紫輝
2026-01-25 09:37:27
4274文字
Public リとヌと御仔の話
 

作戦レベル:?『不思議な子どもと友誼を結べ』

御仔とナドクラ脚長男子と初めましての話。ファさんあの体格なので突然エンカウントしたら御仔びっくりしそうだし「すでにお友達ですけど?」ってマウント取ってくるンズ君いたらいいなって思って。ニキと仲良しなのは以前秘境で迷子になってたところを⛅️お兄ちゃんと一緒に助けてもらったからです。多分この後ニキにも「よう『くまさん』。レヴィをビビらせたんだって?」ってマウント取られるのでファさんのお友達大作戦が始まる

 ぱふん、と何かが足に当たる。本当に、ファルカにとってはそれくらいのやわらかく軽い衝撃だった。足元に目をやれば、大きな瞳と目が合う。この土地でよく目にする虹結晶のような、青と紫の混ざった幻想的で美しい色の瞳だ。
 持ち主も瞳に負けない美しい顔立ちをしていた。若干三、四歳ほどの子どもに使う表現には相応しくないとは理解しつつもそう思う。星空を映したような銀色の髪と、ミルクのような白い肌。星空は一筋の夜空の黒と二筋の昼の空色に飾られている。緻密な計算か世界の奇跡か、子どもを形成するあらゆるパーツが完璧に配置された結果出来上がっている美しさに、こりゃあ人間じゃないな、と感覚で理解する。人と人外の“美しさ”と言うのはなんというかジャンルが違うのだ。以前この話をした部下には「意外にロマンチストだ」なんて笑われてしまったけれども。
「あ、う、えと、」
 宝石めいた瞳をこぼれ落ちそうなほど見開いた子どもから言葉にならない声が転がり落ちて、キョロキョロと視線が泳いで。
 ぱっ、とファルカから距離を取った子どもは身を隠してしまった。戦友兼呑み仲間兼現地協力者の後ろに。
「ご、ごめんなしゃい。ごっつんしちゃった」
 うーん、可愛い。ひょこ、と窺うように戦友兼呑み仲間兼以下略の影から顔を出して謝罪をくれる子どもにしみじみと思いつつ口から出たのは「……あ?」の一文字だった。けしてその態度を不快に思ったとか苛ついたとかではない。意外だっただけなのだ。他人とあまり関わりたがらない戦友兼以下略に、『隠れ場所』とされるくらいの信頼関係を築いている子どもの知り合いがいることが。
 ファルカとしてはそこにドスを乗せたとかそんなつもりは一切なかった。顔だって険しくはなかったはずだ。けれどもどうやら驚かせてしまったらしい。子どもはびくりと肩を跳ね上げた。きゅ、と鳴き声のような音が、小さな唇からこぼれ落ちる。
大丈夫ですよ。このおじさんは君を虐めるような人ではありませんからね」
 同時に服を強く引かれたらしい戦友以下略――フリンズが子どもに微笑みかけて、ファルカを見、はぁ、とこれ見よがしのため息をついた。
「全く嘆かわしい。栄えあるモンド西風騎士団の大団長ともあろう方が、年端もいかない子どもを威圧するなど」
 騎士道精神はどうしたのですか、などと追い討たれて思わず出そうになった大声はなんとか飲み込むことに成功した。よかった。渾身の「はあぁ〜?」が口から出ていたら今度こそ終わっていたかもしれない。代わりにごほんと咳払いを一つ。誤魔化しが下手くそすぎてフリンズが笑っているのに後で覚えてろよと心中悪態などついていると、彼の言葉に興味を惹かれたらしい子どもが再び口を開く。
「きしだんの、だいだんちょう?」
「そうですよ。僕よりよっぽど信用できる人です。隠れ場所にするなら、このおじさんの方がずっと安心かもしれませんよ?」
 僕はもしかしたら君に「悪いこと」をするかも――どうやら子ども相手にも通常運行らしいフリンズの言に割って入る前に、子どもがぱちりと虹水晶を瞬いて首を傾げる。
「んーパパがね、とうさまにメッてされたひとはわるいことしないっていってたよ。あとね、ランプのおにいちゃんやさしいもん。だからへいき!」
「ン゛ン゛……
 にこ!と弾けた笑顔に思わず目を眇めてしまった。子どもの笑顔は等しく眩しく可愛らしいものだが、この子のそれは眩しいの桁が違う。何かしらの力すら感じるほどだ。真正面からそれを喰らったフリンズがらしくない声で呻くのも納得できる。ところで彼は子どもの“とうさま”に「メッ」されたことがあり(あとで根掘り葉掘り聞いてやろうと決めた)、“とうさま”の「メッ」はなにがしかの――恐らくは公序良俗に反するような――宜しくない行為を行った者に対してかなりの影響力があり、子どもは“とうさま”の「メッ」の凄さについて“パパ”から聞いたらしい。相関図が謎だらけだ。
 フリンズが困ったように笑う。こほん、と自分を笑えない下手くそな咳払いを挟んで、彼は口を開いた。
僕の負けです。レヴィ君は確かガイアさんとはお友達でしたよね?」
「ガイアおにいちゃん! おともだちだよ!」
「そのガイアさんの上官うーん、上手い表現が見つかりませんね。このおじさんとガイアさんは、君の“パパ”と看守さん達と同じような関係なんですよ」
「そっかあ」
 唐突に知った名前が出て、なし崩しで子どもの名を知り、きな臭い単語が滲むほのぼのとしたやり取りに温度差、なんて心中で突っ込みつつ、こくこくとうなずいてからちらとこちらを見た子どもの瞳から怯えが消えたのにひとまず安堵する。健やかな成長を助け見守るべき子どもに怖がられるのはやっぱり寂しいので。いい機会なので「怒ってないぞー」と手を振っておくことにする。
「実はすごい人なんですよ。でもこんなに大きくて硬いですから、レヴィ君がびっくりしてしまうのも無理はありません。いきなりがおー、もされてしまいましたものね」
「してないが」
「したからレヴィ君は僕の後ろにいるんですよ」
 呆れた、と言わんばかりの口調にうっかり――そう、負けず嫌い的な何かが顔を出す。
「俺はモンドじゃ子供達のヒーローだぞ? 仕切り直しを要求する!」
 ごほん、と改めて咳払いを一つ。
「こんにちは、俺はファルカだ! 友達になろう!」
 膝を折り、太陽のようと評される(なお自覚はない)笑顔でしそびれていた自己紹介と共に握手を求めて手を差し出せば、空色の二筋がびょっと跳ねて心なし縮こまり、虹水晶の瞳が見開かれた。元が大きいからこぼれ落ちないか不安になるくらいに。
パパ!」
 ぴゃっとフリンズの後ろから飛び出していった子どもが次の退避先に選んだのはいつの間にやら広間にやってきていた男だった。鍛え上げられた体躯に黒と密やかな陰を纏ったその男の佇まいは、只者でなさをひしひしと感じさせる。あとで手合わせを願えないだろうか、なんてつい考えてしまった。
「レヴィ。ここにいたのか」
 己に駆け寄り見上げてくる子どもの眼差しにその希望を感じ取ったらしい男がひょいと小さな身体を抱き上げる。ぎゅ、と男に抱きついて、子どもはふうとため息を落とした。
「またそうやって驚かせて。いけませんね。レヴィ君は貴方と違って繊細なんですから、もっと紳士的に」
「ちょっと元気よく行きすぎたかぁ。あとさりげなく悪口言うのやめてくれないか。俺にも心があってだな」
「心臓は筋肉なのでしょう? 貴方のそれは相当強いとお見受けしますが」
「心筋は鍛えられるものじゃないんだよなぁ
 さっきまで何を見ていたんですかと月色の瞳に見下ろされるのに頬を掻く。初手、いや、次手を誤ったらしい。経験上、こちらが笑顔で手を差し出せば笑顔を返してくれる子が多かったのだけれども。
 何かびっくりするような事があったのかい、と、子どもの頭を優しく撫でる男のテノールがやわらかく空気を揺らす。子どもがこっくりとうなずいた。
「あのね、だいだんちょうのおじちゃんがね、くましゃんなの」
「くまさん」
……フッ」
 ごくごく真剣に男へ訴える子どもの言葉に思わず呟いてしまった。同時にフリンズが吹き出したのもバッチリ聞こえている。ちらと見上げれば、失礼、なんて言いながら彼は肩を振るわせていた。誠意が感じられない。
「西風騎士は狼と唄われることもあるんだが」
 よいせと立ち上がりううむと唸る。西風騎士団は吟遊詩人達の唄の題材になる事も多い。モンドを守る盾、吹き荒ぶ疾風、自由の国を駆ける狼。彼らが唄う騎士団は、そのどれもが西風騎士団への尊敬と親しみを感じさせてくれる。
「おおかみしゃんはパパだもん。おじちゃんはおっきくてがおーするから、くましゃんだよ」
「なんて曇りなき目なんだ。俺は熊だったかもしれん」
「よかったですね、本来の自分に気づけて」
 言外に含ませたせめて狼で、の希望は、ふるり振られた首と真っ直ぐな言葉、ついでに表情にあっさりと却下された。なるほど子どもにとって最も頼れる大人であろう父親が狼ならば同じ動物を背負うハードルはドラゴンスパインレベルに高い事だろう。本日初対面の自分が軽々しく受けていい名ではなかったな、と納得を一つ。
「ところで俺はがおーはしてないんだ、信じてほしい」
 悲しいかないまだに解けていない誤解を外堀から解くべく『パパ』へと訴えかければ、男は肩をすくめた。
「あー、状況説明からしてもらってもいいかい?」
 そちらの紳士とは初対面で合ってるよな?
 首を傾げる男へ、自らの身分とこれまでのやり取りを語る。職業柄声がデカくて驚かせてしまった可能性は大いにある、申し訳ない、と頭を下げるファルカに、リオセスリと名乗った男はいやいやと首を振った。
「うちの仔はちょっと人見知りのケがあるんだ。あんたみたいなタッパのある御仁と関わる機会もあまりないしな。そのうち慣れると思う。こちらこそ失礼なことをしてないといいが」
「それに関しては全く。きちんとごめんなさいの言える立派な息子さんだなと思ったくらいさ」
 悪ガキどもなんて「そこに立ってる方が悪い」なんて言い放つのだ。それに比べたらちょっぴり怖がられたくらい何ほどのものだろうか。いやまあそこそこ、割と、寂しいなぁ、なんて思ってはいるけれども。
 にっ、と笑んで否を返せば、リオセスリはそうかいとどこか誇らしげに笑った。
と言うところで、誤解が解けたと判断して――『くまさん』は改めて君の『お友達』に加えて欲しいんだが
 どうかな、と試みた再チャレンジに、子どもはううんと唸り。
「えっとね、ケントー、する」
 返ったのはまたがおーされたらびっくりするから、という神妙な表情で。
「とうさまのところで覚えたな?」
「ん! えとね、いっぱいかんがえること!」
「そうだな。大体合ってるよ」
 またひとつ「おりこうさん」になったなぁ。
 くつくつと楽しげに笑うリオセスリの笑顔を映したかに子どもは笑う。微笑ましい光景だ。
「振られてしまいましたねぇ」
「発言したら即潜伏、から検討してくれる、になったんだぞ。伸び代しかないだろうが」
 それはそれは楽しげに揶揄ってくるフリンズにこうなったらお前やガイアより仲良くなってやるからな、と宣戦布告してやれば、できるものならと鼻で笑われた。