なりしゃ
2026-01-24 01:03:50
1012文字
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野垂れ話

まゆむら(村正真弓)夫婦のしっとりした話

貴女が私の背を撫で
 ちゃんとご飯食べないとねェ
と 云うので
 そうだねェ 
 満足させられなくて ごめんなさい
と 意地悪に言ってみせたんです
恥ずかしいものです
いい歳して手を握って 握り返して
手を眺めることが増えました

浮気な話と聞こえようか
若人の頃に私のお世継ぎを と
良家の娘が申し出たそうで
その時 ひどく焦燥したことを
妹は然りと覚えていたようです
あまつさえ
 
 汝、天は子孫繁栄を望まんとするが
 長老は刀創りに乱心し
 花咲かすがため茎(くき)と聞けば
 それは茎(なかご)かと聞き返す
 茎なら刀にあれど
 鋼となれば蕊(しべ)が付かぬ
 況(いわん)や種子をや

と 曰(のたま)う有様で
友人に 馬鹿者 と一瞥されたそうな

ですから
このことはぼやりとしか覚えていない
ただ その娘が装い 麗(うるわし)く
宝石のような爪の持ち主
だったような

手を眺めることが増えました

この色は この節は この爪は
もう逝ってしまった妹と
少しばかり似ていたか
皺もたるみもなく 
薄く白(しら)けて 蝋(ろう)のようで
妹は 爪を
御子(おこ)の柔肌を傷つけぬ短さに
整えていました

手を眺めることが増えました

ある手の持ち主は
あかぎれを起こしていたので
塗り薬を作ってあげたというのに
ろくに使いもして呉れなかった
水仕事やら力仕事、ややもすれば
私をも背負おうともするから
おやめというのに やめもしない
まして さかむけた指を
見せびらかしすらする始末
可愛いらしい女(ひと)でした

その手は
皮膚も 骨も 血も 
私の同胞と似ていなくて
窶(やつ)した我が背をさすり
何度も 大丈夫 大丈夫と
撫ぜてくれたので
背中に刻まれてしまった
記憶が

お前は私よりずっと若いのに
手の甲 血の流れが走り
あかぎれて
筋の入った

お前はその爪の隙間にまで
私の血が滲むことを
疎んじもしなかったのに

私は

お前から流れ出る血が
お前の身体の隅々に
纏わりついてしまったことに乱心し
爪の先まで拭い切ってしまった
まるで
鈍(なまくら)になった
刀を拭うように

手を見ることが増えたのは
横たわった死にぞこないを眺むため

なのに まだ涙と血が
己を憐んで敷物を汚す

血が揮発した頃に
鈍な身体を起こす

蝋のように固まった手にすら
熱があれば
まだ火が灯ると云うので