものが集まり、昼食を共にして、しかし集まった者たちは昼八頃 ひるやつごろには粗方 あらかた帰った。
今、武市は、彼の間借 まがりりしている小さな茶室 ちゃしつに、義弟の田中新兵衛と二人だけだった。

「あれだけの人が集まり、今はいないとなると、一抹 いちまつ寂寥 せきりょうがありますね」
……煙草 たばこってもいいか、田中君」
「ええ、それは、勿論 もちろんどうぞ。食後の一服は私も好きで たしなみます」

新兵衛は手招かれて武市の隣に腰を下ろし、眉は動かないが内心、すこし、そわそわした。
皆が引き上げる中、一人だけ武市に引き止められたからだ。
だが、そんな情を外に出す事はしないように務める。
内々に天誅したい奸賊でもあるのだろう。
計画に緻密を要するから、実行以前に申し送りたいなどだろう。
新兵衛は、武市が煙草を吸うという、これから斬奸の仕事を為すには似つかわしくない事実を無視し。
そう予想を固め、浮ついた予感を切り捨てて平静を取り戻す。

すでに着流 きながし姿の武市は部屋の すみから煙草盆 たばこぼんを持ってきて、火打ち石と火打ち がねで火を起こし始める。

「先生、この後はどうします。菊祭 きくまつりなど今日は さかんにやっておりますし。れまで花を愛でに出ますか」
……うむ」

新兵衛の少々うわ滑るような会話の切り出しに。
武市は、同意とも否定とも取れる生返事しか発しない。
表情があまり動かず、意図を読むことも難しい。
黙々 もくもくと火種を作り、武市は愛用の煙管 きせる煙草草 たばこくさを丸めて詰めると、吸い付けてから……吸口を懐紙 かいし ぬぐって。
新兵衛へ差し出した。
新兵衛は血相 けっそうを変える。

「お、おめください、先生! 流石に遊女の真似などはッ!」
「なんだ、知っていたか田中君。なに、付き合いで花街へ物見に行き仕草は知るが、私も誰の煙管も取らぬ性質 たちだが」

武市が珍しく声を立てて笑う。
そうして、ゆったりと一口、二口、口内に煙を吸い。
味わってから。
三口目を軽く吸い込んで、武市はふわりと新兵衛の顔に吹きかけた。

「これではどうだ?」

意図を持って見つめられ、新兵衛は息を飲む。
何より香りが見知ったものだった。

「私が吸っている国分煙草を、先生」
「ああ、君の香りがする煙草でなければ満足できなくなってしまった」
「それは、一等、上等ですから。故郷の煙草は……花は霧島、煙草は国分」

新兵衛は軽くだけ節を付けて、歌うように言った。

「歌うのも上手いな」

武市は火皿の灰を落として、煙管を盆に置くと。
新兵衛の方へにじり寄る。
美しい顔が新兵衛を間近で のぞき込み。
抑揚 よくようのない声が乱れなく落ちかかる。

「引き止められた時点で分かっていたろう。新兵衛、むしろ期待の一つはした筈だ」
「ぁ、せんせぇ」

新兵衛の筋肉質で厚い体は、武市に力強く抱きしめられ。
その口に、形の良いくちびるが重ねられる。
まだ深さはないが、すぐにもっと侵入したいというような性急さ。

「!! っ」
「好いか?」

一度くちびるが離れると、今度は着物の合わせを割って。
新兵衛の胸元に、白い指先が侵入する。
すきなく鍛えられた男の胸を武市の手がで、爪の先が敏感な とがりいた。

「ま、っ。お待ちを、武市先生。身を、清めて来ます……お待ちを」
「そうか、待っている、新兵衛」

乱れた服を必死に合わせ直しながら、まだ はかまも着たままの新兵衛は準備を整えるべく一旦部屋を辞した。
着流しの武市は足元の合わせ目が乱れたこともさして気にしていない様子で、うっすらと笑う。
整った顔立ちの白い ほほに、淡く朱色が差している事に新兵衛は気付かない。
新兵衛の去った襖に、武市は。

「菊の節句に、思うざま私が愛でたい花は、可愛い義弟に決まっているだろう」

と、一人 つぶやいた。