ちょっと俺も眠くなってきたな、と思いながら、桐島さんの方に体を寄せた。毛布にくるまって机の前でうずくまっている人は、もたれかかると温かい。暖房の効きが弱い部屋の中では、そのぬくもりにほっとする。
「かなめくんなあ?」
名前を呼ばれて、ぱっと体を起こした。触れあっていると、恥ずかしい思考が筒抜けになるような気がして。
「はいはい。桐島さん、目が覚めました?」
俺はつとめて冷静に質問したが、彼は薄目のまま、ぼんやりと俺を見つめた。薄い肌の目元が赤い。はあ、やっぱりちょっと、色っぽいよなこの人は。
「きょう、たのしかった?」
毛布にくるまったまま先輩は、俺の問いかけには答えず、寝ぼけた声で逆質問を投げかける。今日、大人になったばかりなのに、こどもみたいな話し方だ。寝起きはいいはずなのに、今日はまだ、半分眠っているらしい。
「今日、楽しかったのは、桐島さんじゃないんですか?」
「おれはなあ、楽しかった」
「良かったじゃないですか」
うん。
いつもは逆張りの具現化みたいな人なのに、今日は素直に頷いた。やっぱりこどもみたいだ。
起こしていた体をそっと彼の側に戻し、右肩のあたたかさを感じる。毛布の向こうにある立派な体は、眠たいせいかいつもに増して熱っぽい。それとも、まだ酔っているのかもしれない。
「みんなと初めて飲むお酒が、楽しくて良かったじゃないですか。お祝いもしてもらったし」
この人は今日、二十歳になった。飲酒喫煙可能な大人の年だ。うちの野球部では二十歳を迎える奴の誕生日に同期が集まり、初めての酒を見守る飲み会を開くのが伝統だ。俺は一つ下の代だけど、バッテリーなんだから参加しろ、とありがたい先輩命令を拝受した。そして部屋の隅に座りながら先輩たちと一緒に桐島さんの初めてを見届けた。彼はいつもどおり楽しそうに皆と騒ぎ、イベントみたいな口上を述べて景気よく最初の酒を飲み干していた。ぷはあ!と芝居がかった仕草でグラスを飲み干した桐島さんは「うまくもまずくもないけど、なんか熱いな、これ」と笑っていた。みんなの中で面白おかしく振る舞い、狐目で楽しそうにしているさまは、いつもとあまり変わらないように見えた。酒に強いのかもしれない。もしくは普段から酔っぱらいみたいな思考なんだろう。そっちの方が、あり得る話だ。理屈より面白さを優先する、おもろ至上主義の帝王様め。
そんな王様の顔がほんのり赤くて色っぽいな、と俺が思っていたなんて、誰も気がついちゃいないのだろうけど。
「それとな、」
毛布にくるまったままの桐島さんが、ぼそぼそと話し始めた。数時間前に初めてを終え、艶っぽく笑っていた彼を思い出していた俺は、その声で急に現在に引き戻される。。ここは桐島さんの一人部屋で、テーブルの前で毛布にくるまって寄り添っているのだ俺たちは。正確に言えば、寄り添っているというより、俺が毛布にもたれかかっているだけなのだけど。
「要くんが、誕プレくれたやんか」
「え?そうですか?」
「うそん。なんで、そんなこと言うん?」
目が覚めたのか、大きな声で彼は笑い、机の上のチューハイ缶に手を伸ばした。毛布の中から伸びる、筋肉質の大きな左腕を。
「チューハイ買うてくれたやん」
「誕生日プレゼントなのに、そんなんで良いんですか?」
うん。
また、こどもみたいに頷いた人は、俺に体重をかけながら、くすくすと笑った。
「俺が欲しい、って言ったら、要くんが買ってくれたやつやもん」
帰り道の途中でコンビニに寄った。桐島さんは棚を眺めながら、「甘いのがいい」と、ギャルみたいなことを言うので、今日だけは特別ですよ、と言って俺はチューハイの缶を手に取った。彼は酔って何か歌をうたっていたから、俺がそわそわと嬉しそうに会計をしたことに気がついていないはず。それからふたりで部屋に戻り、風呂に入ってチューハイを飲み、彼は「おっさんみたいやな」と笑っていたが、気がつけば桐島さんはひとりで寝てしまっていた。
それが、たぶん、三十分くらい前だ。
一人暮らしの男の部屋なんて、暖房は旧型のエアコンと小さなヒーターしかない。冬の夜に冷えゆく部屋で、眠ってしまった彼をベッドに運ぶこともできず、俺は彼を毛布でぐるぐる巻きにして、隣で静かに水を飲んでいた。揺れる前髪から覗く右目が、綺麗だな、と思いながら。
「要くんが買うてくれたやつ、うまかったわ」
「そっすか」
「君が二十歳になったら俺がおごったるから」
「はあ、まあ……そうですね……」
いらない、とは言えず、曖昧にうなずく。この人からもらえるものに、否や、とは言えない自分の弱さにうんざりとする。だって、本当はすごく嬉しいから、嬉しさを隠すだけでも必死なのだ。どうか許してほしい。
俺がいないはずの神に許しを請うていると、彼はばさりと毛布を脱いだ。
「寝よ」
酔った人特有の、突然の思考に驚くしかない。
酔っ払い初心者のくせに、一丁前に振る舞う彼は俺の腕を掴み、そのまま強引にベッドへ引きずり込んだ。
え?
何が起きたのか良く分からない。
戸惑う俺を無視し、彼は俺を右腕で抱きしめ、左手で毛布をずるずると手繰り寄せる。全部が終わり、ふたりで毛布にくるまった頃には、彼はすっかり眠りに落ちていた。
この部屋に来たのは初めてじゃないけど、ベッドに入ったのは初めてだな。
そうやって他人事みたいに考えないと、緊張と緊張と興奮で叫びだしそうだ。
好きな人のベッドで、好きな人に抱きしめられながら、俺は身動きひとつできずに黙っていた。
「かなめくん」
寝ぼけた、甘えるような声で彼が俺を呼ぶ。
「あしたも球とってな」
出会ったときから言われ続けたその言葉に、きゅっと胸があつくなる。はあ、やっぱり好きだな。
息をひそめて耳を澄ましたけれど、そのまま言葉は続かず、やがて規則正しい寝息だけが残った。
もしかしたら、好きと言われるのかもしれない、と覚悟しながらこの部屋に来て、結局今日は好きと言われなかったな、と思いながら俺もそっと目を閉じる。
明日もこの人と野球するならそれだけで良いとは思うのだけど。
いや、でも、だけど。
俺が大人になる日には、好きです、と告げるだろうか。
それとも、何も言わずにただ抱き合うのが大人だと思うのだろうか。
どっちが大人なんだろう。
眠りに落ちゆくのを感じながら、俺を抱く彼の左腕を、そっと静かに抱きしめた。
〆
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