ろことか浪老子とかロギュンとか
2026-01-24 00:48:10
2027文字
Public 東ディバ
 

【東ディバ】貴方を忘れたくない

20251201 tkdb花束企画への寄稿作品。忘れてしまう貴方から、紫苑の花言葉に寄せて。

「星喰さん!」
「んん~……誰だ?」
 午後の日差しの中、中庭のベンチに寝転がっていた大我を見つけて特待生が声をかけると、彼は不機嫌そうに眼を細めた。

 星喰大我は物を覚えられない。全く覚えないわけではないが、特定の人や物を記憶に留め続けるのが困難だ。ましてやそれらの名前など、ほとんどが右から左へ流れ去ってしまう。
 覚えていられないことを悲観していた頃もあったのかもしれないが、今となってはそれも些事。どうせ忘れてしまうものに価値を見出せなくなって久しい。
 そんな大我でも、いくつかは覚えていられるものがある。新しく覚えたものもあった。そのひとつが。

「なんだ、お前メス猫じゃん!」
 ベンチで欠伸と共に起き上がれば、特待生が傍らで立ち止まった。

 『メス猫』と呼べば否定せず受け入れる女――彼女は大我一人の所有物ではないが、初めは恥ずかしいからと拒んでいたこの呼び名も今ではすっかり大我からの呼び名として定着しているようだった。
 初めはその存在を覚える気など起きなかった。面倒だから消そうとすら考えていた。学園からの監査役など髪の毛一筋ほども信用ならないし、彼女も大我を信用せず自身の目的のためにグールを利用したがっている――そうとしか見えなかった頃もあった。
「い、一応中庭は他の皆さんもいるので……!」
「ぎゃはは! お前ほんとアホだよな~。もうすっかりメス猫ちゃんじゃん」
「星喰さんが名前を覚えてくれないからじゃないですか……
「あ~? 俺がメス猫で覚えてんだからいいだろ別に」
 それがいつからか、何故なのか。忘れても『思い出したい』と思うようになって。思い出せると気分がよかった。
 大我という個人にとって、特待生自体は何かの役に立つような存在ではない。彼女にかけられた呪いを解けば自身が寮長であるシノストラに栄冠賞が齎されるだとか、彼女自身が持つらしいスティグマの強化能力だとか、そんなものには大した価値を感じていない。

 だが、それらとは別に。彼女を覚えて、接する機会が増えて、知っていくうちに滲み出てきた感情もあって。

「で? そんなメス猫ちゃんがこんな外で俺様をどうしたいって?」
「星喰さんに、お渡ししたいものがあって。これなんですけど……
 特待生が大我に見せたのは紫苑の花束。紫の他にも赤や薄桃、白など、様々な色の花が暖色の包み紙の中で可憐に、賑やかに咲いていた。花を愛でる人間であれば感嘆の声もあげただろうが、しかし。
「なんだ花かよ。オイラ花とか興味ねぇんだけど」 
「ですよね……でも、他に星喰さんに渡せそうなものがなくて。怪異の肉とかは用意できませんし……
 すっかり興を失って二度寝しようとする大我へ、特待生は慌てて言葉を続ける。
「『あなたを忘れない』……それがこの花の花言葉なんです!」
 大我の反応が予想できても、特待生にはこの花を渡したい理由があった。
「星喰さんは私の名前も、針条くんのことも、覚えてくれないことは多いですけど……そんな星喰さんが、メス猫としてでも私を覚えてくれて。話を聞いて、信じてくれて。そんな星喰さんのことを、私は忘れたくない……とお伝えしたくて。この花を見つけたら、渡したくなっ――!?」
 特待生の言葉が終わる前に、彼女の視界は色とりどりの花でなく鮮烈な朱で満ちた。あろうことか、大我が紫苑の花を齧ったのだ。
……不味い。どうせならうめぇ花にしろよ」
「星喰さん!?」
「それに花の意味とか覚えてらんね~。ルルなら細けぇこと気にするかもしれねぇけど。そんなだからアイツキレてばっかなんだと思わねぇ?」
「それは……
 否定はしきれないが、肯定もしにくい特待生。
 どうするか迷ったままでいると、受け取って貰えなかった花束から黒いマニキュアが光る指先に一輪だけ摘み取られた。
 その一輪は、そのまま特待生へと差し出される。
「やるよメス猫」
「はい?」
「この花俺にくれたんじゃねぇの?」
「も、もちろん! 受け取って頂けるならうれしいです!」
「だから、俺がメス猫にこれやるっつってんの。どうせ意味覚えてらんねぇもん」
 大我の意図がくみ取れず、しばらく固まる特待生。それでも大我が自分に花を渡したいという気持ちだけは尊重しようと、その花を指先で受け取ろうとして。
……あの、星喰さん?」
 渡されるはずだった一輪は引っ込められ。貰おうとして更に手を伸ばせば、全く違う所へ移動し。そんな戯れのようなやりとりが続くと、大我がぎゃははと大きく笑った。
「お前、やっぱメス猫だよな~!」
「だって星喰さんが!」
「だから」
 やっと特待生が花を受け取った一瞬に、大我が彼女の耳へ囁く。
 それは、風に吹かれて往き方もわからない花弁のような――吐息に微かに混じる大切な。

「お前が覚えといてくれよ」

二次創作SS一覧ページへ
怪文書一覧ページへ