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John
2020-08-29 23:34:57
2933文字
Public
音楽家
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中書謁者
サリエリが宮刑を受けてる宦官ネタ。
中国異聞帯の設定で二次創作したチャイナパロ。
大空に浮かぶ島のような、巨大演算機。
その一角に芸術家たちの居住する区画があった。
そして、ほど近い区画に『内院』とだけ呼ばれる中庭があった。
庭内には。
ちょうど人の目線に入る低木に。
踊り子の波打つ袖をより集め作った花鞠のような、美しい花をたっぷりと付ける木があった。
華やかな赤の花弁がふんわりと集まった中央に、黄色い花柱と花糸が色を添える。
その木の幹も、艶やかで滑らかな部分をつぎはぎのように晒しており。
大層、見るものの目を愉しませる木であった。
汎人類史であれば、唐代に長安の宮廷へ多く植えられ。
白居易がその姿を愛で、詩を吟じた花だが。
この異聞帯でも、似たような場所に同じ花が咲いているとは。
どのような歴史の偶然であろうか。
ただし、この世界で、この花に名はない。
この異聞帯は、花の美を愛でることも。
それに名を付けて愛着する文化も、途絶えて久しかった。
国民に文化はない。
芸術はこの『聖躯』の中にのみ存在する。
この世界に『人』はただ一人だった。
空に浮かぶ巨大なコンピュータ
……
阿房宮すら身の内に飲み込んだ、大きな建造物がごとき、為政者。
始皇帝ただ一人が『人』であったから。
そうした事情を勘案すれば。
この庭も正に接収され、収蔵されたもの。
博物学的な保管物という側面を感じざるをえなかった。
庭を歩く彼らにしてもそうだった。
明るい光と緑、花に満ちた場所ではむしろ目立つ、黒の長衣を着た男がいる。
その彼に向けて。
琵琶の涼やかな音、岩に水が当たり跳ね散るような踊る音色が木陰から突然響くと。
振り向いた彼に声がかけられた。
「もとハプスブルク帝国の宮廷楽長。アントニオ・サリエリ様。御庭に遊ばれているようなので、それにぴったりの楽の音をお送りしましたが、お気に召されましたか?」
ニヤニヤとした笑みで、わざとらしく持って回った言葉が黒い長衣の男にかけられる。
「そのように我を呼ぶのは、今となってはおまえだけだ
……
アマデウス」
アマデウスと言われた男は、金の髪を三つ編みにして垂らし、派手な紫と金の衣装を着ていた。
細く白い腕には、螺鈿の琵琶が抱えられている。
ハプスブルク帝国
……
シン国の言い方に習えば哈布斯堡帝国だが。
かの国は、この世界にもう無い。
ほんの最低限度の国交は保ちながらも、真綿で首を締めるような。
シン国の経済制裁によりハプスブルク帝国はふとしたきっかけで経済破綻を起こした。
自国通貨が紙切れと化しハイパーインフレが発生するなか、混乱をきたした民衆は激しい暴動を起こし。
支配階級の血族は惨たらしく、庶民に吊るし上げられ、処刑されていった。
当時、サリエリは、ハプスブルク帝国が抱える楽団の一つで楽長を勤めていた。
始皇帝領では、市井の芸術が『儒』として禁止されていたが。
ハプスブルクではその逆を国政とする事で、対抗を図っていた。
世界が二国のみ残り、国同士の緊張が高まるまで、ハプスブルグ帝国の主要輸出品目は『芸術』だったのだ。
終末のハプスブルク帝国に狂乱が吹き荒れるなか。
サリエリは、国使として留め置かれていたシン国の始皇帝の膝元
……
当時ですら、超巨大建造物であった始皇帝の謁見室まで『上奏』し。
なんと、自分の命と引き換えを提案に、母国の音楽家たちの助命を嘆願した。
聞き届けられても、られなくとも。
このような大それたことを行ったのだから。
自死の汚名を被るつもりだ、と。
かつて在った彼の文化圏では、最大の不名誉たるそれを。
謁見室を出ると同時に、自ら首を掻き切り実行せんばかりの勢いだった。
自らの何よりも、彼は自ら愛した音楽が、標本となっても命脈を保って欲しいと願った。
始皇帝はその胆力を「敬意を払うに値する決意」として。
彼にある提案をした
……
。
死刑と同等の罰として、宮刑を受け。
皇帝側仕えの事務官となって、生きて働き続ける提案だ。
周囲の官職者を納得させるために、死んだと等価の刑を潜らせること。
長く生を続けさせる過程で、血縁を増やし一族郎党を築かれれば、叛乱の芽になりかねない。
それを防ぐこと。
確かに理屈としてはあった。
なにより、捕虜にした他国者を要職につける際の慣例としては、古代中国においてもっともしっくりくる形式だった。
それはこの国のかつてもそうであったのだ。
それらを納得して、サリエリは甘んじて刑を受け。
音楽家たちの助命を果たし、その管理者として生きて役職に就き続ける道を歩んでいる。
「言葉を吟ずる歌は、詩でさえも禁じられた。それは聖躯のうちでも。ハプスブルク帝国の歌曲の技巧も、今となっては君だけが知っている死蔵された技術だ」
「
……
」
背後に歩み寄り、抱きすくめて。
アマデウスはサリエリの耳元にささやいた。
「その声、今夜も僕に聞かせて」
もはや、シン国が世界統一を成し遂げ、恒久平和が実現されて久しかった。
ハプスブルク以外から収蔵された者たちも。
芸術家たちの住居区では、その街で生まれた名前のない二世、三世たちが、箱庭で標本化された技術として芸術を皇帝に捧げており。
亡命者のうち、国外生活の記憶がある生き残りはサリエリとアマデウスだけだ。
今のサリエリの仕事は。
世界統一に伴い収集された美術品、芸術家、書籍の管理。
特に、聖躯の中に収蔵された、生きた芸術家の管理が主な仕事であった。
始皇帝は直接、民草の悩みを聞き。
余さず目を配り、自らの言葉で勅令するが。
芸術家たちの上奏と勅令はサリエリを介していた。
切れた弦の補充、カンバス。
美術品や楽器の補修作成に必要な、材質まで指定された木材など。
何が本当に必要か判断し、皇帝へ定期的に上納する絵画・楽曲の発注手配まで調整し。
必須なものだけを、経験と知識で差配するのだ。
過酷な刑と、軽度な身体改造を施されたのはサリエリだけだった。
おそらく特殊な勘所を要する芸術分野の、管理者としての手腕を買われたのだ。
アマデウスはさらに。
琵琶を持たせて、手に手を添え、サリエリに演奏をねだった。
空いた白い指
……
アマデウスの手が、黒い長衣の切れ込みから、サリエリの下腹部を撫でさする。
そこには、男性として生まれた者に付いているべきものがなかった。
「ねぇ、ここにこうして何も付いてなくってもさぁ
……
気持ちいいコトはやめられないんだよね? 宮廷楽長さま」
「元宮廷楽長、だ。今は尚書の任を皇帝よりお預かりする民草の一人」
外側を切除されても、体内の器官までは失われていない。
一体いつ、アマデウスとこのような関係になったのか、サリエリはもはや記憶していなかった。
炙られる熱に苦しむ様を憐れみ笑って、アマデウスが手を差し伸べたのか。
「いつもみたいに。内側からたっぷり突いて、イかせてあげるから安心しなって」
金の髪をした男のひそめた声に。
身の内から覚えた衝動が、腹の底に湧き起こり。
サリエリは耐えるようにうつむいて灰色の髪を揺らし、赤い瞳の目を閉じてから。
布越しにアマデウスの手に己の手を重ねた。
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