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流れザメ
2026-01-25 10:52:27
6301文字
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その眼差しは針に似て
好きの自覚すらしていない未成立ビマヨダ。のつもりだったんですが、ほぼ絡まないし、実質仲良しカウラヴァカルテットの話です。
一応これの前の話になるビマ視点のSSを読んでないといまいち意味が分からないかもしれません。
最近、食堂の前を通る度に刺すような視線を感じるようになった。
そんな眼差しをわし様に向けてくる奴など一人しかいない。ビーマだ。
直接食堂の中を覗いて確認した訳では無いが、カルナから聞いた話では、厨房を任されているサーヴァント達はみな気の良い者達ばかりらしい。そんな連中が、あんな無遠慮で不躾な視線を寄越してくるとは思えない。
わし様との関わりを考えても、やはりビーマ以外にはありえないだろう。
(今まで無視を決め込んでいたくせに、一体どういう心境の変化だ?)
わし様がカルデアのグランドサーヴァントに指名された事に危機感を覚え、今更監視でも始めたのだろうか。
どのような理由であっても、煩わしい事この上ない。
幸い、ビーマとはカルデアでの行動範囲が被っていないので、食堂の前さえ通らなければヤツの視線を感じる事は無い。
ビーマの為にわし様が通る道を変えなければならないのは心底不服だが、魔力リソース集めの周回を終えて心身共に疲労している今、あの眼差しを受けるのはどうにも辛いものがあった。
闘志を漲らせるにも気力が必要なのだ。
食堂の入り口を目前に控えた所で足を止め、横の道へと入る。
若干の遠回りにはなるが、この道からでも住居区画には辿り着ける。
(腹が減ったな
……
)
廊下に漂う美味しそうな匂いに食欲が刺激され、腹の虫が鳴いた。
腹部に手を当てながら足を進めようとすると、背後から声を掛けられた。
「何処に行く、ドゥリーヨダナ」
夜の静寂のように落ち着いた声色。聞き覚えのある声に振り返れば、友であるカルナが居た。
その声同様に静か過ぎる足取りで、わし様の方へと近づいて来ている。
その後方にはガネーシャ神がおり、食堂の入り口の前に立って、わし様達の方を気掛かりそうに見つめていた。
どうやら二人で昼食を食べに来たらしい。
相変わらず仲が良いことだ。
「先程周回が終わってな。これから部屋に戻って寝るところだ」
「腹が減っているのではないのか?」
凪いだ湖面のように透き通った美しい翡翠の瞳が、腹部に当てていたわし様の手へと落ちる。
わし様はそれとなく手を下ろして言った。
「確かに減ってはいるが、今は食べるよりもベッドに横になりたい気分でな」
笑顔を作って笑いかけると、カルナも両目を細めた。
「つまらない嘘はやめるといい。お前は弁の立つ男だが、嘘を吐くことに関しては俺やアシュヴァッターマンとそう大差はないだろう」
涼やかな微笑みと共に放たれた言葉に笑顔が崩れ、唇からため息が零れ落ちる。
強がりがバレているのならこれ以上隠しても仕方がない。
わし様は観念して、カルナに事情を話すことにした。
「最近ビーマに監視されているようでな、ずっとアイツの視線を感じていると気が滅入って仕方がない。周回終わりで腹は減ってはいるが、あの男に見られながら食事を摂るぐらいなら、部屋で寝ていた方が遥かに気が休まる」
「ふむ、そうか。する必要ないの心配に囚われる所は、サーヴァントになっても変わらないな」
「どういうことだ?」
カルナの言葉の意図が読めずに眉を寄せる。
目の前の作り物めいた顔が微かに緩んだ。冬の終わり際に感じる、春の先駆けのような微笑だった。
「お前の心配は杞憂だということだ。今の時間は食堂を利用するサーヴァントが多い。厨房は戦場と化すだろう。そのような時に、あの男がお前に意識を向けるとは思えない」
「それは、確かにそうだが
……
」
カルナの言う通り、これからいわゆるランチタイムという時間帯に入る。
今はまばらに空いているテーブルも、すぐに昼食を食べに来たサーヴァント達で埋め尽くされる事だろう。
例外はあれど、サーヴァントは基本的に数多の戦場や激しい戦いを生き抜いた英雄の影法師だ。その運動量に比例するように、体の大きな者や大食な者が多い。
一人一食では足り場合があるのだ。
食堂の定員が三十名弱点なのに対して、厨房にいるサーヴァントはビーマも含めて五人。唯でさえ六倍の差があるというのに、それに加えて一人で十人前の料理を注文する者が現れたりして圧倒的に手が足りていないと、いつだか前にマスターが零していた。
しかも、カルデアにはサーヴァントが五百騎以上居る。
五百名全員が食堂を利用している訳では無いが、三桁は確実に存在するであろう利用者全員の胃袋を五人で満たさなければならないとなると、カルナの言う通り厨房は戦場さながらの忙しさに見舞われる事になるだろう。
ビーマもわし様の動向に目を光らせている暇など無い筈だ。
そう考えれば、確かに今食堂に立ち寄っても、あの刺さるような視線に晒されることは無いような気がしてきた。
「無意味な我慢はやめるといい。何の得にもならないぞ」
「うぅん
……
。確かに、お前の言う通りかもしれんな。カルナ」
自室の方へと向けていたつま先が、自然と食堂に向き直る。
カルナと連れ立って食堂に戻ると、ガネーシャ神が嬉しそうに両手を振って出迎えてくれた。
「ドゥリーヨダナさんも一緒にご飯食べるッスか?」
「うむ、そういう事になった!」
「ドゥリーヨダナよ、お前は幸運だ。今日の日替わりスイーツはプレミアムフルーツロールケーキだ」
「いつも食べてる物と同じではないか」
「あー
……
、カルナさんが普通のロールケーキよりも先にプレミアムな方を食べさせちゃったから、ドゥリーヨダナさんの中ではそれが普通のロールケーキになっちゃってるんスね
……
。本当はクリームとか生地が一般的なロールケーキよりも凄くてフワフワしてて、そんで中に入っているフルーツもこれまたちょっとお高めなやつで、なかなか食べられないものなんだけど
……
。まぁ、とりあえず中に入って席を確保しましょ!早くしないとすぐに満席になっちゃいますよ、ホラホラ!」
ガネーシャ神に背中を押されるまま、にわかに人の出入りが激しくなり始めた食堂に入る。
カルデアに召喚されて二年あまり経つが、此処に足を踏み入れるのは今日が初めてた。
物珍しさから周囲を見渡していると、ガネーシャ神が声を上げた。
「あっ!あそことか良さげじゃないッスか?」
ガネーシャ神が指差していたのは、食堂の隅にある壁際の席だった。
あの場所ならば厨房からも遠いし、他のサーヴァント達が障害物となってビーマの視線も遮れそうだ。
「注文は俺がしてこよう。望みはあるか?」
「ボクはいつものC定食で」
「ドゥリーヨダナ、お前は?」
ガネーシャ神の言葉に頷いたカルナが、次いでこちらを見る。
何が良いと聞かれても、食堂を利用するのは今日が初めてなので、どのような料理があるのかわからない。
「お前に任せよう、カルナ。おすすめの物を持ってきてくれ」
「承知した」
薄い唇を緩くしならせ、カルナが注文カウンターへと歩いていく。
わし様とガネーシャ神は、他の者達に取られる前にと壁際の席に急いだ。
テーブルは大きく、椅子が四脚置いてある。
壁を背にするように置かれた椅子に腰を下ろすと、ガネーシャ神ももう一つの壁際の椅子に座った。
席を確保した所で再度食堂内を見渡す。
チラホラと空いている席はあるが、次から次に食堂に入ってきたサーヴァント達が座り始め、ほぼ埋まりかけていた。
「ドゥリーヨダナさんが食堂に来るんだったら、アシュヴァッターマンさんも誘えば良かったスねぇ」
「あぁ、そういえばそうだな」
アシュヴァッターマンのみならずカルナもなのだが、二人は何かとわし様に現代の食べ物を食べさせようとしてきた。
二人はわし様よりも遥かにカルデアでの生活が長い。
その長い日々の中で体験した様々な物事の中に、わし様が気に入りそうだと思った物が沢山あったらしい。
ほとんどの事はわし様がカルデアに召喚されてすぐに粗方体験したのだが、こと食事に関しては先に召喚されていたビーマが食堂に陣取っていた為、食べることが叶わなかった。
わし様がビーマを疎んで頑なに食堂に近付こうとしなかった事もあり、二人は機を伺ってわし様を食堂に誘うことはあっても、無理矢理連れて行くような真似は決してしなかった。
あれほど心を砕いてもらっていたことを考えると、確かに始めて食堂を利用するにあたって、アシュヴァッターマンに一声を掛けた方が良かったかもしれない。
「まぁ、わざわざ呼びに行かずとも、そのうち来るだろう」
「えぇ
……
、そうっスかねぇ」
わし様の言葉にガネーシャ神が眉を下げる。
如何にも不服そうな顔だ。肩に乗っているヴァーハナたるネズミも、主の心情を代弁するかのようにオロオロと忙しなく首を動かしていた。
どうやら、何か良からぬ誤解が生じているらしい。
「待て待て。何も呼びに行かずとも自ずと気付くだろうと言っている訳ではないぞ?」
「え?そうなんスか?」
「当たり前だ!」
目を丸くしているガネーシャ神に語気を荒げる。
わし様達が食堂に入った際、入れ違うようにしてここを出て行く者達が居た。その中に、アシュヴァッターマンとよく手合わせをしている連中がいたのだ。
彼らであれば、気を効かせてアシュヴァッターマンにわし様達が食堂に居ることを伝えてくれる筈だ。
「カルナやアシュヴァッターマンがわし様を食堂に招きたがっていた事は、親しい間柄の者達なら知っているだろうしな。それになにより、カルデアにはマスターな似てお節介なサーヴァントが多い」
「あー、それは確かにそうっスね。そういう事なら呼びに行かなくても大丈夫かぁ」
わし様の話を聞いたガネーシャ神が、安心したようにテーブルに突っ伏す。脱力した顔でテーブルに頬を付けている姿は、どう贔屓目に見ても神には見えない。
怠惰な人間も顔負けのガネーシャ神のだらけっぷりは今に始まった事ではないが、時折、自分は神と対話をしているではなく依代となっている少女と話しているのでは?と思う時がある。
(まぁ、堅苦しくなくて楽ではあるのだが)
ガネーシャ神の顔の周りをチョロチョロと走り回っているネズミを眺めながらカルナが戻って来るの待っていると、不意に左頬にピリッとした痛みが走った。
細い針の先が一瞬触れたかのような本当に細やかな痛み。それは食堂前の廊下を歩く度に感じていたものと同じものだった。
穏やかな時間に水を差さす不躾な視線に、自然と眉間に力が入る。
苛立ちを込めて厨房の方を見れば、予想通りビーマが注文カウンターに立ってこちらを見ていた。
濃紫の髪を一つに束ねて白い服に身を包んだビーマは、わし様と目が合っても視線を逸らすことなくこちらを見続けている。
己のテリトリーにわし様が立ち入った事に気分を害しているのかと思ったが、意外にも違うらしい。
こちらを見つめるビーマの顔には、怒りや嫌悪といった感情は浮かんでいなかった。かと言って何の感情も無いという訳ではなく、何やら真剣さのようなものは伺える。
(何なんだ、一体
……
)
警戒心や憎悪を孕んだ眼差しを向けられるのは分かる。むしろそうあるべきだ。
しかし、ビーマの視線にはそういった類の感情が込もっておらず、ただ熱心にこちらを見ているだけだ。
本当に意味が分からない。
生前では決してありえなかった宿敵の様子に不気味さすら覚えるが、だからといって此処でわし様の方から視線を逸らしては、何だか負けたような気がしてくる。
半ば意地になりながらビーマを睨み続けていると、急に視界が黒く染まった。
「待たせたようだな」
顔を上げると、両手にトレーを持ったカルナが立っていた。
わし様の隣の席に腰を下ろしたカルナの身体によって、ビーマの姿が隠される。肌に感じていた刺すような痛みも、ふつりと絶えた。
「あれ?何か多くないっスか?」
ガネーシャ神の言葉につられてテーブルを見る。カルナが持ってきたトレーは四つあった。
その内三つは、わし様達が食べる料理だろう。ガネーシャ神が言う通り、一つ多い。
カルナはガネーシャ神ではなく、わし様の方を見て言った。
「これはアシュヴァッターマンの分だ。精進料理といって、マスターの国の修行者が口にする料理だ。激しい戦いに身を置く者の為に、メニューや量など色々とアレンジされているそうだがな」
「ほう。そんなものまであるのか」
「お前のはこれだ」
カルナが一つのトレーをわし様の前へと押し出した。
それを見たガネーシャ神が声を上げる。
「おぉ!それはエミヤさんの日替わりランチ。カルデアに召喚されたら一度は食べておかなきゃな一品っスよ」
「そうなのか?」
食欲をそそる美味しそうな匂いはするが、見た目はいたって普通の物に見える。丁寧に作られているのであろう事は分かるのだが、どうにも派手さや豪華さに欠けていた。
カルナの方を見れば、静かに頷き返される。
「現代の料理を知るというのであれば、これほど適した物はない。味もお前の舌に叶う筈だ」
「エミヤさんの定食、ブーディカさんのスイーツ、紅閻魔さんの和食御膳。この三つはカルデア食堂のマストっスね」
カルナに続くようにしてガネーシャ神が言う。
二人のお墨付きだというのであれば、食べない訳にはいかない。
「丁度良いタイミングだな」
そう言って、カルナが食堂の出入り口の方を見やる。
わし様も共に振り向くと、見慣れた姿が立っていた。
何かを探すように食堂内を見回している人物に、手を上げて呼びかける。
「アシュヴァッターマン、こっちだ!」
別の方向を見ていた顔が弾けるようにこちらを向き、金の瞳が大きく見開かれる。次の瞬間には、その顔に満面の笑みが浮かんでいた。
嬉々としてわし様達のテーブルに歩み寄ってきたアシュヴァッターマンに、カルナが隣の椅子を引いて座るように促す。
椅子に座ったアシュヴァッターマンは、目に見えて機嫌が良かった。
「カイニスのヤツに旦那が食堂に居るって聞いてよ」
「うむ。まぁ、色々とあってな、今日はカルナ達と共に食堂で昼食を摂ることにしたのだ」
「そうか!」
でかしたとばかりにアシュヴァッターマンがカルナの肩を叩く。カルナも何処か誇らしげな表情でそれを受け止めていた。
「さて、皆揃った事だし早速食べるか。これはどういった料理なのだ、カルナ」
「それはチキン南蛮といって、揚げた鶏肉に甘酸っぱいタレを絡めたものだ。上に載っている白いソースと共に食べるといい」
「タルタルソースっていって、玉ねぎと茹で卵が刻まれて入ってるんスよ。濃厚だけど酸味があってさっぱりしてるから、ドゥリーヨダナさんの口にも合うかもしれませんねぇ。あっ、インドの料理と違ってご飯自体には何の味付けもされて無いから、おかずのチキン南蛮と一緒に食べるのがオススメっスよ」
「カルナ、旦那のデザートは──」
「ブーディカに頼んで、我々が食べ終わった時に取りに行く手筈になっている。抜かりはない」
一つのテーブルを皆で囲んで、談笑しながら料理を口に運ぶ。
どこか懐かしいそのやり取りに、疲労や苛立ちで荒んでいた心が優しく解れていくのを感じた。
現代の料理も、カルナ達が熱心にわし様に食べさせたがっていたのが頷ける美味しさだ。
一口食べる度に、生前では味わえなかった美味に魅了されていく。
次第にカルナ達との食事に夢中になり、いつしかビーマやヤツが寄越してくる視線の事は、わし様の頭の中から綺麗さっぱり消えていた。
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