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John
2020-09-08 18:03:10
2556文字
Public
音楽家
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狐の夜這い
アマサリなんちゃって平安パロディ。
昔、あるところに高貴な男が居た。
未だ夏の盛りの熱が残る初秋の夜、月も高い夜中に。
彼は名残の暑さに寝苦しいのを言い訳に。
自らの屋敷で琴を爪弾いていた。
現在、『こと』と一般にいわれ習い事として奏されるそれとは違い、この楽器には琴柱がなく。
絹糸の弦を指で押さえ音を決める。
楽器の片方の端、琴頭を膝に乗せ。
涼やかな風が入る濡れ縁で男は自由気ままに、趣くままに弾いているようだ。
月と夜風を友に男は奏でていた。
彼の楽才は宮中の評判で、帝の覚えも目出度かった。
寝殿と対の屋の間には、二つ渡り廊下があり。
片方は遣り水にかかる橋になった、二つの渡り廊下で区切られた、四角い壺庭がある。
男が座するのは寝殿側の濡れ縁で。
今は月も明るく。
ちょうど女郎花が盛りに咲いている。
金の目に栗色の髪の男はその美しさに穏やかな笑みを浮かべ。
弦に目を落とし、楽に集中し。
ふともう一度、花に目をやれば。
黄色の花の根元になにやら別の黄色がいる。
つややかな黄色の塊が草をわけて出てきて。
その四足の獣は、しなやかに落ち着いた足取りで、濡れ縁のすぐ下までくると。
腰を下ろして座り、楽の音に聞き入るように顔を上げて男を見た。
毛並みは金に輝き。
瞳が不思議な色をしていた。
銀の皿に翡翠の色を薄く塗ったようで、夜の暗がりに美しく月明かりを映し輝いている。
男は驚いたが、思わぬ聴き手が増えたと喜び。
さらに意気込んで、伸びやかな調べを奏でた。
しかし、流石に月も傾いて沈み行く。
明日の仕事に差し支える時刻になって来たので。
名残惜しく思いながらも、行儀のいい狐に、男は今日はもう終いだといった。
すると、獣は人の言葉がわかったように去っていった。
さらに不思議なことで、男が夜半に一人、自宅の濡れ縁で楽を愛でていると。
どこからともなく同じ狐がやって来て、側近くで行儀よく聞いていくことが増えたのだ。
驚きながらも男は喜んだ。
そうして、夜にはむしろ待ち望み、琴を奏でることが増えた。
さて、そんな夜が続いたある日の晩。
男は、その日は早く床に就き。
深い眠りにある夜更け。
ふと、息苦しさを覚えた。
暑苦しく、どうにも腹の辺りが重い。
これは、昨今都を騒がす怪異の類がついに我が身にも。
と、覚悟を決めて、男は目覚めてまぶたを開いた。
立派な狩衣に烏帽子を着けた若者が、自分の腹の上に馬乗りになっている。
「な
……
! に?」
若者は色白で面長の美丈夫だった。
髪は稲穂のような金色。
杏子の種のような、目尻の切れ上がった二重の目をしている。
瞳の色が大層変わっていて。
銀の皿に翡翠の色を薄く塗ったような具合で。
暗がりにも光を良く弾き、輝くようなその瞳は光の具合で銀と翠をつやめかせた。
その目を見て、男はぴんと来た。
目の前の若者はなにが嬉しいのか笑顔で喋りだした。
「実は、君の音を聞いて。一目惚れ
……
一聴惚れかな、しちゃってさ。人間は好いた相手の寝所に忍び込んで、想いを遂げるんだろう。これでいいんだよね?」
白い面長の顔は美形の一言だが。
怪の類だろう。
ともかくも、このまま食い散らかされてはたまらない。
男は一瞬でそう判断はしたが、あまりの非常識につい、慌てながらも叱るように言った。
「ち、違う、いきなり夜這いてくるなど! うたの一つも先ずは寄越すものだ!」
若者はただの不審者である。
館から問答無用で叩き出してしかるべきなのだが。
男の律儀さはこういう時にはあだになった。
それに、小首をかしげながら若者は応える。
「そうなの? ヒトの作法はイマイチわからなくて
……
じゃあこれで」
眠っている他人の上に勝手に馬乗りになっていた若者は。
すっと立ち上がると、脇の畳に美しい所作で腰を下ろした。
いかなる妖術か、若者の目の前には立派な箏が現れた。
琴柱の位置で音が決められ、龍の姿態に擬した各部位の名称がある楽器だ。
見れば、若者の爪は箏爪をはめずとも、丸爪のように綺麗な卵型をしている。
その指が、絹糸を恋人の肌を撫でるように爪弾く。
流れる川のような音の連なり。
あたりの空気すら清むような音色。
だらしない笑みを浮かべていた若者の顔も、真剣な面ざしで箏と向き合っている。
やがて、舞い散る花、桜色の明るさが花吹雪となり。
そこに、ホオジロの鳴き声が囀り。
秋であるのに男の寝所だけが、今、霞の青き天のもと春であった。
その明るい艶やかさ。
きらびやかで華やかな様子に。
男は演奏が終わってから、感嘆の息をついた。
「さあ、『うた』を贈ったよ。君の答えを聞かせてくれよ」
男は答えをねだられ、考える。
桜とホオジロとは屈託がない青さだ、と。
花といえば梅であり、その香りこそが都の貴族の愛でるところ。
では梅と鶯でなにか返事をし、この野狐に雅を教えねば。
すでに不審者にいきなり夜這いをかけられたことは。
思考の片隅で忘れられかけている。
男は管弦狂いであった。
「そういえば名前を知らないや、僕はアマデウス」
若者は、男に名乗った。
「天大宇須
……
?」
妙な名だと思ったが、どのみち通り名であろうと男は判断する。
「夕拝郎だ」
男も名ではなく官名を名乗った。
この時代、本名は忌み名として滅多に人に呼ばせない。
「『せきはいろう』? 変な名前だなあ。長いから灰郎でいい?」
「妙な約しかただが
……
いいだろう」
「明日も来るね」
当然のようにアマデウスは言った。
金の睫毛をした目を三日月に細め。
屈託のない笑顔を輝かせた口元から、はしたなく犬歯が覗く。
いつの間にか尻尾が背中越しにぱたぱたと揺れ、畳の上を掃くように動いている。
「わかった
……
明日は私も返礼として一曲奏でるとしよう」
男は思考の内で組み立てられ始めた返礼の一曲を、早く形にしたいと思いながら。
ほとんど無意識で、次の来訪を歓迎する旨の返答をしていた。
三日通われ、三日目を許せば夫婦となるのが夜這いの習わしだ。
次も、この箏の音が聞ける、そう思えば
……
。
アマデウスの通いを、三日目も自分は受けてしまうのだろう。
灰郎はそう悟った。
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