John
2020-09-20 01:44:11
2448文字
Public 音楽家
 

スワローテイル・バタフライ

カルデアの二人。
本編ネタバレなし。
脇役で他サーヴァント出演あり。
キス程度。

古楽的な位置付けでなければ、フィドルとはいっても現在はヴァイオリンで奏でられる音だが。
これはヴァイオリンというより、フィドルと呼ぶのがふさわしい。
ダブル・ジグと呼ばれるアイルランドの伝統的な音楽だ。
八分の六拍子が、アマデウスの手で軽快に奏でられている。

いま、ゴールデンハインド……フランシス・ドレイクの宝具である船。
黄金の鹿号の甲板では、海賊たちの宴が開かれていた。

彼らが生きていて、歌い踊り黄金を略奪し、太陽を落とした時代。
エリザベス朝時代と言われる事もある。
俗に、イギリス黄金時代、などと言い習わされることもある。
熱狂と、いまジョッキに注がれ飲みほされる泡のように、彼らの国に富が湧いた時代。
私掠船免状により海賊行為が敵国への国策として許可された時代。
その時代に黄金をもたらした亡霊が、亡霊であってもヒトの心であるため溜まる憂さを晴らすべく。
こうしていま、昔の影法師そのままに酒盛りを開いているのだ。

夜の海上で甲板は明るく照らされ。
大型の帆船の船上では酒と肴が行き渡り。
すでに、海賊たちは、ドレイク船長の素晴らしい踊りが披露されてから。
ジョッキのビールが溢れるのも気にせず、飲んでは踊り、食べている。
ドレイクに言わせれば、書架の虫干しのような行為であるらしい。
宝具も仕舞ったままにしては錆び付く……とのことだが、実のところ真相は謎だ。
彼女なりの福利厚生なのかもしれないし、ただこういう息抜きをフランシス・ドレイク個人が欲しているからの可能性もある。
金払いの良さと、タダ酒につられて、アマデウスはこの宴の蓄音機を引き受ける事がままあった。

それに、今回は灰色の復讐者も連れてこられていた。
シミュレーター内だが。再現された多島海に浮かぶ船は、島の港ではなく、少し離れた沖合に碇を下ろして停泊している。
波が陸に反射するなど複数の要因で高くなる浅瀬、喫水以上の水深が保てないような場所ではなくこの方が、この手の船には都合がいいのだ。
海流などでうねっている海ではなく、位置取りの見立ては素晴らしいの一言である。
黄金の鹿号は驚くほど揺れずに安定していた。
アマデウスはにやにやしながら、フィドルを立ってかき鳴らし続けている。
そのうち神才の演奏に、酔っ払いの手拍子が乗っかりはじめる。

「糞が、拍手をするな。リズムが乱れる」

サリエリは心底じゃまだ、アマデウスの音を汚すなとでもいうように吐き捨てる。

「いいじゃないか。こういうのはこんな風に盛り上がって楽しむ音楽なんだ。硬い事は言いっこなし!」

アマデウスは、サリエリの独り言を耳に捉えるとそう言い。
あはははと高らかに笑い。
フィドルを奏でたまま踊りだした。
よく磨かれ、嵐を乗り切るたびに海水に洗われた板張りの甲板を、ブーツの靴底がタップダンスのように叩く。
くるくると回りながら、跳ねて奏でる神才の姿は、まさに揚羽蝶だ。
帽子の装飾が揺れ、ひらめく外套が黒のうちに鱗粉のような虹色を翻して羽ばたく。

サリエリが木箱に座し、構えて奏でているのは。
ゴルペ板が貼られている事からわかるが、まさかのフラメンコギターだった。
コードを奏で、和音で。
さらにパーカッシブ・ギターのように、ゴルペを駆使し。
和音と打楽器両方を引き受けるような響きで、ウワモノとして踊るアマデウスの旋律を支えている。
拍手に対抗するように、苦々しく鮫のような歯を噛み合わせ、歯軋りして。
アマデウスのリズムを決めるのは自分だけの役目だというように、演奏は熱を帯びていく。

やがて、アンコールにアンコールを重ねてから。
演奏はお仕舞いとなり。
未だアルコールは消費され続けて宴は続いているが。
アマデウスとサリエリは騒ぎの中心から解放されて、二人、少し静かな場所へと移動し。
船べりに腕をもたせて海を見ていた。

「いやあ、まったく! シェイクスピアやアンデルセンに強請られて、スワローテイル・ジグをレパートリーにしておいて良かった。ドレイクは本当にQP払いがいいし、なんて美味しい仕事だ!」

アマデウスはケタケタと笑う。

「そう思わないかい? サリエリ。定期的に仕事をくれる、いいパトロンだろう。仕事の内容も陽気で悪くない」

そう、嬉しそうにいうアマデウスに。
闇夜に赤く光る瞳の目を、潮風にほそめ、サリエリは低くつぶやく。

「かつてのお前なら、このように騒がしく低俗な音楽であっても精密を是としたのでは」

それにアマデウスは、すこし笑みを落ち着かせて柔らかく言った。

「昔の君なら、きっと、飲み会にたわいない音楽を供して笑うことは普通だった」

言ってから、月明かりを銀と翡翠に煌めかせる目を細め、鋭く何かを狙う顔をした男は。
元宮廷楽長のくちびるに自らのそれを重ねた。

「酒臭いな」
「僕からする臭いだけで酔いそう? やっぱり君、お酒は苦手なのかい? サリエ……

名前を遮るように。
今度は灰色の男から神才のくちびるが塞がれた。
酒精を帯びた唾液を舐め取る、赤い舌がはいまわり。
喉仏が動いて、混ざった唾液はためらいなく、男の腹へと飲み下された。

「おまえに酔わされるなら、悪くはない。演奏であろうと」

恥じらいなどない、不敵な声音が、ストライプ柄のスーツの男から放たれる。

「あはは、ふふ……ドレイクに言って、船倉を少し借りようか」

そう言ってから、すこし声のトーンを落とし、アマデウスは銀の髪をした恋人に耳打ちする。

「僕も昂ぶっちゃった。仕事はちゃんとこなしたんだ。みんなアルコールがたっぷり回ってきてるし。後は二人だけで朝まで愉しんでいたって、雇い主はとやかく言うタイプじゃないんだし、さ」

欲望を秘めた笑みに口角を釣り上げ。
アマデウスは、今、自分の隣にいるサリエリの腰に手を回して、引き寄せる。
二人はぴったりと身を寄せ合う。
合わさる二つの旋律のように。