John
2020-10-04 00:13:31
1778文字
Public 音楽家
 

おつかれ、おやすみ

カルデアの二人

このところ、アントニオ・サリエリは戦場に連れ出されてばかりいた。
本当に久々の、彼の休暇となったその日。
彼はもとより約束していた通り、アマデウスの部屋を訪れた。

アマデウスが、先に自分の部屋で待っているだろう、久方ぶりに会う恋人に心を躍らせ。
鼻歌交じりに自室の扉をくぐり。
部屋を見渡してみれば。
サリエリは仮面の騎士姿でもなく、目元に影がある銀髪の人間の姿でもなく。
デーモンのような角を生やし、鳥の羽と尾をもった竜のような怪物の姿で眠っていた。

赤と黒と銀によって構成された、トゲトゲしい塊が。
ベッドに小山のように倒れている。

竜がとぐろを巻いて横になっているようなもので。
尾羽にも似た部分はベッドから大きくたれ下がり、床にまで広がっている。
その胸は呼吸に合わせて上下し。
ふいごのような音に合わせて、体のそこかしこから紫の陽炎がゆらめいている。
恐ろしげな見た目と裏腹に、本当に疲れて深い休止状態にあるのか。
陽だまりの縁側に丸くなる猫のように。
いま、その姿は穏やかさすらあった。

「サリエリ……

アマデウスは、普段の騒がしさに比べれば自分でも驚くほど静かに歩みを進めた。
ベッドに横たわる恋人の身体を、手袋をしたままの指先でつつく。
相手はかわらず寝息を立てたままだ。

「なんだ、君の体と僕の体で、久々に甘い二重奏。とか思ったら。よほどお疲れかい」

アマデウスがベッドの端に腰を下ろしても。
サリエリは目覚めない。
アマデウスは、ふと、目に付いた羽先を手の中に握り込んだ。
猫の耳か尾のように、それはピクピクと震えて嫌がり、アマデウスの手の内から逃れた。
それがなんだか気にくわない。

アマデウスは、眠っている相手が目覚めないのをいいことに。
手袋をとると。
身体の線をいたずらするように、なぞり、さすり、指先で辿り始めた。
化石のような背骨がそのまま背筋にむき出しになっている。
その骨のくぼみをたどる。

黒く艶やかな木管楽器のように、銀の輪が締めつく首筋や腰や胸元。
磨き上げられたものではない、さざ波の波紋を描く黒い銀ではあるが。
金属部分は、金管のベルの縁にも似ている。
エレキヴァイオリンのネックのような腕。
打楽器のフープのような金属の輪がある。
ピアノカバーのような、天鵞絨の手触りがある。

そのうち、なんだか愉快になって、アマデウスは思わず言う。

「ああ、君ったらさ……全身、楽器みたいに、音楽みたいになっちまいやがって」

ははは、と笑って。

しばらくして、嘆息すると、神才は真顔になり。
ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。

「君が悪魔を押しのけて手をとって迎えに来てくれるなら、名前を呼んで側にいてくれるなら。僕は」

アマデウスは怪物の瞳を覗き込む。
起きている時と変わらない様子のそれは。
瞳と言うより、金属の格子の向こうを見るような具合で。
内側には燃え盛る炎しか無いようにも見えた。
それでも、アマデウスには。
心の底がざわつきながらも、同時に眠りに落ちる間際のような安らぎが、そこにあるように思えた。

「夜の眠りも、死の痛みも、何もつらくは無いんだ」

暖かく、身を寄せれば、海鳴りのような血潮と呼吸の音。
いや、それは轟々と業火のうなる音だろうか。
そうであっても、アマデウスはすでに。
この穏やかさを、相手の疲労に鞭打って興奮に変える気はなくなっていた。
我慢していた欲望が膨らんでいないわけではなかったが。
勝手に突っ込んで吐き出すだけでは、自慰と変わらなさすぎて味気ない。
今のアマデウスにはそう思えた。

狭いベッドの隙間に、ぴったりと体を合わせて横たわる。

「おやすみ。君、とってもあったかいな……

鰐のような口元に。
アマデウスはおやすみのベーゼを落とし。
醜聞に焼かれ続けて燃える体に抱きついて、胸元に顔を埋めた。
サリエリの身は復讐者のスキルで魔力が沸き続けている。
一眠りすれば、いつものように活力を取り戻しているだろう。
消耗しているとはいえ、消えかけの暖炉のそばにも似た暖かさをアマデウスは感じた。

眠る前に。
かすかにアマデウスのくちびるは、大好きだよ、と紡いだ。
それは、誰にも聞き咎められることはなく、二人のまどろみのうちに溶けていった。