始まりの日

✦作品
 ヴェリテス城に足を踏み入れた日


 ゴトゴトと馬車に揺られ、プルーヴェリテの領地に入る。両親からは神術を使って早く移動したらいいのにと言われるのだが、いつも首を横に振っている。外の空気を吸いながら、その土地に根付く匂いを感じ、考える事をしたいのだと言えば渋々ながら許可を出してくれるのだから、大概私に甘い。それを理解した上で私はいつも我儘を言う事にしている。何も言わない方が悲しませる場合もあるのだと知っているから、言える範囲の我儘は言ってしまう方が良い。
 私の祖国はプルーヴェリテよりも東に位置しており、深い森と山に囲まれている自然豊かな国だ。だが、豊かだからこそ脅威となる魔物は多い。私の家は公爵家であり、父が外交を担っているからこそ、私に声が掛かったというのも知っている。むしろ、どうしたものかと父が頭を悩ませながら側近に相談をしていたのをたまたま私が耳にしたのだが。その場で扉を開けて、一言「行くよ」と言った時の顔は面白かった。
 事実、私ほどの適任がこのカールフェルト家に居るだろうかとも思う。人に対する興味しかなく、婚約者も居ない。もし一つ問題があるとすればこの弱い足だが、自立歩行が出来れば問題はないだろう。長兄は父の跡を継がねばならず、次兄はその補佐に回る。長女は既に他国へ嫁ぐことが決まっており、下の双子は騎士団へ入る事が決まっている。
 つまり、私だけがカールフェルト家の中でその責任を果たしていない。勿論、神術の研究を行い神術器の開発を担っているから祖国貢献はしている。だが、それはあくまで国民としての責任なのだ。
 カールフェルト公爵家としての責任ではない。
 だからこそ、笑って行く事に決めたのだ。
 他の誰でもない、クリスティアン・T・カールフェルトとしての責任を果たすために。



 ぱっと、視界が開ける。往来の多い通りを抜けてヴェリテス城の前に着き、御者から声が掛かった。どうやら、馬車はここまでのようだ。御者の手を借りて馬車を降りれば、目の前には美しい建物が広がっている。ここから、始まるのだ。
「ありがとう、父と母によろしく」
 それだけ言えば、慣れたように来た道を引き返す馬車が見えなくなるまで見送って。そのまま城へと向き直る。各国からの賓客に溢れているその場はざわめきは多いが、不快さは感じない。城内へと足を踏み入れ、形式的な手続きを済ませたら一人の男性が近付いて、軽い挨拶を交わす。滞在中、身の回りの世話は彼が担当をするそうだ。
「よろしく頼むよ。杖を使用してはいるが、歩行や階段の昇降に問題はないと思ってくれ」
 それだけ告げれば、彼は深く礼をする。
「お伝えする事は様々ございますが……まずは、お荷物をお部屋へお運び致します」
 そして、顔を上げて軽く微笑んでからそう告げるから。
 一つ頷いて、その案内に誘われる。
(楽しくなりそうだ)
 逸る気持ちを抑えながら、ゲストルームへ入る。