ponyanpu
2026-01-24 17:21:20
9893文字
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聖剣伝説3 ホークリ小説

過去テキストアンソロに寄稿したものですがせっかくなので残しておこうと思ってここにアップいたします。

「舗装された道ってこんなに歩きやすかったのね……
 道なき道を歩き草をかき分け砂に足を取られ、ぬかるみを歩く日々が続いていたせいか、人が歩く為に舗装された平らな道は久しぶりだった。歩くのが楽しくて堪らないというように、アンジェラが踵を鳴らしながら歩いていく。
 前回街に寄ったのはもう随分と前だ。
 マナストーンが解放され神獣が復活してしまった今、一刻の猶予もない。神獣が八体に分かれている今ならまだ勝機があるかもしれないとフェアリーに言われてから、一行は脇目もふらずただひたすら神獣を倒す為の旅を続けていた。
 出発前に限界まで買い込んだ飴やチョコ、蜂蜜ドリンクはもう残りわずか。攻撃魔法を一手に引き受けているアンジェラの負担を減らす為に購入していた魔法のコインや魔物の爪、敵を撹乱するための投擲具にパンプキンボムなどの魔法アイテムも尽きている。携帯食や水はとうの昔に食べ切ってしまい、ここ数日は野宿の度に魔物を狩り水場を探して飢えを凌いでいた。
 魔物の肉とはいえ、血抜きや下茹での下処理さえきちんとすれば家畜の肉と遜色なく食べられる。下処理した肉は干した少しの香草と、ホークアイが調合した香辛料をまぶして焼けばちょっとしたご馳走になったし、旅の道すがらシャルロットが摘んだ野草と一緒に煮れば滋味深いスープになる。携帯食ばかりでは胃も冷えて疲弊していくばかりだが、温かいものを一緒にとれば幾らか気分も明るくなれた。
 だがそれが連日連夜、いつまで続くのか見通しがたたないとなると話は別だ。
 限られた荷物では持てる調味料は限られているし、味付けにそう工夫ができるわけではない。肉は確かに美味いが同じような肉料理、汁物だけでは流石に飽きが来る。
 全員が訓練された傭兵というわけではない。特にアンジェラやシャルロットはとうに限界だろう、休憩を望む声が日に日に多くなる上、硬い石の上にただ座るだけでは疲れも取れない。あのケヴィンでさえそろそろ違うもの食べたい……と呟いていたほどだ。
 これはもう全員限界だ、そう思ったホークアイとリースで聖剣の勇者を説得したのだった。ホークアイの口の上手さが、リースのアシストが、そして二人の必死な訴えが功を奏し、頑なな勇者様からようやく「わかったよ、一回街に戻る」という言葉を引き出せた時はデュラン以外の全員がホークアイに感謝した。
 そうしてアイテムの補給の為、英気を養う為、疲労を癒やす為に寄ったのは、デュランの故郷のフォルセナだった。
 最初は渋っていたデュランだったが、旅の疲れは美味しい食事とふかふかのベッドでしか癒やせないのよ! それならフォルセナ以外あり得ないわ! とアンジェラが強く言う。人の多くは故郷を褒められて悪い気はしないものだし、生まれ育った街を殊更愛している男が、そう言われたら頷いてしまうのは当然といえば当然だった。
 平時であればアンジェラやホークアイから揶揄いの一つも出るが、今回に限っては二人のどちらもその話題には触れなかった。フォルセナ逗留で過敏になっているデュランの機嫌を損ねないよう、用事を分担して済ませ、少しでも早く休息を取りたいと思ったからだ。
「アンジェラとシャルロットは宿の確保だ」
 それぞれに役割をふるのはデュランの役目だった。
「分かったわ」
「すっごくいいおやどをとってきまち!」
 張り切るシャルロットに、普通ので良い、とデュランが呆れた顔をしながら言う。
「リースは携帯食や野営に使える食いもんの確保を頼む」
「はい、お任せください」
 リースは胸に手を当て肯いた。
「俺は武器屋で剣を研いでもらう。ついでに研ぎたいなら一緒に持っていくから渡してくれ」
「オイラ、持つの手伝う」
 荷物持ちなら任せろとばかりにケヴィンが言う。
「オレは自分で研ぐから大丈夫だ。アイテムの補充は任せてくれ」
 そう言ったホークアイに、ああ、とデュランは頷く。
「いつも悪いな」
 その言葉にホークアイはニッと笑って返し、リースに顔を向ける。
「なぁリース、提案なんだが、道具屋の近くに肉屋があった筈だから干し肉なんかはそこで買えると思う。荷物も多くなるだろうしアイテム補充と食料調達は一緒にやろう」
「え? でも、一人でも大丈夫だと思いますが……
 リースは急な提案に驚いた様子だったが、デュランがそうだな、と顎に手をやりながら同意した。
「確かに荷物持ちがいた方がいいか。その辺は任せる。……あと」
 言いにくそうに口籠もり、なんでもねぇと続けた。
 おそらくだが、俺の実家に寄るのはよせ、妹に俺が帰ってきたなんてことも言うな……という釘を刺したかったのだろうなとホークアイは思った。


 各々の役割を果たすため、路銀の受け渡しを行う。「それじゃあ後で」そう言って四人と別れ、リースと共に買い出しに向かう。
 二人で並んで歩く事にはもう何の蟠りもない。ギクシャクしていた時期はとうに超え、俯いた顔に話しかけるのを躊躇していたあの頃は既に記憶の彼方だ。笑顔を向けてくれるようになったリースに冗談を言っては笑ってもらえるくらいに距離は縮まっている。
 買い物を済ませてさっさと宿屋のベッドに横になりたいと思っていたが、こうして二人で歩いているとこの時間をもっと味わいたくなる。何より、想い人と並んで歩けることが嬉しくて顔が自然と笑みになっている気がする。
 話しながらゆったりと歩いたつもりだが道具屋にはあっという間に着いてしまう。
 楽しい時間はすぐ終わっちまうなと残念に思いながら、店員に必要な商品名と個数を告げていけば、本当にこの数で間違いないのかと三度も聞き直された。
「これっていつものことですか……?」
 隣にいるリースから遠慮がちに聞かれたので、笑顔を返して頷いた。
 こまめに補充ができれば良いのだが、街に頻繁に来られない以上立ち寄れたときに大量に購入せざるをえない。その為どうしても一度の購入数が多くなってしまうし、馴染みの店があるわけでもないから、数に間違いがないか何度も聞かれてしまう。
 アイテム補給する街や店を決め、定期的に購入すれば店主に顔を覚えて貰えるかもしれないが、補充はその都度近い街で行っているからそれも難しいだろう。
 特にデュランがあの調子では。
 店員から荷物を受け取って、軽い方をリースに渡した。買い物に慣れている自分が重いものを持つのは当然だが、リースはどことなく腑に落ちない様子だ。もしかすると力仕事は自分の担当だと思っているのかもしれない。
 体力があるとはいえ、顔を見れば疲労の色が濃い。それなのにこうして気を配ってくれる。そういう優しい所も好ましいと思うけど、もう少し頼って欲しい。
「あの、私も持てますよ?」
 困惑した顔をしながらそう言うリースに、ずっと思っていた事を言う。
「きみは人に甘えたり頼ったりするのが下手だよな」
 そう告げれば黎明色の眼を見開き、ぱちぱちと瞬きをした。
「そう、かもしれません……。弟がいましたし、どちらかといえば甘えられる側にいたので……
「さっきの相談でも、携帯食とはいえ六人分の量を一人で持つのは大変だと思うよ。また何日野宿するかわからないしすごい量になるだろう? いつでも荷物持ちになるから頼ってくれればいい。リースにお願いされたら嬉しいし」
 あまり気に病ませないようにわざと軽口のように言えば、困ったような顔で、もう……と言いながら微笑う。
「はい……その、気をつけます。……でも、そういうホークアイだって人に甘えるのが苦手ですよね?」
 リースにそう切り返されるとは思っていなくて言葉に詰まる。
「うん? ……そう……かな」
「そうですよ」
 言い返せたという事が嬉しいのか、リースは僅かにしたり顔だ。王族という割りにポーカーフェイスが苦手なのか、彼女の表情は意外にくるくると変わる。いろんな顔を見てきたと思っていたのだがこの表情は見たことがない。
 思わずじいっと見つめてしまいそうになるが、あまり黙ってると不審に思われるだろう。誤魔化すようにして提案をする。
……じゃあさ、お互い甘えるのが下手同士、二人で甘える練習してみない?」
 そんなことをする理由がない、いやいやこれには立派な理由があるんだともっともらしい事をひとつ、ふたつと挙げていけばリースは神妙な顔をして確かに……と呟き、頷いてくれた。
 二人だけの秘密がまた増えたと喜びを噛みしめつつ彼女の顔を見れば、眉間に凄い皺を作っていた。悩んでいる顔も可愛いのだがそんなに難しいことを提案しただろうか。
「甘えるとか頼るって……どうすればいいのでしょうか?」
「そうだな……例えば……。なぁリース、あそこの屋台見て」
「え? ……ええと、串焼きが売っているお店ですか?」
 肉屋の近くの露店を指す。肉屋から卸したいい肉を仕入れているのだろう。ぶつ切りにして串を刺し、炭火でじゅうじゅうと焼く。焼きながらタレをつけ、さらに火で炙る。滴り落ちた脂が炭火に落ちてパチパチと弾ける音。そして肉の焼ける匂いとタレの焦げた香りに誘われて、腹がくるくると切ない音を出す。
「串焼きは他の街でもよく見かけたけど、フォルセナの串焼きにかかっているあの独特なソースはこの街でしか見かけなかったよな。香ばしくてすげぇいい香り……あぁ腹が減る……
……本当ですね……いい香り……あ、でも、もう夕飯の時間も近いですし買い食いは……
 用事が済んだらまっすぐ宿屋に帰り荷物整理をしなくてはならない。道具袋もほつれているところは直しておきたいし、やることは沢山残ってるから早く帰る必要がある。
「リースお願い。頼むよ」
……もう、仕方ないですね……一本だけですよ」
 リースは歳上にしろ歳下にしろ、こうして甘えられることに弱かった。一言目は断っても二言目には許していることが多い。先程もあっさりと言いくるめられてしまうし、ちょろいというかなんというか、リースのこういった所が愛おしくてたまらないし心配でもあった。
「ありがとう! ……おっと、オレの財布がない。デュランから預かった路銀は六人で使うものだから手をつける訳にはいかないし……困ったな……。ごめんリース、後で払うから払ってもらっていいかい?」
「お金がないなら諦めればいいのでは? 宿でも美味しい食事がでますよ?」
 目先の串焼きに惑わされて腹を満たすのもいいが、宿の食事が食べられないとなったら本末転倒だろう。
「まぁまぁ、そう言わないで」
……はぁ……今回だけですよ?」
「ありがとうリース。じゃあ、リースから一口どうぞ」
「私はいいです」
「そう言わずに。美味しいよ?」
……じゃあ、一口だけ」
 口を付けていないのであれば食いつきやすいだろうと串焼きを差し出す。ここでも一度は断るが二度目は拒まない。
 それに、この串焼きが如何にうまいかは既に知っていた。以前街に寄った時に珍しい香りがするから土産にいいなと仲間達に差し入れするつもりで沢山買ったのだが、試しに一本と味見した所あまりの旨さに手が止まらず二人で食べきってしまったことがあった。
 一本も残さず食べた後、頬を染めて『誰にも言わないでくださいね』と念を押されたものだ。我慢できずに食べ切ってしまった事が恥ずかしいのだろうけど、言われなくてもそのつもりだった。リースとの思い出は自分だけのものだから誰かに話すつもりなんて毛頭ない。リースからもアンジェラ達には言えないだろう。
 いくつかある、ホークアイとリースふたりだけの秘密の一つだ。
 小さな口でフゥフゥと息を吹きかけはふりと口に入れる際に口の端にソースが付く。ちろりと舌が覗き舐めとるのを見て、喰べたいという欲がじわじわと広がる。顔を覗かせた別の欲を、串焼きがうまそうで腹が減ってるせいだ、と無理やりに抑え込む。
 美味しそうな顔をしてはふはふと咀嚼するリースを見ながら、嚥下したのを見計らって声をかけた。
……こんな感じかな?」
「? 何がでしょうか?」
「夕飯前に買い食いさせてって言ったり、二人で美味しいもの食べたいって言ったりするのも、人に甘えてるって事じゃないかな」
「今のが……?」
「これも一種の甘えだと思うぜ。とはいえ、こう言う事にはっきりした決まりなんてないからね」
 眼をぱちくりとさせるリースにウインクを送り、手に持った串焼きに口をつけた。相変わらずうまい。そう思ってかぶりついていたら視線を感じた。目を向ければこちらを見ていたリースと目が合う。ええと、とリースが慌てた。
「でも、いざやろうとすると難しいですね……。せっかくホークアイが実演してくれたのに……
 そんなことを大真面目な顔で言うリースに吹き出しそうになるのをごまかすため咳払いをした。串焼きを食べきる間もうぅんと悩んでいた為、それならばと一つ提案をしてみる。
「じゃあリースもオレと同じ事してみてよ。武器を見に行くのもいいし、その辺の露店を見て回るのもいい。そうだ、あっちにカップケーキの店があったよな。買っていかない?」
 甘いものに目がないシャルロットやアンジェラに負けず劣らず、リースも甘いものが好きな方だった。水菓子や蜂蜜もかなり好きな方だろう。甘い物を差し入れすると喜ぶ顔が見られる。
 リースのその笑顔が見たくてついつい買い出し担当を進んで引き受けている部分があった。『買い出しのついでだから』という理由があるから差し入れがしやすい。今となってはアイテム補充はホークアイの仕事であると五人が無意識に思っているほどだ。
「ええと、でも……
……ああ、さっきはごめん。財布ならあるんだ。『甘える事』の実践をする為に隠しててね。お詫びも兼ねてご馳走するよ。焼き菓子なら日持ちもするしさ」
「そう、かもしれませんが……
「考えすぎないで。騙されたと思ってアレ買ってコレ買ってって、オレが困るくらい我が儘言ってみてよ。練習なんだし気軽にね」
 その言い方がおかしかったのか、リースの唇からふふ、と踊るような声が漏れた。
……では……、カップケーキが欲しい……です」
「オーケー、じゃあ買いに行こう」
「あの、ホークアイ」
「ん? 何?」
……ありがとう」
「お礼は買ってから。ほら行こう」
 手を差し出せば遠慮がちにその手が握られる。心まで許してくれたような気がして目を細める。リースの顔を横目で見るが、すこし俯いているせいで表情までは読み取れない。しかし耳を真っ赤に染めているところを見るに、嫌がってはいないだろう。
 少しでも長くこの温もりを感じていたいから、自然と足取りはゆっくりになった。
「なんのカップケーキにする?」
「ナッツとチョコを使っているカップケーキが欲しいです……いいでしょうか……?」
「勿論。……でも言い方がダメ。どう言うんだっけ?」
「あ、ええと、か、買って欲しい…………
「正解。……じゃあオレも買おうかな。うーん、ストロベリーのやつにしよう」
 そうしてナッツとチョコ、ストロベリーのカップケーキを店主に注文すると、リースからえっという声が漏れ出た。
「あ、ええとごめんなさい。甘いものはあまり好まないのだと思ってて……
「覚えててくれたの? でもたまに食べるよ。今日はすっごい食べたい気分になった」
「ホークアイは苺がお好きなんですか?」
 果物が好きなのかも、という共通点を見つけて嬉しいのか弾む声で尋ねてくる。
……さっきのリースが真っ赤で可愛くて、美味しそうな苺みたいだったからかな」
「っ! もう! からかわないでください!」
「ははっ」
 本心からの言葉だが、そうは言わずに真っ赤になってしまったリースを見つめる。手を繋いだままでは会計ができないので、名残惜しいが手をほどいた。
「はいリース、好きな時に食べて」
 カップケーキを渡そうと振り返れば、リースの手がこちらに向けて伸ばされていた。
 受け取ろうと伸ばしていたのか、それとも手を離すのが名残惜しいと思ってくれたのだろうか。理由は分からないが、その手でカップケーキを受け取ってくれる。
「あっ、ありがとう……嬉しいです」
 顔に近付けてすぅ、と嗅ぐ動作をする。甘くて美味しそうな匂いがします、とにっこり笑うリースを見て、心臓がどくんと高鳴る。こんなに煩いと近くにいたら聞こえてしまいそうだ。咳払いを一つしてリースに声をかける。
「さて、と、じゃ、そろそろ宿屋に戻ろうか」
……ホークアイ」
「なんだい?」
「もうちょっとだけ我が儘、言ってもいいですか?」
「勿論。何か見ていく?」
 片腕に大荷物を抱えたこの状態では買い物は難しいだろうが見て回るくらいなら出来そうだった。一度宿に行き、荷物を置いて出かけるのもありかもしれない。
「その、夕飯前ですが、カップケーキちょっとだけ食べたくて……あなたと一緒に」
 ほんの少しだけ首を傾げながら遠慮がちに言われた。リースとしては精一杯の我が儘なのだろう。
……困ったな」
 あまりの可愛さに、にやけそうになる口もとを手で隠しながら聞こえない程度の音で呟いたつもりだったが、風がリースの耳に音を運んだようで聞かれてしまったらしい。
「あ、ええと、あの、やっぱり何でもないです……
「ごめん違うんだ。リースの我が儘が、全然我が儘じゃないから困ったなぁって思ったんだよ」
「本当ですか……?」
 黎明色の眼が不安そうに揺れる。
「言ったろ? 嘘はつかないんだ」
 そう言えばキョトンとした後、ふにゃりと笑顔になった。
「ふふ、泥棒さんは嘘をつかないんでしたね。……でも先ほどお財布を無くしたって嘘をついてませんでした?」
「今は泥棒は休業中だからね。笑えるくらいの嘘ならついてもいいかなって」
「もうっ笑えませんでした」
 眉根に皺を寄せてしまったリースがそっぽを向くが、本気で怒っているわけではない。そう分かっているが大仰に謝ってみせる。
「ごめんなさい、もう嘘は言いません」
……ふふ、じゃあ、許します」
 鈴を転がしたような心地の良い音で笑うリースの声を聞き頬が緩む。だらしない顔をしている自覚はあったが、そういう表情を見せると存外リースが嬉しそうに微笑んで見つめ返してくれる。なのでこんな締まりのない顔を見せるのもまぁいいかという気持ちだった。
「あっちのベンチに行こうか。荷物置いてゆっくり食べよう。他に何かしたい事はある?」
「その、手、を……
「うん?」
「手を繋いで欲しいと言うのは……我が儘に、なりますか……?」
 うっかりしていたら聞き逃してしまいそうな小さな声ではあったが、耳にしっかりと届いた。しかしその内容に思わず心臓が跳ね、上擦った声が出てしまう。
「えっ」
「あ、いえ、ごめんなさい、迷惑ですよね、すみません気にしないで……!」
 そう言いながら一歩引くリースに、そうはさせないと二歩詰めて手首を強引に掴んだ。
……手を繋ぐのは甘える方かな」
 強引に掴んだ手首を離し、カップケーキを抜き取って自分の紙袋に入れる。そうして空いた手でかすかに震える手のひらをなぞれば、ピクリと肩が揺れる。ゆっくりと指を絡ませ、そっと握った。
「あっ……
「このまま行こうか」
……はい」
(ああ、真っ赤になって。なんて可愛いんだろう)


 そうしてカップケーキを二人でつまみ、そろそろ宿屋へ向かおうかとまた手を繋いだところで、リースから問いかけられた。
「そういえば、何処の宿屋に決まったのでしょう……宿屋を探し回らないといけないでしょうか」
「そんなことしなくても大丈夫。見当はついてる。……多分ね」
 そう言えば繋いだ手からリースの緊張が解ける。
 そうして少しの距離を歩き目的の宿屋のほど近く、木製の長椅子にアンジェラとシャルロットが座っているのが見えた。
 二人の疲れは相当なものだろう。部屋が取れたなら休んでいてよかったのにとホークアイは一瞬思ったが、どこの宿を取ったかわからないのだしこうして二人が宿屋の前にいてくれなければ逐一受付に名簿の確認をさせる必要がある。こうして待っていてくれるのは有り難かった。
「アンジェラ、シャルロット、宿の確保ありがとな」
「あらいいのよ。……それよりもやるじゃないのホークアイ」
「おふたりしゃん、まちなかでどうどうでちねぇ……
 そう指摘されて手を繋いでいたことを思い出したのか、パッと手を離してしまうリースだった。離れていった手を恋しく思うがここでしつこくして煩わしく思われたくはない。
……さて、三人とも疲れてるだろ? オレがここに立ってデュランとケヴィンの目印になっておくから、お嬢さんがたは部屋で休んでてくれよ」
「そんな、悪いです。部屋に荷物を置いたら私もここで待ちます」
「それならお言葉に甘えようかしら。全員揃ったらご飯に行くだろうし、先にお風呂に入りたいわ」
「シャルロットはつかれまちた……。ちょっとおねんねしたいでち……
 三者三様の言葉と行動だなと思っていたら後ろからおおいと声がした。
「何か揉めてんのか? 宿はとれたのかよ?」
「デュラン! 早いのね。もう終わったの?」
「武器、磨き終わるの明日って言われた。だから皆の匂い辿ってここ来た! あとオイラ腹へった!」
 道すがら色々つまみ食いしていたホークアイとリースは少しだけぎくりとして話題を戻した。
「宿は取れましたよ」
「一人は目印に立っとくべきだって話をしててな。オレがここで立っておくって話してたところで君達が合流したんだ」
 なるほど、と頷いたデュランが、そのまま地面を見つめた。
 何かを言うか言うまいか迷っている雰囲気を感じる。街についてからもそうだった。
「デュラン、何か言いたいことでもあるのか?」
 ホークアイがそう声をかけたら、いや……と口籠もるが、一拍後に全員の顔を見渡しながらごめん、と謝った。
「神獣は分かってるだけでもあと四体残ってる。だから旅を急ぐのは変わらねぇ。でも、これからはしっかり休息も取っていこうと思ってる。その、みんな、無理させて悪かった……
 そう頭を下げた。
 元から頑固で融通が利かなくて、こちらの意見には耳も貸さない所はあったが、精霊の協力を得る旅の中で幾分か柔和になり仲間の意見を聞く様になっていた。
 しかし神獣が復活してからと言うもの、またもや焦りで先を急いでばかり、意見を聞かずに突っ走るようになっていた。
 そんなデュランから謝罪の言葉が出たことに驚いて、どう声をかけるべきか言葉に詰まってしまう。そんな静寂の中、眠そうに目を擦るシャルロットから声が発せられた。
「まったくしょうがないしもべでちねぇデュランしゃんは。こーりつのわるさにようやくきづいたんでちかぁ? でもシャルロットはとってもこころがひろいでちから、ゆるしてあげまちよ」
 そうしてシャルロットに触発された面々が次々に笑顔になり声をかけあう。
……そうよ、大変だったんだからね! でもいいわ。私も許してあげる。だって神獣が分かれている今がチャンスなんだもの。急ぐのは変わらないわ」
「オイラ、デュランは間違ってないと思う! でもこうしてたまに、街で美味いもの食えるの、嬉しい!」
「私もそう思います。先を急ぐ旅だというのは理解していますから。……でも時々こうして街で一息つけるとありがたいです」
「一仕事終わったら一休みできると有り難いな。これからは神獣一体ごとにこうして休む時間が取れたら良いんだが」
 次々に許しと共感と意見がでる中、デュランは全員を見渡してこくりと頷く。
「ああ。全員が、万全の状態でいるべきだよな」
 堅苦しくなってしまった空気を和らげようとホークアイが揶揄いの声をかける。
「デュランちゃんがようやく意見を聞いてくれて助かるぜ」
……ちゃん付けはやめろっつの」
「くすくす、八百屋のおばさんだっけ? そう言われてたわよね、デュランちゃん」
「だからっ……
 世界を救うという重責をそれぞれが背負っている。しかし今このひとときだけは、笑いあう六人は誰の目から見ても年相応の少年少女の様だった。