ここまでのあらすじ! マスターと共に特異点にレイシフトしたアルジュナは、知らず怪しげなマジックアイテムを使ってしまう。それは粛正防御を貫通するのと引き換えに、大事な人の衣服が弾け飛ぶというものだった――。
「マスター! ご無事ですか!? これは肉体的意味のみならず精神的にもという意味で……おや?」
「アルジュナ! 格好よかったよ! どうやってあの固い防御を!?」
「それは、ええ、あとで説明しますが……その、服は大丈夫ですか?」
「服? 別に? どこか破けてたりする?」
「そうですか。なら、ええ、問題ありません」
(あの説明はブラフ……? いえ、これからマスターの衣服が弾け飛ぶのかもしれません! 責任を持ってマスターを守らなければ!)
同時刻、ノウム・カルデア。
ドゥリーヨダナはあんぐりと口を開けた。元々は喧嘩相手に罵声を浴びせている最中だった。本来であれば口から飛び出す予定であったはずの「この森育ちの野蛮児! 森のルールを都会育ちのわし様に押し付けるな!」という罵声は喉の奥へと引っ込んだまま、出てこない。
それと言うのも、喧嘩相手のビーマの服が突然弾け飛んだからである。
え? 何? 敵襲? 何かのドッキリ?
しかし殺意のようなものは感じないし、何より当のビーマは気づいていないのか、「てめえのトンチキさにはほとほと呆れるぜ。――おい、どうした?」と小首を傾げている。
どうしたはお前の方だ。というか。
努めて目を向けないようにしていたが、どうしたって気になってしまうものにドゥリーヨダナは目をやってしまった。主にビーマの股間辺りに。
いや、でっっっっっか。
幼少期、まだ一緒に水浴びするような仲だった時に見た、可愛いビーマの股間が脳裏を過る。あの頃は疚しい気持ちが特になかったので何とも思わなかった。だが今は違う。
こんなでもドゥリーヨダナはビーマとお付き合いをしていた。といってもプラトニックな仲である。周囲に内緒で逢瀬を重ねるような、恋愛ごっこに近いようなお付き合い。日々のちょっとしたスパイス。
今だって、人目を忍んであまり人がやってこない一角でわざわざ会っていたところだった。といってもドゥリーヨダナとビーマであるから、すぐに口論になってしまい、恋人らしい甘い時間はあまり過ごせていない。
どうもビーマはそろそろ先に進む時ではないかと思っているらしい。親しい相手には話してもいいのではないかと。いつまでもこそこそと、隠さなければいけないような仲なのかと不満に感じているようだった。
ドゥリーヨダナだって、堂々とできるならそうしたい。だが後ろめたさのようなものがどうしたってあるし、何より現状にさして不満はないのだ。強欲なドゥリーヨダナにしては珍しいことに。
「一年だぞ」
ビーマは言った。もう付き合って一年にもなる。それなのにできることと言えば人目を忍んだ逢瀬ばかり、体の触れあいだってキスが精々だ。もっと先に進んでもいいはずだろうと。
知るか。他に娯楽のない森では付き合ってすぐ家族に紹介してセックスまで行くものなのかもしれんが、都会は違うのだ。言ってみたところでビーマは納得しない。そもそもビーマは森育ちではあるが都会育ちでもある。ドゥリーヨダナの適当なでっちあげに誤魔化されはしない。
そりゃあドゥリーヨダナだって、先に進めるなら進みたい。ビーマは自分の物だと、ビーマの恋人は自分なのだと周りに自慢したいし、ヤれるならヤりたい。どうせビーマのことだから自分が抱かれることは想定してないだろうと、後ろの自己開発までしてしまったし。
いやでもこれ入らんだろ。臨戦状態でもないのにこれって。ドゥリーヨダナは無意識に尻に手をやった。
初夜、というより体の相性というのは大事だ。それを理由に関係消滅の可能性だってあるのである。
つまり、ドゥリーヨダナは絶対に初夜を失敗できなかった。初夜を成功して初めて、ビーマは自分の物になったと言える。それでようやく周りに話せるようになる。
そう思って健気に涙ぐましい努力を重ね後ろを開発していたが、これさすがに無理かも。ドゥリーヨダナの自信はみるみる萎んだ。自分よりも一回りはでかいビーマのブツに、男としてのプライドもズタズタである。
いや、尻は無理でも口ならどうだ? 顎が外れるかもしれんが……。そもそも、必ずしも挿入に至る必要はないし? 何か他にも手が……。
ドゥリーヨダナはしげしげと全裸のビーマ、主にその股間を眺めた。ふと気づく。
そもそもなんでこいつ突然全裸になったんだ?
ビーマの顔を見る。自分が全裸だと気づいていないようだった。「急に黙ったと思ったらじろじろと、どうしたんだよ」と顔をしかめている。
お前、服はどうしたんだ。ドゥリーヨダナが尋ねようとした途端。
「おお、まさかこんなところで同士に会えるとはなあ!」
全裸の男が乱入してきたので、ドゥリーヨダナは思わず小さく悲鳴を上げた。
シャルルマーニュ十二勇士が一人ローランは、類いまれなき騎士であると同時に、解放感を愛する者である。
とはいえ彼は同僚のアストルフォと違って理性が蒸発しているわけではない。そうしたわけで、羽目を外す場を選ぶ、すなわちTPOの遵守意識が一応とあった。
シミュレーターの予約が取れればなあ。突発的に沸き上がった解放感を求める気持ちを抑えられず、ローランはカルデアの施設を一人歩いていた。人気のない、かつ人のいないところを探して歩く。
この解放感というやつは厄介だ。例えば風呂場で全裸になったり、閨で全裸になったところで満たされるものではないのだ。それは解放ではない。
本来、考える葦であるところの知性ある人間であれば、当然衣服を着ていなければおかしい場。そこで全裸になるからこその解放感なのだ。
ローランは己のこの性癖を恥ずかしいものだとは思っていないが、同時に他者を付き合わせていいものではないことも理解している。いや付き合ってくれるなら大歓迎だが。無理強いはできない。
だから時折シミュレーターの予約を取って、それで発散していたのだが。ここ最近予約が取れなかった。そうこうしているうちに、我慢できなくなった。
誰にも迷惑がかからない場で脱ぐ分にはいいだろう。それでどの程度の解放感が得られるかはわからないが。マスターが溜まりきったレポートを片付けるために缶詰状態になってなければなあ、付き合ってもらうのに。思いながらローランが廊下の角を曲がると。
何か全裸のサーヴァントがいた。
褐色の肌を惜しげもなく晒した全裸のサーヴァントは、確かインドの王子兼宮廷料理長だったとかで、食堂でよく見る顔だ。その向かいにいるのも、確かインドの王子。こっちは服を着ている。
ローランの胸は高まった。まさかお仲間だろうか。もしかしたら服を着てる方のサーヴァントはたまたま行き逢ってしまっただけかもしれないが男同士であることだし、気を遣う必要もそうなかろう。
「おお、まさかこんなところで同士に会えるとはなあ!」
気がつけばローランは重たい鎧を脱ぎ捨てて、全裸でその場に飛び込んでいた。全裸の方のインドの王子――ビーマがローランを見て、目を丸くする。
「何だあんた、服はどうした」
「水くさいな、えーと、ビーマだっけ? あんたと同じだ!」
「俺と同じ……?」
瞬きをしたビーマが、自分の体を見下ろして固まる。ローランはビーマの肩を抱いた。
「もしやあんたは初めてか? 驚くよなあ。最初は誰しもそうだ」
解放感を知るには、解放されなければならない。知らずに一生を終える者もいる。サーヴァントになってから知ったというのなら、それもまた一興であろう。
ローランはうんうんと頷き、もう一人のインドの王子――ドゥリーヨダナに目をやった。こちらはきちんと衣服を着ている。服の上からでもわかる筋肉が苦しそうだった。
目が合う。何だか怯えたような目をされた気がする。何故だろう。
はっ! もしや照れているのでは!? 自分も解放感を味わいたい、でも何だか恥ずかしい、そういう複雑な大人心に囚われているのでは!?
「そこの、ドゥリーヨダナだっけか? あんたもそうかしこまらず、脱いでみろよ。大丈夫、ここではそれが普通だ」
ローランはドゥリーヨダナに向かって微笑みかけた。かつてアストルフォに「ローランは首から上だけはどんな時も騎士らしいよね」と言われた笑みである。どういう意味だ。俺はいつだって頭のてっぺんから爪先まで、全身が騎士だろうが。
現に、服を脱ぎ捨て鋭敏さを増したローランの肉体は、殺気を感知して思考するより先にその場から飛び退いた。頬を掠めた拳が、赤い線を引く。
「おいおいおい、どうした急に!?」
ローランの問いに突然殴りかかってきた男、ビーマは返事をせず、代わりに「おいドゥリーヨダナ、動くなよ」と呆然と突っ立っているドゥリーヨダナに声を掛けた。
「幻術だか魔法だか知らんが、何かの攻撃かもしれん。とりあえず俺はこいつを無力化する。ま、もしかしたらこいつは無関係なのかもしれんが――その時はその時だ」
「何でそうなる!? 俺は味方だってば!」
聞く耳は持たないとばかりに、ビーマが床を蹴る。こうなってしまっては仕方ない。逆に自分が相手を無力化してやるしかない。ローランは素早く判断し、迎撃するために構えた。
全裸で。
ビーマは現状に不満を抱いていた。普通であれば飲み込む程度のものだが、相手が相手だから飲み込むつもりはなかった。我が儘放題の相手を前に、自分ばかり我慢をするというのはあまりに馬鹿らしい。
ドゥリーヨダナと交際を始めてから、一年になる。それなりに穏やかで騒がしく、楽しい日々だ。喧嘩は絶えないが、それでも互いに不器用に身を寄せ合うのは、何か生前埋まらなかった部分が埋まったような心地になる。
だが、その楽しい日々には制約が多い。まず交際は誰にも内緒、バレないようにしないといけない。よってビーマとドゥリーヨダナは人目があるところではほとんど口を効かないし、互いに顔を合わせないように避け合う必要があった。
最初はそれもいいと思った。自分たちがうまくいくのか疑う気持ちもあったからだ。周り、特に弟たちをやきもきさせたくはなかった。
だが、自分たちはうまくいっている。ならそろそろ周りに話したってよくないか。普段だって普通に声を掛け合ったりしてもよくないか。
更に言えば、恋人同士としても、ビーマはもう少し先に進みたかった。
付き合って一年になるが、プラトニックな間柄である。手は繋いだし、キスもした。舌を入れるやつ。でも、そこ止まりだ。
男同士だから挿れるのはちょっと、というのはわかる。そこは無理強いする気はない。だが触りっこくらいならしてもよくないか? 絶対に気持ちよくさせてやるのに。
ドゥリーヨダナだって決して先に進みたくないわけではないだろう。キスの後の、熱の籠った物足りなさそうな顔を見ればわかる。だというのに、何故拒否をする。
どうせまたくだらないことに怯えて、意地でも張っているのだろう。いい加減にしろ。不安なことがあるならはっきり言え。全部受け止めてやるから。
そんなこんなで人気のない倉庫の近くで、何度目かもわからない口論をしていたところ。
何でか全くわからないが、ビーマの服が消えた。
乱入してきたローラン――何故かこちらも全裸だった――に指摘され、ビーマは己が全裸であることに気付いた。どうりでドゥリーヨダナが突然黙り込んだと思ったら顔を赤くしたり青くしたり、妙な様子だったわけだ。
しかし一体いつの間に? キャスターでも何でもないビーマは確かに魔術的なものには疎いが、勘は鋭い方だ。殺意や敵意に自分が気付けないとは思わない。それともただ服を脱がすだけの悪意――悪意ですらないのかもしれない――だったから気付けなかったのか?
ローランは自分もビーマと同じだ、と言った。つまりは何か気付いたら服がなかったということだろう。特異点でもないのに? 誰かが何かやらかしたか? 特異点修復のためマスター不在の今?
何やら親しげに肩を抱いてくるローランを他所にビーマが次に自分が取るべき行動について考えていると、ローランがドゥリーヨダナに話しかけるのが聞こえた。
「そこの、ドゥリーヨダナだっけか? あんたもそうかしこまらず、脱いでみろよ。大丈夫、ここではそれが普通だ」
は?
ビーマはローランを見た。異国の騎士だという男は朗らかに微笑んでいる。
瞬間、ビーマの胸に形容しがたい荒波のような感情が去来した。
確かに男同士だし、こいつは別にドゥリーヨダナに気があるわけでもないんだろうし、三人中二人が全裸なら服を着てるやつがおかしいってことになるのかもしれないが。
でも俺だってまだちゃんとドゥリーヨダナの裸を見てないのに? いやガキの頃に見たことはあるが。あの頃はまだ薄っぺらい体してたよな。腕も腰も細くて、でもいいもの食べてるからか綺麗な肌だった。さらさらしてて、俺とは全然違うなあと思ったもんだ。
いやいや、そんなことはどうでもいい。は? こいつドゥリーヨダナを脱がそうとしてるのか? それは駄目だろ。
もしかして俺の服が突然消えたの、こいつのせいなんじゃ? ドゥリーヨダナの様子からするに犯人じゃねえんだろうし。怪しいのはこいつだ。
とりあえず無力化するか。こいつが犯人なのであれば見過ごすわけにはいかんわけだし、もし俺の勘違いだったら謝ればいい。
考えがまとまってすぐにビーマは拳を繰り出したが、さすがサーヴァント、ローランはあっさり避けた。
「おいおいおい、どうした急に!?」
ビーマから距離を置きながら叫ぶローランを無視して、ビーマは先程から口をぽかんと開けたままのドゥリーヨダナに声を掛けた。
「おいドゥリーヨダナ、動くなよ。幻術だか魔法だか知らんが、何かの攻撃かもしれん。とりあえず俺はこいつを無力化する。ま、もしかしたらこいつは無関係なのかもしれんが――その時はその時だ」
一先ずドゥリーヨダナは無事なのだ。であれば、何を理由に服がなくなるのかわからない以上、現状維持をしてもらった方がいい。少なくとも、動くのはローランの意識を奪ってからだ。
「何でそうなる!? 俺は味方だってば!」
ドゥリーヨダナの服を、俺の恋人の服を脱がそうとするようなやつが味方なわけないだろ。ビーマは問答無用で拳を握った。
ドゥリーヨダナは途方に暮れた。途方に暮れている間も目の前ではむくつけき男同士の全裸フルチンプロレスが繰り広げられている。
ビーマの服が突然弾け飛び全裸になったかと思ったら、もう一人全裸が増えた。こいつも服が突然弾け飛んだんだろうかと思ったら、ドゥリーヨダナにも脱げと言ってきた。嫌に決まっている。
だがドゥリーヨダナが拒否するより先にビーマがローランに殴りかかり、何だかよくわからないが全裸フルチンプロレスを見させられる羽目になっている。意味がわからない。
これ帰っていいか? 帰るっていうか他のやつを呼ぶっていうか。わし様は何を見せられているわけ? ちょっと一眠りして変な夢を見たということにしてしまいたいな。
そーっと、ドゥリーヨダナがその場を去ろうとした途端。
「ドゥリーヨダナ! 動くなっつってんだろ!」
ビーマから怒声が飛んできた。どうもドゥリーヨダナにその場にいてほしいらしい。
ええ~? もしかしてこいつ、自分の裸を見てほしいとかそういう願望があったんだろうか。言われてみれば普段は軽装を好むし、やけに先に進みたがるのもそういう……そういうこと、だったのかぁ?
であれば、最高の恋人であるわし様としては叶えてやらんわけにはいかないわけだが、だがなあ、そういうのは二人きりの場でならともかく、外野がいる場ではちょっとな……。というかローランとやら、あのビーマとやり合うとは顔に似合わず中々のパワータイプか? 惜しいな、主君がいなければわし様の配下に加えてやってもいいものを。
半ば現実逃避に片足を突っ込んだ思考がくるくるとよく回転する。とはいえいつまでもこうしてはいられない。さて、どうしたものか。
「――あら?」
背後から聞こえた嫋やかな声に振り返り、声の主を確認してドゥリーヨダナは終わりを悟った。
そこにいたのは脅威かつ狂気の風紀委員・源頼光だった。彼女がこの光景を目にして何を思ったのか、それは鋭い眼光を見れば大方の察しはついた。
「これは――いけません。ええ。殿方だけのお戯れとしても、幼子たちや金時の教育に悪い。何より風紀が乱れます」
「待て」
ドゥリーヨダナは一応、一応弁明らしいものを行おうとした。そもそも自分はちゃんと服を着ている。巻き込まれただけである。成敗するのはあの全裸フルチンプロレスマンの二人だけにしろ。金ならある。
だが、訴えるより先に頼光が刀を抜く方が明らかに早かったので。ドゥリーヨダナは瞬時に全裸フルチンプロレスマンどもを盾にすることを選び、精一杯床を蹴った。
後日、ビーマに露出癖があると思い込んだドゥリーヨダナが二人きりの部屋で「脱がないのか?」と発言したために、そのまま流れでロマンチックさの欠片もない初夜を迎えることになることを、誰もまだ知らない。
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