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namaeggg
2026-01-23 19:11:52
2699文字
Public
リバース:1999
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湖畔
スーツケースで再会するルブシカとセンメルワイスのお話です。セメロレ前提。
吸血鬼にとって、夜は親しい友人だ。
それはスーツケースにあっても同じこと。
新しい友人たちに挨拶すべく、部屋をこっそり抜け出して、ぼくはウィルダネスを散策することにした。
ひんやりとした空気がほっぺに触れて、そわそわと浮足立った気持ちを宥めてくれる。夜風が木立の合間をふわりと走り抜けると、後を追うように枝葉がひそひそと声を潜めておしゃべりをし始める。ぼくにとっておきの秘密を耳打ちしてくれるみたいに。
本当は、一人きりの夜は怖い。暗闇から見えない手がぬっと伸びてきて、ぼくを悪い夢へと連れ去ろうとするから。だけど、ここはなんだか安心する。まるで棺桶みたいだ。だって、スーツケースの中に人が入っちゃうんだから。今まで聞いたどんなお伽噺にもそんな話はなかった。だから、夜中でも不思議と恐ろしい感じはしなかった。
しばらく当てもなく歩いていると、目の前にきらきらと光が反射するのが見えてくる。寝静まった森の先にぽっかりと拓けた場所があって、小さな湖が逆さまの満月を飲み込んで辺りを淡く照らし出していた。まるで神聖な光のベールを纏っているみたい。思わず息を呑んでしまう。
ぼんやりとしたまま湖を見渡していると、畔に並んだ木のベンチで親密そうに寄り添う二人の影を見つけた。
ううん、正確には二人の女性と一つの影。
黒いマントを羽織った女性の足元には、影がなかった。
急に僕の心臓がばくばくと騒がしくなる。
もしかして、と思う間もなくマントの女性が振り向いて、僕のいる方角をじっと見つめた。まずい、と思って咄嗟に木の後ろに隠れたけれど、遅かった。
「隠れていないで、出てきたら?」
決して声を張っていないのに、静まり返った森の中では物音一つでも響いてしまう。小さい子供を諭すような優しげな声色にぼくは聞き覚えがあって、木の影からそーっと顔を覗かせてみた。
「
……
ミス・センメルワイス?」
髪を下ろしていて、黒づくめの服装で雰囲気は違うけれど、間違いない。ぼくのボスだ。
口をぽかんと開けたまま立ち尽くしていると、センメルワイスは初めて会った日と同じく完璧な笑顔を作ってみせた。
「久しぶりね、助手さん」
「センメルワイス!」
手紙で何度かやり取りしてたけど、再会するのは久しぶりだった。嬉しくなって、ぼくはすぐに駆け出す。
「え
……
?」
だけど、センメルワイスの顔を見て、ぴたりと足が止まってしまった。
だって。
「いらっしゃい」
戸惑うぼくを促すように、センメルワイスが手招きをする。センメルワイスの隣には、彼女の肩に頭を預けて穏やかに眠っている、人形みたいに綺麗な女の子がいた。
しばらくの間ぼくは躊躇っていたけれど、結局女の子を挟むようにして隣に座った。
センメルワイスに聞きたいことが泡のようにたくさん浮かんでくる。ぼくたちと別れてからのこと。隣にいる女の子のこと。だけどぼくが一番聞きたいこと、それは。
「センメルワイスは、吸血鬼になったの?」
その質問が飛んでくるのをわかっていたかのように、センメルワイスは真っ赤な瞳をゆっくりと瞬きさせた。
「そうよ」
ヴェルティと吸血鬼の話をした時、彼女はなぜかセンメルワイスの話を出した。そのことが頭の中で引っかかっていたけれど、ようやく合点がいった。
「どうして? どうやって吸血鬼になったの?」
むくむくとわき上がる好奇心が抑えきれなくて、早口で捲し立ててしまう。
センメルワイスは自分の唇に人差し指を当てて、しーっとジェスチャーをした。
「教えてあげるから、少し声を落としてもらえる? この子が起きてしまうわ」
ぼくは慌てて口を両手で押さえた。
センメルワイスのマントの中にいる女の子は、相変わらず穏やかな顔つきで眠っている。この子のことも気になるけれど、ぼくの興味はやっぱり吸血鬼に注がれていた。
「そうね、どこから話したらいいかしら
……
」
センメルワイスは少し遠い目をして、ぼくに吸血鬼になったいきさつを話してくれた。
財団で吸血鬼の捕獲計画に参加した時に、純血の吸血鬼に嚙まれたこと。
「あなたもよく知ってるでしょう? 感染した人間がどんな末路を辿るのか」
もちろん、覚えてる。感染種が暴れて列車をめちゃくちゃにしたあの日のことを。
それから、ストーム直前のウィーンで形質転換を果たすために、危険を冒して奔走したこと。
「この子は、その戦利品といったところかしら」
この子の歌声が、センメルワイスの形質転換を手助けしたこと。
あの日、感染種は僕の笛の音色におびき寄せられた。理由は詳しくわからないけれど、感染種と音楽には深い関係があるのだ。
センメルワイスは隣で眠る女の子の肩をさすりながら、赤い瞳を柔らかく細めた。
「
……
大切なんだね、その子のこと」
「ええ。家族みたいな存在よ」
家族。
ぼくにも新しい家族ができた。エマ。それから怖い車掌さん。あの列車が線路のように繋いだ絆と重なるみたいで、ぼくもなんだか温かい気持ちになる。
最後にひとつ、ぼくはどうしても聞きたいことがあった。
「センメルワイスは後悔してない? 吸血鬼になったこと」
すると、センメルワイスはきっぱりと言った。
「わたしは一度だって自分の人生を悔いたことはないわ」
「わたしは今まで、自分の人生を自分で選んできた。その結果が、ここにあるだけ」
「あなたも、そうでしょう?」
その答えを聞いて、ぼくは満足だった。
「もちろんだよ! ぼくは偉大なる吸血鬼・ルブシカ一世なんだから!」
ぼくは高らかに宣言し、えへんと胸を張った。
そう、大きな声で。
「ん
……
センメル、ワイス
……
?」
マントに包まれていた女の子がもぞもぞと身じろぎをしている。
しまった、起こしちゃった!
慌てて謝ろうとして、ぼくはまたしても固まってしまう。
ぼくの存在に気づいてないのか、寝ぼけ眼をこすっていた女の子はセンメルワイスの首に腕を絡ませた。それから、自然と顔を近づけて
――
「あー! ぼ、ぼく! これから吸血鬼の大事な大事な用事があったんだった! じゃあね、センメルワイス!」
返事も待たずに、ぼくは一目散に走り去った。
家族って、そういうこと!?
顔の中心が火を吹いたように熱くなる。夜風で頭を冷やしながら、なぜかエマの顔が思い浮かぶ。ぶんぶんと頭を振って、ぼくは全速力で部屋へ帰ったのだった。
「どうしたの、センメルワイス?」
「
……
少し、やりすぎたわね」
end.
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