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John
2020-01-11 18:19:08
3083文字
Public
音楽家
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K. 608
『material Ⅶ』のネタバレがあります。
普段はハーフアップの髪が解かれて、僕の部屋のベッドに広がっている。
肩まで程度の灰銀髪の頭は、横を向いて気をやってしまっていて。
薄明かりの部屋で、彫りの深い鼻筋と目元の影は暗く。
その目蓋はまつげに縁取られ、閉じている。
裸の体はうつ伏せで、僕がかけてあげた布の下だ。
彼は
……
サリエリは、召喚された当初まばたきもしなければ眠りもしなかった。
威嚇する獣のような警戒をこちらに向けて、近寄るなと繰り返し、憎しみと殺意があると訴えた。
僕はそれを無視した。
生前、彼の友情を無視したみたいに。
そうこうして、僕と彼の距離はどんどん詰まっていった。
僕には音でわかっていた。
僕だからこそ判ることができた。
サリエリは、本当に僕とともに居たくないわけじゃない。
そうしてこんな風に、いつしか。
子作りできない殺すべき相手と肉欲を満たしあう、なんていう余分の局地をするようになってしまった。
今ここにいる彼は、まるで殺戮機械っぽくない。
まるで生きているみたいだ。
それを思うと僕はしてやったりという気分になる。
サリエリが灰色のままだなんていやなこった。
僕の色が移るほど、抱いてつなげて中に注いでやった甲斐がある。
だって僕に、嫉妬の緑を生じさせたのは彼だ。
でも、生きているみたい、とはいえ。
彼は生きていた頃のサリエリとはまるっきり違った。
違うけど、何から何までサリエリだ。
心臓の形が同じで、心音の癖が同じで。
僕に求められれば断りきれず、僕を殺せない彼は。
誰より何よりサリエリ以外の何者でもないと、僕には思えた。
さて、僕にはこのところ気になることがある。
ムードがないだろうと言って、一枚一枚、僕の手で脱がせたサリエリの服は。
まだ形を保って床に伸び、ベッドの端に引っかかっている。
その中からごそごそと、金の鎖を探り出して手の内に手繰り寄せ。
ずっしりと重い、丸く厚みのある物体を手の内に握り込む。
サリエリがいつも首から下げているアクセサリー。
とても大切に扱っている様子のそれが、なんなのか。
僕は好奇心をかきたてられていた。
僕以外の誰かが生前にあげた、勲章のデフォルメとか、そういうのだろうか。
そう思うと、なんだか面白くない。
結婚相手が僕じゃない初恋相手の思い出の品を後生大事にしていたらいやだ、みたいな、自分でも嫌気がさす醜い感情だ。
仕方ないだろう、僕って、僕自身が自己嫌悪とともに思うことだけれど。
本当は嫉妬深くて
……
。
大抵、そこに至るほど近寄らず距離を置くけれど、そういう点では狭量だから
……
。
爪先でつつくと、中が空洞の音がする。
何かの入れ物のように、切れ目があり。ぱかりと開きそうだ。
サリエリを起こさないように、息を詰めながら。角度を変えて力を込める。
金属の擦れる音がかすかにして、少し開くとあとは一気にご開帳だ。
現れたのはつるりとしたガラス面越しに見える、時計の文字盤だった。
でもすぐに、さらなる違和感に気づいた。時計の針はちらりとも動いていない。
「壊れているのかな」
音がしないので、それが時計だと気付かなかったのだ。
僕の耳なら動いてさえいれば、触ったり中身をみたりしなくても、すぐ音でわかったはずだ。
生前、時計仕掛けで一時間ごとに葬送曲を奏でるオルガンのため、作曲を依頼されたことを思い出す。
あれの甲高い音は、あまり好きではなかったけれど。
起こさないように小さくつぶやく。
「あいつ、なんだってこんなものを後生大事に」
時計が指し示す時間は、零時五十五分。
その時を示して止まっている、ピクリとも針は動かない。
結局、少し考えてから。
そっと時計を元に戻し。
僕は一人部屋を出て、図書館やデータベースでいろいろと調べる。
サリエリと時計のことについて。
でも、思わぬところから予想外の時刻だとわかった。
サリエリのことじゃない、僕のことだ。
零時五十五分、僕が死んだ時間なの?
そんな時刻、死んだ僕自身が把握してるわけないだろ?
病でうんうん唸ってたのに、本当かどうかもわからない。
その瞬間、何かが腹の底からこみ上げて
……
けたけたと笑った。
大声で、心の底から。
僕の死により彼の存在が致命的にひび割れ、転がり落ちたことを、今更
……
数百うん十年後の今、改めて思い知って。
大勢の弟子に囲まれ、有力者や貴族に気に入られて。
その分、やっかみも得て嫌われて。
あいつの周りにはたくさん僕以外がいたのに。
僕は、それこそ二分も三分も。
一人の空間にやかましく、響けば空虚さが際立つこともおかまいなしに笑い続けた。
笑いのソロ演奏が収まった後、僕の心は一転して、重い自己嫌悪に満たされた。
だって、僕は彼の時計の意味が、とても嬉しかったのだから。
嬉しさのままに、連弾用の楽譜を用意して。
僕の部屋へと戻り、サリエリに飛びつく。
「ベッドの上だけじゃなく、君の奏でる音を他にも聞きたいからさ」
「
……
」
性的な話にからめて言葉を紡げば、眉をしかめられる。
ただ、命じられた内容、課せられた使命を果たすための装置。
僕のための殺戮機械。
ネジを巻かれて同じ殺意を奏でるだけの、細工物の小夜鳴鳥。
ああ、客寄せの自動オルガンなんて、子供っぽい音で僕は大っ嫌いだったよ
……
でも
……
。
「『四手のための幻想曲』って現代では俗に言われている楽譜を持ってきた。
……
さあ、暇つぶしにでも、いいだろう? サリエリ、僕の曲だ一緒にやろう」
ぐいぐいと腕をとって引いて、極上の笑顔を作っておねだりすると。
そのうちにサリエリは、噛み締めた歯をむき出しにした威嚇する獣のような顔をしながらも。
しぶしぶ、部屋のピアノに移動して連弾に応じてくれる。
僕らはおあつらえ向きに、背丈も同じぐらいで、こういうことをするのが本当に容易だ。
ピアノ椅子に腰掛けると、髪も目も肌も色が違うのに、双子のようで。
肩をわざと寄せて触れ合わせ、手をとって触って、僕は楽譜をめくって指示を話す。
僕のスペアみたいなあつらえなのに、サリエリは僕の出せない音を出す。
僕らの魂の音は似ているけれど違っている。
君の時計は沈黙しても、指はまだ音を奏でられるだろう?
僕とともに奏でてくれ。僕のためのサリエリ。
アイコンタクトで入りを指示しても、汲み取って応えてくれる。
彼の音はぴったりと寄り添って、速い流れを乱さず、求める響きを僕に与える。
やがて、唐突な弱音。
先ほどよりゆったりと、輝く喜びのような明るい響きが見えてくる。
そして曲はまた激しさを増す。
緩急と強弱を繰り返し、ほんの十分程度で、響きあうたまらない交歓は終わってしまって。
僕はもう一度、もう一回となんどもねだる。
サリエリはそれに、困った顔で応えてくれる。
合わせるたびに精度が上がる。
僕は、サリエリがサリエリらしくなることに喜びながら、正反対の醜い思いをも抱いていた。
共に奏でながら、残酷に願ってもいた。
君の時計がいつまでも、僕の刻を示し続けて君の胸にありますように。
いつまでも君にかかった呪いが、解けませんように。
君を苛む、座に至らせた魔法
……
この恋が解けませんように。
僕と友達ではなく、恋人でいなければ生きていられませんように。
ほら、やっぱり、僕はどうしようもないクズだろう?
幾度目かの終わりの音が鳴る。
だけれど、僕は求める。
それに応えて、始まりの音が再び部屋に響いた。
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