これまでもずっと親しかった鶴丸に「恋仲になってほしい」と告白されて光忠が驚いたのはしばらく前のことだ。驚いたものの、ずっと親しい人だったので、答えはもちろん「はい」だった。
そうして光忠と鶴丸は晴れて恋仲となったわけだけれど、彼との関係は変わったかというと、光忠としてはあまり変わっていないのかな、と思っている。
もともとこの本丸において光忠と鶴丸は、顕現日が同じだったこともあって皆から当然のようにコンビ扱いされていたし、そもそもとても気心のしれた仲だったので、そういう関係に「恋仲」という新たな名前がついたというだけだ、というのが光忠の感覚である。名実ともに絶対で公認のコンビであることが確かになっただけなのだと。
ところで、恋仲となって以来、鶴丸はなんだか変だった。変、というか、なんと言えばいいのだろう……、少しぼんやりしているのかな?というか、抜けているというか……。
光忠が、彼のその「変な感じ」について考えを巡らせながら一人で畑仕事をしていたら、少し離れたところからちょうど鶴丸に声をかけられた。
「光坊〜!」
「鶴さん!」
こちらの名前を呼びながら大きく手を振った鶴丸は、光忠のそばに駆けてくる。
「鶴さんの当番終わり?どうしたの?」
「おぉ、そんな感じだな。ちょっときみに言いたいことがあって、……」
にこやかな表情で口を開いた鶴丸は、途中で言葉を切って、そのまままた口を閉じると、???と頭に疑問符を浮かべて見せた。
「おっと、すまん、何かを言おうと思っていたんだが、忘れた」
「えぇ……、今日も?気になるな……、鶴さん、こないだ言おうと思って忘れたって言ってたこともまだ思い出していないじゃない」
「はは、すまんすまん、爺になるとどうも忘れっぽくていかん。また思い出したら言うぜ」
悪いな、と両手を合わせてながら歯を見せて鶴丸は笑っている。光忠は呆れと心配のあいだの感情で苦笑した。
「うん、思い出したら本当に教えてね。僕すごく気になってるんだから」
いや〜すまん、邪魔したな、と言いながら彼は立ち去って行った。その背を見送りながら光忠は首を傾げることとなる。
そう、鶴丸の何が変かというと、ここ最近――彼と恋仲になったくらいからか――、ずっとこの調子だということだ。
つまり、光忠が一人でいるときにやってきて何かを言いかけるのだが、いつも話している途中で言いたいことを忘れてしまった、と決まって言うわけである。
それがあまりにもたびたび繰り返されているので、光忠はその内容がとても気になっていた。彼が言おうとしている内容が、ずっと同じなのか、あるいは毎回違う内容なのかは分からないけれど。
鶴丸が言おうとしている内容が気になるだけでなく、光忠は彼が純粋に疲れていないかも心配していた。これまで、こんなふうに抜けている人ではなかったからだ(ちなみにこの本丸の三日月宗近や髭切が言おうとしたことをど忘れしている、という光景はよく見られるものである)。
いろいろ考えた結果、光忠はやっぱり鶴丸が疲れているのではないかと思ったので、彼を労る会(主催・参加:燭台切光忠)を開催することにした。
ということでその晩、光忠は自室に備品の小さなこたつを借りてきてセッティングすると、あたたかなコーヒーや紅茶などの飲み物を鶴丸が選べるように複数を保温ボトルに用意して、ちょっとした茶菓子も添えて、彼を部屋に招いた。部屋にやってきて中を覗いた鶴丸が嬉しそうにしている。
「おぉ!こたつがあるじゃないか!いいな!それにしても今夜はどうしたんだい?」
「鶴さんを労る会を開催しようと思ってね。あっ、参加は僕だけで、賑やかじゃなくてごめんね」
こたつの角を挟むようにして隣り合って座りながら、光忠は飲み物は何がいいか尋ねた。彼はフレーバーティーが気になるようだったので、それをカップに注ぐ。
「『労る会』、か……、いや、別に、きみと俺は恋仲なんだからそんな仰々しい名前をつけなくても二人で過ごすのは自然なんじゃないのか?なんというかそのお家デーt、あっ、光坊がそういう気分というか目的じゃないってんならすまん」
鶴丸は途中から早口になって何やら言い訳をして、何かを誤魔化すようにこたつの中に潜り込んでいってしまった。
「鶴さん、頭までこたつに入ったら暑いよ」
光忠は笑って言いつつ、彼が何か言いかけてやめた言葉がなんだったのか少し気になった。お家デー?……はて、「労る会」というのは違っただろうか、と光忠が首をひねっているうちに、こたつの中から出てきた鶴丸は喉が乾燥した、と嘆いている。
「あはは、こたつに潜っちゃうからだよ……、お茶どうぞ、鶴さん」
「ん、ありがとう」
光忠は鶴丸にフレーバーティーを勧めて、自分はコーヒーをカップに注ぐと一口、口をつけた。隣の鶴丸もカップに口をつけている。気に入ったみたいだ。よかった。
しばらく二人でまったりしていると、なんだか妙に鶴丸から視線を感じる。
「鶴さん、どうかした?」
「いや、その――、俺を『労る会』、だとして、どうして『労る』なのか気になっていた」
「あぁ、えっとね」
光忠はカップを置いて微笑んだ。
「最近、鶴さんがよく、僕に何かを言いかけてくれるのに忘れちゃったって言うでしょう?そういう現象ってどういうときに起きるのかなって思って調べたら、疲れがたまってるときらしいって分かったんだ。だから、最近の鶴さんはちょっと疲れてるのかなって思って、だから『労る会』だよ」
「そう、か、ありがとうな」
鶴丸は納得したのか小さく頷いて、飲み物を少しずつ飲んでいる。まるで、早くなくなってしまわないようにしているみたいに。まだたくさんあるのになぁと光忠はぼんやりと思った。
労る会といっても何か特別なことを話すわけではない。光忠と鶴丸はいつものようにいろいろな話をした。最近気になっている万屋街のお店のことだったり、遠征先で見た面白いものだったり。
ふと会話が切れたところで、光坊、と彼に呼ばれた。
「?」
「きみは、その、――、……、……、?」
喋りはじめた鶴丸の勢いは、だんだんと失速していく。
「いや、えぇと、すまん、何を言おうとしたのか忘れた」
「えっ、この状況で?」
光忠は驚いて、そして、不意にある可能性についてひらめくように思い至った。天啓を受けたというか。
「違ったら申し訳ないんだけど、鶴さんってもしかしてさ、……もしかして、本当は何を言おうとしたのか忘れているわけでは、……ない?今も、だけど、これまでも。だって、鶴さんってそんなに抜けてる人じゃないよ」
「ぅ、……」
光忠の指摘に鶴丸は言葉に詰まって視線をさまよわせて、そのままこちらから視線を逸らした。
「あっ、やっぱりそうだよね?こんなに忘れるなんておかしいなって思ってたんだ。えっ、じゃあ、どうして忘れたふりを?そんなに言いづらいことを言おうとしてたの?たとえば――、僕が臭い、とか?」
「はは、いやいや、光坊はいつでも洗濯物の匂いがするぜ。清潔だ」
鶴丸は思わずといった様子で吹き出して、軽い調子で言った。臭くないならよかった。まぁ、それは、いいとして。
「じゃあ、別のこと?言いづらいことではあるんだよね」
「まぁ、言いづらい、というか、……なんというか」
「……?」
「照れがある、というか……」
「照れ」
光忠は文脈が分からずにとりあえずそのまま言葉を繰り返す。カップを両手で持って困った様子で落ち着かなさそうに言葉を選ぶ鶴丸は妙に愛らしかった。
あれ?この人ってめちゃくちゃかわいいのではないか?
光忠の中で急に庇護欲のようなものがはっきりと形になる。
いや、もともとお茶目で愉快な人であることは知っているのだけれど、なんか、とても、かわいい。
かわいいから、かわいがりたい、みたいな。上手く言えないけれど、今まではっきりと自覚していなかったような情動が自分の奥にあることに光忠は気がついた。なんだろう、これ。
「その――、光坊、は、恋仲というのはこれまでの関係の延長だと思っているかい」
「……?延長、というか――、地続きではあるんじゃないかな?僕と鶴さんの関係はこれまで重ねてきた関係の積み重ねだと思うし。もともと一緒にいることも多かったし、……そういう僕らの関係に恋仲って名前が新しくついたのかなぁって思ってるよ」
「そ、うだよな」
鶴丸はやっぱり何かに困って落ち着かなさそうにしている。
「……」
彼はしばらく黙って、最終的にこたつの天板に突っ伏してしまった。
「えっ、鶴さん、大丈夫?のぼせた?」
「光坊、笑わないで聞いてくれるかい」
「……?僕は鶴さんのこと、なんだって笑わないよ」
「そうだよな、きみはそういうやつだ」
「……?えっと、ありがとう」
鶴丸の賛辞に曖昧に礼を言う。彼はそのあと少し黙って、それからぼそぼそと何かを言ったのだけれど、身体を突っ伏しているので光忠にはよく聞こえなかった。
「ごめん、鶴さん、なんて?」
「き、きみは!」
勢いよく顔を上げた鶴丸は、その勢いのままに言葉を続けた。
「きみは、俺と恋人っぽいことをしたいとは思わないか?」
「恋人っぽい、こと?」
「〜〜!デートをしたり、キ、スをしたり、共寝したり、そういうこと――、俺はそういうことをしないかといつもきみに言おうと思って、――、〜〜!?!」
具体例を並べているあいだに羞恥心の限界が来たのか、鶴丸はまたこたつの天板に突っ伏してしまった。表情は分からないけれど、見えている耳が赤くなっている。
光忠は彼が例示した「恋人っぽいこと」について考えてぽかんとしていた。
恋人っぽいことをしたい、と鶴丸が考えるのはそれは何も不思議なことではない。恋仲というのはそういうこと――デートをしたり、手を繋いだり、?、キスをしたり、その先に進んだり――をするものだ。けれど、光忠はここに至るまでまったくそういったことが頭になかった。
というのは、彼とはずっと親しく、年上の人として敬愛する気持ちがあり、ある種の兄のような人だったからだ。だから、鶴丸からの告白で恋仲になったとはいえ、これまでのようなノーマルな親しさが続いているような気がしていた。関係性の名前が一つ増えただけだ、と。
けれど、今この瞬間、どうだろう。
照れている彼はとてもかわいくて、光忠はこれまでにないときめきを覚えていた。
えっ、この人は、もしかして、すごくかわいいのではないか?
そうか、と光忠は突然理解した。鶴丸という人は、敬愛する人ではあるけれど、これまでのそういう関係性を超えて自分の前でこういうようなかわいらしさを見せてくれる人なのだ。こんな様子を、きっとほかの誰もしらないだろう。そして、恋仲にならなかったら光忠も知らなかったかわいらしさだ。特別な様子なのだ。
そうか!こういう特別さが許されるというのが恋仲という関係なのではないか?自分とこの人はそういう「恋仲」なのだ!
光忠の中に急にその自覚が芽生えて、その瞬間、あらゆることがさらに愛しくなり、そして、あらゆる恋人っぽいことがしたくなった。たとえば、抱きしめたり、キスをしたり。
「鶴さんって、かわいい」
あらゆる感情が先走った結果、思考が止まってしまい、かわいいとしか口にできなかったけれど。
「おい、笑わないでくれ。俺は道化だよ。恋仲になったといっても光坊が俺との関係に恋人っぽいものを求めてないことは分かってるんだ。いや、もちろん俺を大切にしてくれてるのは知っているさ」
「ごめん、笑ってないよ。だって本当にかわいくて……。あのさ、ごめんね、鶴さん、なんか僕、『恋仲』っていう実感?みたいなものが今の今までぼんやりしてて……でも今、急に分かったよ。もともと鶴さんとは仲良かったけど、恋仲になった今の鶴さんはすごくかわいくて、これまでよりもっと特別だ。僕たち、恋仲になったんだね。あなたがさっき言ってくれたような恋人っぽいこと、僕はあなたとしたいな」
「……本当に分かって言ってるのかい、光坊?」
鶴丸はこちらを疑わしそうにじっと見た。まぁ疑われてしまうのは、さもありなん。
「うん、だって鶴さんが本当にかわいいし、そのかわいさにときめいてるからね。……なんか、にぶくてごめん」
「本当にな。本当にきみはにぶちんだよ、伊達男のくせに」
「あはは……、ごめんね……、恋愛ってしたことがないから感覚がよく分かってなくて」
光忠が苦笑するのを、彼は呆れ顔でやれやれと眺めている。
「まったく……、じゃあ、にぶさの詫びとして口づけの一つでもしてもらおうか」
「今、していいの?」
「いいに決まってる。俺はずっとそうされたかった」
「そうだよね、それについては本当にごめん」
光忠は眉を下げて言って身を乗り出すと、鶴丸の頬と後頭部に手を添えてそっと唇を重ねた。どうも恋愛の感覚にはにぶいけれど、いざ恋人っぽいことをするとなれば身体が自然に動く。
数秒唇をあわせて、そっと離れた。キスは素敵なときめきの感覚だった。
恋人っぽいことというのは、こんなに素敵な感覚なのだ。もっといろんな恋人っぽいことをしたい!という気持ちが光忠の中に膨らんだ。
身体を離して、もっと先に進みたい、と言おうとしたら、目の前の鶴丸は頬を染めていて、見えない湯気が頭から出ていそうな感じで固まっている。
「鶴さん?」
「きみな……、スマートに手を、添えるんじゃない……、余計惚れるだろうが……」
「……?でも、キスってそうする感じでしょう?」
「にぶちんのくせに……」
「ふふ、僕、なんか鶴さんとこういうことをずっとしたかった気がするんだ。自覚が芽生えてなかっただけなのかも。ねぇ、もう一回キスしてもいい?今夜このまま僕の部屋に泊まる?さっき共寝って言って――」
「うわ〜っ!?畳み掛けるな!一気に進めるな!俺が持たん!ちょっとずつにしてくれ」
「でも、鶴さんがそういうことしたいって」
「こういうのはゆっくり進めるものなんだ!にぶかったくせに急に手が早くなるな!」
派手に動揺した鶴丸に勢いよくたしなめられて、反省した光忠は苦笑いするしかない。
「ごめん、ペースがめちゃくちゃで」
「本当にな、まったく……。でもまぁ」
少し落ち着いた鶴丸は、やや小声で続けた。
「床を共にしたりするのはまだ早い、が、口づけは、また、されたい。……その、今してくれても、いい」
視線を逸らしたまま鶴丸は呟いて、ちら、と首を傾げるように光忠を見た。
かわいい、と光忠は微笑んで、先ほどよりもより丁寧に優しく唇を合わせた。さっきよりも長く、たっぷり十数秒。
「あのさ、鶴さん、今度二人で出かけよう。デートしよう」
唇を離した光忠がそう提案したら、彼はきょとんとしている。
「デート、……、まぁ、今も二人きりだからデートみたいなものとは思うが」
「それはうん、そうだね。でももっと、恋人っぽいところにも出かけようよ。鶴さんの言うとおり僕はにぶかったからさ、挽回させてほしいんだ。素敵にデートをエスコートするから」
「ほぅ?いいな、もちろん期待させてくれるんだろう?伊達男」
「うん、期待して。いつにする?どこに行きたい?」
「そうだな――」
この夜はそのまま初めてのお出かけデートの日取りや行きたい場所を決めることで更けていった。
ちなみに……、ここから光忠が極上の彼氏に成長し、初めがにぶかったからこそその成長具合があまりに凄まじいと鶴丸が語るのはしばらくあとになってからのことである。
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