ふーこ
2026-01-23 23:30:12
3582文字
Public 小説
 

インタラクション

同じ職場で働いていた衝撃で全てを妄想しました。シシの世界でクンチクと同じことが起きているかは分からないしこれから何が起こるかも分かりませんが…同じ職場で働いているということだけが燦然と輝く確かなことです。
クラと王子と二世で立場が変わりながらお互いに作用しつづけ「あのとき、あの人もこうだっただろうか」と思うことがあるといいなと思います!

 人になにかを教えるのは少しも惜しくなかったし、どちらかといえば得意だろうという自負さえもが彼にはあった。けれど、それは勘違いだったのだろうかと疑いたくなるほどに業務が停滞している。冷めたカップを手の中であたため直しながらリュートは頭を働かせ続けていた。
 窓の外が暗くなってからずいぶんと時間が経っていた。今宵は月も細く、スフォルツェンド魔法学校の教員執務室から見える景色は今や色濃い建物の影くらいだ。
 リュートは机の上に積み上げた書類を手に取ってランプの前に照らし出しては、ああでもないこうでもないと口の中で呟いていたが、とうとう頬杖をつくようにペンの頭を頬に押しつけて動きを止めた。思考が片付かないまま姿勢を崩すにつれペンはこめかみに向かってゆっくりと滑っていき、つやのある真っ直ぐな黒髪を乱して頭の上へと抜けていった。まるで集中できない子どもの手遊びのようだと自分の行いを少しばかり恥じて、姿勢を正す。
 書類の表紙には関係者外秘の文字と盗難防止の魔方陣が書き込まれており、正当な手続きなく執務室から持ち出せば即座に相応の罰が下る仕組みとなっている。それもそのはず、そこに記されているのは生徒たちの個人情報なのである。授業の成績、専攻、進路希望、性質と種族に適した魔法属性、使用している武具、あるいは魔力や法力媒体の種類、エトセトラ。教師であるリュートはそれらを元にして生徒達の指導計画を立てる必要があるのだが、考えることは数え切れないほどあり、いかにして彼らの素養を伸ばすかというのは経験の浅いリュートの頭を大変に悩ませる課題だった。
 どんな指導をするべきか。思い出してみるのは自分のこれまでのことである。
 学園に入学する前、リュートに魔法の知識を与えてくれたのは主に母と兄だった。一番上の兄、サイは特に面倒見がよく勉強ができたので、リュートはサイが魔道書を一緒に読んでくれた思い出をいくつも取り出すことができる。指で文字を追いながら呪文と魔法の関係について教え、時に実践してくれた。リュートも兄のように魔方陣を手の平に浮かべてみたいと躍起になって失敗し泣いたこともある。それでも少しも魔法を嫌いになんてならなかった。足の力を使って草原を駆けるのと同じように、腕の力で木に登ってみるのと同じように、世界に対して魔法を作用させるのが面白かった。それに魔法が上手にできると、両親も、兄も、弟も妹も、楽しそうに笑うのだ。
 本格的な指導を受けたのは魔法学校に進学してからのことだ。生まれ持った素質と家庭教育の下地を十分に持っていたリュートは、二人の兄と同様にすぐに優秀な成績を収めた。クー・クルセイダースのキャプテンを務めるころには隊の責任者であるクラーリィに師事し、すっかり彼を尊敬していた。
 ほとんど飾りとして机の上に立ててあるグリフォンの羽ペンを眺めて、リュートはふと頬を緩ませた。クラーリィの下で座学においても実践においても刺激的で好奇心の満たされる指導を受けた日々は思い出深い。今にして思えば前のめりに質問をしてばかりいたような気もするが、それに応え、付き合い、その先へ導いてくれたのは師の確かな意思と愛情であっただろうということが今のリュートにはよく分かる。
 クラーリィは厳しかったが、その裏にある使命感と責任感を感じとることができたならば、その態度に敬遠することなく信頼を寄せることができる。リュートは頭よりも心でそれを直感していた。リュートはクラーリィの眼差しに冷たさを感じたことがなかったのである。
 それどころか、庇護されていたと思う。大切な物が壊れないように見守っているような、危ないことがあればすぐに手を差し出す準備は整っているというような、そんな淡い安心感があった。両親を通じて昔から関わりはあったのだから、それもおかしなことではないかと納得したものだ。
……よしっ」
 リュートは頬を叩いて書類に向き直った。クラーリィを師として学んでいた時のことを思い出すと不思議と意欲が湧いてくる。今は、自分に教えを請う生徒達がいる。師の持っていたような厳しさをうまく纏うことはできなくとも、自分なりに導くことはできるはずだ。ボクについてきてごらんと道の歩き方を示し、拓き方を共に考え、背中を押してあげる。そういうことができるはず。
 計画表の上をペンがさらさらと走っていく。生徒の様子を頭に思い浮かべながら、今までに学んだ様々の魔法体系や国内外各都市で盛んな研究分野、実戦訓練の段取りなどなどを記憶の引き出しから引っ張りだして書き記した。時に図書室や保管庫へと足を運び資料を集めては、それらを抱えて階段を移動する。そうする度に、空間転移の魔法を難なくこなす練度と法力のある人物というのはすごいものだと感心した。
 やがて、記入を終えた個々の計画書を見返しながらリュートは息を吐いた。本当にこれが生徒の役に立つのかは正直なところすぐに分かるものではない。定期的に様子を見て明らかに当人に合っていなければ仕切り直す必要があるし、途中で考えが変わることだってある。リュートは広くその先を見据えていなくてはいけない。
 果たしてそれができるだろうかと問う自分を、笑って励ます自分もいる。ここで力を得て羽ばたいていく子供たちに、どうか追い風を吹かせてあげたい。諦めなくていい。信じて進む力を、どうか。
「大丈夫。ボクはきっと、こういうのが好きなんだ」
……なにが好きだって?」
 不意に背後から声をかけられ、リュートは肩を跳ねさせた。振り返ってそこにいた人物を認めて、わ、と間の抜けた声をあげてしまう。かっちりとした黒い着衣に輝かんばかりの金の長髪、眼鏡の奥の鋭い眼差し。威厳ある佇まいの男が、リュートが座っていた椅子の背もたれに手をかけていた。
「ク、クラーリィ理事長。いつからそこに?」
「ついさっきだ。まだ残っているヤツがいると思えば……おまえだったか」
 クラーリィは机の前に足を進めると、そこにある指導計画をつらつらと眺めた。リュートは少し緊張した面持ちで立ち上がりクラーリィの様子を窺う。今のリュートはクラーリィの教え子ではなく、場所を同じくして働いている先生同士だ。無邪気に教えを請うたり努力の成果を胸を張って報告したりすることができないのが少し寂しい時もあるが、それよりも同じ責務を持って横に立てることが誇らしかった。生徒だった頃の憧れよりも輪郭のはっきりとした、尊敬のような、追いつきたいような、ずっと背中を追っていたいような。この気持ちに名前をつけるのは難しいけれど。
「このあたりは、見通しが甘すぎると思うが」
 クラーリィは指先で書類をトン、と叩いた。ハッと我に返ったリュートもそこをのぞき込む。
「えっと、その期間は定期実習での様子をみてから調整することを考慮しています」
「ふむ。では、こちらは。ここに書いてある特別講習への参加資格に必須の科目が未履修だ」
「それは来年以降の受講を目標にして、今年は基礎を学ぶ提案をしてみようと思って……
「応用が利く分野だ。悪くはないな。あとは、そうだな……賢者学校の聴講の申請は事前の準備が――
「それに関しては既に承認を――
 二人の声が、夜の静寂の中に秘密ごとのように響いていた。そういった問答をいくつか繰り返した後、クラーリィはいったん納得したようにリュートに向き直る。
 その眼差しにリュートは懐かしさを覚えた。この学園を卒業した頃にもこんな風に見つめられたことがあった気がする。その瞳の奥にある感情が何であるかをリュートが推し測ろうとする前に、クラーリィは目を伏せてしまった。
「ここの生徒は問題児も多いが、伸びる時はあっという間に成長していくからな……。めまぐるしいと思うほどだ。いずれにせよ、指導を怠ることはあってはならん。わかっているな」
「は、はいっ!」
「よろしい。だが……今日のところは、おまえもいい加減に帰って休め。どうしても学校で夜を明かしたいと言うなら止めはしないが」
 ノックでもするようにリュートの頭を一度小突いて、クラーリィは身を翻した。堂々としながらも品のある歩み、凛とした姿。己を律し他者を従える厳粛さの奥に誠実な優しさを隠している。変わらないな、とリュートは師の姿を眩しく思った。
 髪の先まですっかり見送ってから、リュートはクラーリィの言葉に従って一度居室へと帰ることを決めた。あれこれと持ち出した資料や書類を仕分けて机の上を片付けながら、全く痛くもないのに先ほど小突かれた頭を撫でてみる。少しだけ子供に戻ったようなむず痒さが胸の内に広がってリュートは眉を下げた。窓には知らぬ間に星の光が映り、変わらぬ巡りを示していた。