mitubafuwari
2022-09-13 22:16:40
2432文字
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一緒にお風呂(そーかず)

※結婚してます。

 帰宅したのは、日付が変わってからだった。

 へとへとになって帰宅すると、いつもの家のにおいにひどく安心する。カバンから弁当箱を取り出し、流しへ置いておいた。あとで洗ってしまおう。もう手を動かすのもおっくうだけど、これくらいはやっておかないと。嫁さんだって仕事があるのに、毎日この家を綺麗に保ってくれているのだから。
 現にシンクは、今俺が置いた弁当箱以外の洗い物は見当たらないし、テーブルを振り返れば、夜食がラップをして置いてある。

 ふたつのおむすびと……ああ、冷蔵庫に豚汁も入れてくれているのか。ありがたくいただこう。
 支度をしていると、ぺたぺたと足音が聞こえてきた。寝室の方からだ。

……おかえりなさい~……

 眠っていたのだろう。嫁さん……和紗が、ふらふらとした足取りでやってきた。

「ただいま。寝てていいよ」

 俺がいつ帰れるかわからないから、夜は先に寝るように言ってあるのだ。
 しかし和紗は、ふるりと首を振ってソファに移動する。食卓に背を向けるようにして置いてあるそれは、ふたりが腰掛けられる大きさ。
 ぽふっと腰掛けた和紗が、へにゃんと笑いかけてくる。なんだかご機嫌そうなので、俺はこれ以上“寝なさい”と言うのをやめた。代わりに小さく笑い返し、夜食をいただいた。

 食事をすませた俺の横をするりと通り、自然な動作で台所に立つ和紗。
 洗い物はやるからいいよと言おうとすると、こっちを振り向いてにこりと微笑む。

「お風呂いってらっしゃい。冷めちゃいますよ」

 優しい笑顔なのにどこか有無を言わせない、この感じ。ううむ、どんどん敵わなくなっていく……
 そんな嫁さんにひと泡吹かせたくなったのか。
 それとも、男の欲望が働いたからか。
 ただ単に、日々の激務でおかしくなっていたからか。

「おう。一緒に入ってくれたら、もっとあったまりそうだけどな」

 ……などと言ってしまった俺。
 和紗は「へっ」と驚いたように目を丸くする。そこでようやく、我に返った。なにをセクハラしてんだ、俺。内心あわてながら、浴室へ引っ込んだ。

 *

「は~……

 お風呂、最高。
 ……俺、最低。

 温かい湯船につかり、はーっとため息をつく。……このお湯、俺のために溜めてくれたのかな。ってことは、和紗は湯船につかっていないのか。この浴室には追い炊き機能なんてないし、あの子がわざわざ自分のために湯船を張り、いったん抜いてまた俺のために張りなおすなんてしないだろう。

 和紗はこんなにできた嫁なのに……
 ……なんだよ、一緒に入ってくれたらもっとあったまりそうって。エロ親父か。セクハラ大王か。弁護士が聞いて呆れ……

「草一郎さん」
「ひえっ!?」

 急に和紗の声がしたので、文字通り飛び上がりそうになった。湯船が、ばしゃんっと大きな音を立てる。
 振り返れば、浴室の扉の向こうに、細身のシルエット。……って、あれ。

「な、何してるんだい和紗さん」
「え、……服を脱いでます」
「は、……は!? なん……

 あわてて視線をそらした。影だけでも、いま何を脱いでるのかがわかってしまったからだ。目の前で脱がれるより何倍も生々しいわ!!って、こら、扉を開けるな、待て~!!

…………

 脱衣所のひやっとした空気と共に、嫁さん、浴室に顔を見せたようです。まだ入ってきていない様子なのは、照れているからでしょうか。まあそれを振り返って確認できない俺もまた、照れているんですけどね。

……お邪魔しても、いいですか?」
…………
……一緒に入るって、湯船の中に、ってことですよね」
…………ハイ」

 でもさ、聞いてくれよ。
 可愛い嫁さんが一緒に風呂に入ってくれるっていうのに、その好意を無碍にできる旦那がこの世にいると思うか?
 ……いたら教えてくれ。俺には無理でした。

 そろり、そろりと、和紗が湯船に入ってくる。
 このアパートの浴槽はそんなに大きくないから、向かい合わせは無理だ。背を向けた和紗が、俺の足の間に腰を下ろす。

……っ」

 白くて華奢な体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。

……俺のために、勇気出してくれたんだろ。ありがとな」

 そう言うと、耳まで真っ赤になった。
 高校生の頃は短かった髪は、現在は胸元まで伸びている。
 今はお風呂に入っているからだろうか、後ろでお団子にしてあった。まっしろなうなじと細い肩は、それでもあの頃よりも“大人の女性”になっている。出会った頃は、あんなにちいちゃかったのにな。

 ずっと、長い年月をかけて、この子は俺を支えてくれている。
 そんな子が俺のためにしてくれることなら、なんだって受け入れたいと思う。

 ……いや、純粋に嬉しいだけだった。

……上がったら、肩もんでやるからな」
「えっ? 嬉しいですけど、草一郎さん疲れてるんだから……。お休みの日にしてくれたらいいですよ」
「違うよ。……肩以外のところも触りたいですよって意味で言った」
……っ!」
……こんなことして、何も起きないと思うなよ」

 賢いこの子のこと。
 襲われるのを承知の上で、こんな行動に出たんだろうとは思う。

 お互い学生の頃は、一緒に風呂に入るなんて絶対あり得なかった。
 俺が“弁護士”という、モラルを問われる職業を目指していたから。
 それに何より、和紗を大切にしたかったのだ。責任をとれないうちは、軽率な行動をしたくなかった。
 だから俺もあんな軽口を叩かなかったし、和紗だって、あの頃に同じセリフを言われたら、決して実行には移さなかっただろう。

 今は、それが許されている。
 なんて、幸せなことだろう……

 和紗がこっちを振り向き、はにかむように笑う。甘えるように俺の体にもたれかかってきたので、そっと、おでこに唇を落とした。