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2026-01-23 01:03:47
12205文字
Public movie100
 

097:とどめの一発

映画タイトル100題からおかりしました。
いつもとちょっと違うΔ拳のクソムーブに翻弄されるΔこゆちゃん 本番なしですがちょっとえちかもしれない

 カン、カン、カン。
 外階段を上がる音に耳がピンと立つ。ゆったりとした大股の足音、それからガチャガチャと鍵を探る音。夜明けはとうに過ぎているのに戻らなかった家主のご帰宅だ。布団に寝転んでスマートフォンをいじっていた身を起こし、愛しい恋人を迎えるために身なりを整える。
 ドアの開閉音を待ってから廊下へ向かうと、目当ての男が頭巾をほどきながらコユキを見て表情を曇らせた。
〝おかえりなさいませ!〟
 構わず、にっこり笑ってお迎えする。この一室の主であり恋人のケンは何も言わず、スマートフォンを取り出して画面を光らせた。時間を確認したらしい。いつもなら「まだ居るのかよ」だの、「早く帰りなさい」だのと小言が飛び出すものだが、本日は疲れ切っているらしい。静かに「おう」と返すにとどまった。見ると衣装はところどころ砂埃をかぶって白く変色し、足は泥がこびりついて濡れている。頭巾から伸びる布端は少し破けてほつれかけていた。全体的にくたびれている。激戦だったらしい。
 ケンは深く息をつくと、どっかり板間に腰を下ろして帯を解き始めた。汚れた下履きを玄関で脱いだかと思えば、袖なしの上着、プロテクター、ハイネックのボディスーツや手甲と、パチンパチンと小気味よく留め具を外しては玄関に放り出している。これはどうやら寝るつもりらしい。
〝あの〟
「ン?」
〝勝手してすみません、お風呂沸かしておいたんですけど〟
 いつもならケンにくっついて一緒に退治に回るところだが、今日は新横浜中を駆け回ってヒイヒイ言ってるはずだぜ、というカズサのタレコミにより趣向を変えた。部屋を整えて待つことで淑やかないい女アピールをする算段である。
 風呂の入浴剤はケンの好きな名湯百選シリーズから鬼怒川温泉をチョイスし、布団も敷いて、キッチンにはすぐに食べられるおにぎりと味噌汁を準備してある。
 おにぎりの具は冷蔵庫から拝借したイカの塩辛と、冷凍からあげと、ウズラの卵の燻製。全てケンが好む酒の肴だ。三角おにぎりは途中で何故か毬栗のようなフォルムになってしまったが、疲れた身体を慮って岩塩と高麗人参をぎゅうぎゅうにつめた疲労回復にはもってこいの自信作だ。ささやかな下心で豆腐の味噌汁に鰻とすっぽんの生き血を入れたが、気づかれまい。
 早くオイシイって言って欲しいな、とそわそわするコユキをよそに、パンツ一枚で仕事道具満載のバッグを抱えたケンはふらふらと寝室へ向かっていく。慌てて後を追うと汗に混じってヘドロのイヤな匂いがした。下水道でもさらったのだろうか。
〝あの、お湯に入ってから休まれた方が良くないですか〟
「んー……
〝せめて身体だけ流したほうがさっぱりしますよ〟
「あー」
 言いながら寝室兼生活スペースの和室にバッグを置き、キッチンとコユキを順に見る。浴室に繋がる廊下をしばらく眺めていたと思うと。
「わかった」
 と、頷いた。素直だ。相当疲れているらしい。タオルや部屋着は洗面所に準備してあると伝えると、覇気のない足取りで洗面所へ向かう。いってらっしゃいませ、と見送ってから、食事の準備をしておこうとキッチンに立った。遮光カーテンに隙間がないことを確かめ、勝手知ったる流し下の収納を探っていると、仏頂面のケンがコユキを呼んだ。
「仕事で銀使ったからカバンは」
〝大変でしたね、触らないでおきます〟
……何してんだ」
〝ご飯作っておいたんです! おむすび、それとお味噌汁! 温めておこうかなって……
「ふーん」
〝お風呂上がりに召し上がりますよね?〟
「おん、あんがと」
〝いーえ〟
 バタンとドアが閉じ、しばらくしてシャワーを使う音が聞こえてきた。
 あんがと、ですって。聞き間違いではない素直な感謝の言葉はコユキの行いが正しかった証明だ。湿った肌にムラっとしたが抑えて正解だった。気分が良い。もう少しサービスして、卵焼きでも添えておこうと袖を捲る。
 さっそく、フライパンに卵を放り込んでかき混ぜる。デキる女は洗い物を減らす工夫をしながら料理するのだとテレビで言っていた。出汁は顆粒で構わないが、もう少しパンチが欲しい。岩塩は使い切ってしまったし……と冷蔵庫を覗き込んで、レモンを見つけた。きっとサワー用だが今日は流石に飲まないだろう。愛らしい黄色の果実と、残っていたすっぽんの甲羅を掴みまとめてフライパンにぶち込んだ。
 何故かポンと黒煙が上がったので慌てて換気扇をつける。油を忘れていたが、すっぽんから油が出るから問題ないだろう。多分。



 なんとも不可思議な香りの卵焼きからはみ出た鋭角を突いていると、浴室から何やら声が聞こえてきた。どうやら呼ばれているらしい。
〝はーい〟
 火の始末を指差し確認してから浴室のドアをノックすると、また呼ばれたので遠慮なくドアを開ける。満ち満ちた湯気に混じり、人工的な森林の香りがもわりと溢れてきた。
〝お呼びですか? あっ、一緒にお風呂のお誘いなら喜んで〟
「うん」
……………………エッ?〟
 予想外の言葉に思わず固まる。コユキが自ら乱入することはあれど、風呂に誘われたことなど無い。
 一体どうしちゃったの、とまじまじケンの顔を見る。少し頬が赤いこと以外はいつも通り。顔色は湯あたりのせいだろう。やっぱりなんだか、今日のケンはおかしい気がする。
「どうした、はよ来いよ」
〝えっえっ〟
「来ねえの?」
〝勿論いきます〟
 誘われて断る理由はない。慌ててドアを閉めて服を脱いだ。棚から適当なタオルを引っ張り出して体に当て、そろそろと洗い場にお邪魔する。築年数が経っている割にバストイレ別の造りに感謝した。
〝失礼しますね〟
 風呂椅子を引き寄せて座り、コユキ用に置いてあるボディスポンジにソープを馴染ませていると、グイ、と腕を引っ張られる。体に合わない浴槽に身を押し込んだケンが、眉間に皺を寄せてコユキの腕を掴んでいた。
「来いって」
〝ダメです身体洗ってないし〟
「んでだよ、シャワー浴びてたんだろ?」
〝でも、お湯に入るならもう一回洗いたいです。待っててくださいます?〟
 甘く言い聞かせながら、不思議な感覚に陥る。いつもなら強請るのはコユキで、諌めるのはケンの方だ。求められるのは素直に嬉しいが、仕事で疲れているとはいえここまであけすけなことを言う人だっただろうか。
 もしかして偽物……? とちらり、浴槽の中を覗き込む。黒々とした茂みの向こうにいるソレ。黄緑色の湯で色味はわからないがカタチだけなら見知ったいつもの「ケン」だ。身体のあちこちに走る薄い傷痕も、若い頃の古傷だという右脇腹の縫合痕もきちんとある。股間の茂みに繋がる腹の毛や胸毛、乳首の形も違和感はない。コレは決して下心からではなく、変身を見抜くテクニックとしてシーニャから授かった知恵だ。
 いつも服に隠れている身体の細かなディテールを似せるのは、並みの吸血鬼では難しい。それこそコユキの知る古き血の吸血鬼達なら可能だろうが、彼らがケンに化けるメリットはないのだからそれもない。
 ダメ押しに、よよいのよい、の掛け声と共にじゃんけんを仕掛けてみる。コユキはパー、ケンはグーだ。
「んだよ服着てる時にやらせろよォ野球拳」
〝そうですよね、すみません。すぐ洗うから待っててくださいね〟
 間違いない。目の前の男はコユキの恋人であり退治人のケンだ。
 視線を受け止めつつ、急いで体にスポンジを滑らせる。顔と髪に湯がかからないよう気をつけて泡を流し、湯船にお邪魔する。ケンに背中を向ける形でゆっくりと腰を下ろした。増した質量の分、勢いよく湯が溢れて排水溝へ消えていく。湯船が狭いので、一緒に湯に浸かるときはこうしてケンの足の間に座るのがおきまりだ。姿勢が落ち着いたのを見計らってか、太い腕がぬぅっと伸びてコユキの体を閉じ込めた。
「はあァ〜〜……
 ぐりぐり、肩口にケンの額が押しつけられる。時折当たる無精髭が少し痛い。それはさておき。
〝あの〟
「んー」
〝今日のケンさん、なんかへん〟
「そーか?」
〝吸血鬼にやられました? 術をかけられたとか〟
「覚えがねえ」
……どんな相手でした?〟
「若い吸血鬼のあんちゃん。酒飲んでタガが外れたのか、店前で店員に絡んで喧嘩になってた。つっても退治人連中に具体的な被害はなかったし、なんか能力使ったっつー覚えがねえ」
〝うーん……そうですか〟
「どっちかってェと念のためにあんちゃん移送した後、大量に出てきたアブラムシ……あとクリオネとスラミドロの方が面倒だったわ」
〝わぁ、お祭りですねえ〟
 聞くだけでぐったりするラインナップだ。ヘドロまみれなのはスラミドロのせいだろう。アレはクリオネとは違い澱んだ水を好むから、逃げた先が排水溝だと事態を収集するのに骨が折れるのだと聞いた。
 聞く限りで気になるのは『若い吸血鬼のあんちゃん』だ。無自覚に発動した能力にあてられている可能性もある。移送はそのリスクも鑑みてのことだろう。きっと今頃VRCで取り調べを受けている最中だ。明日の夜にでも寄って聴取結果を聞いてみた方が良いかもしれない。下等吸血鬼のせいで疲れ果てているのは間違いないが、それにしたって今日のケンはやっぱりおかしい。
 つらつら考えてみたものの、コユキは退治人でも吸血鬼対策課でもない。身に危険が迫るような症状ならともかく、今のケンにみられる症状は「なんか変」という程度だ。
 コユキとて古き血を引くゴウセツの娘。若輩ながら血の強さは折り紙付きだが催眠に特化した能力はなく、他人にかかった術の解析はできない。しかし自分が唾をつけた獲物の変化には敏感なはずだ。ケンの命が脅かされる事態はないという確信がある。
 既に日が昇っている今、事を急いでも仕方ない。静観で良かろうと結論づけた。
「なあ」
 うむうむ、と恋人の腕の中で一人頷いていると、頭を軽く叩かれる、
〝あ、はい? すみません〟
「あっちいし狭いからもう俺出るわ」
〝えええ〟
 止める間もなくケンが立ち上がった。慌ててコユキも上がろうとするが、脱衣所が狭いから待ってろと押し戻された。
「俺は飯食ってくっからゆっくり入ってろ」
 腰にタオルを巻くでもなく全裸で脱衣所を出たケンを呆然と見送る。
〝よ、呼んだくせに……なんなのぉ……
 好きにしろと言われても、コユキは既にシャワーを浴びているし、ケンがいなくなった浴槽は湯量が一気に減って肩が寒い。尻の位置をずらしてなんとか肩まで浸かろうとすると、今度は膝がはみ出した。しばらく試行錯誤していたが、このままでは湯が水になってしまう。風邪をひくことはないが、冷えた体でケンの添い寝をするのは忍びない。釈然としないものの立ち上がり、栓を抜いた。


 
 ケンのスウェットを一枚引っ張り出して借りる。毛玉の浮いたグレーの布を頭から被るとワンピースのような丈になってしまった。コレはコレで可愛らしいのでそのまま借り受けることにする。
 玄関に放り出されていた汚れ物を拾い集め、ボディスーツは洗濯機へ。衣装は風呂で軽く泥を落としてからバケツに湯を張り、洗剤を入れてじゃぶじゃぶと漬け置きする。ケンは確かこうしていたはずだ。きっと褒めてくれるだろう。
 一仕事終えてキッチンを見ると、おにぎりと卵焼きを用意していた皿は甲羅を残して空になっていた。味噌汁も飲んでくれたらしい。一人暮らし用の片手鍋にタプタプだった水面は半分ほどまで目減りしている。出しっぱなしの食器を洗いながら、まるで奥様のようだと一人でにやけた。
 館には使用人がいるが、父の方針で家事は一通りできるよう仕込まれた。料理だけはなかなか上達しないが洗濯掃除は自信がある。ハゲの中年退治人の世話を焼く為に教えたわけではありません、という父の悲痛な泣き言が聞こえた気がするが空耳だろう。
 ガスコンロの拭き掃除まで済ませてから軽い足取りで部屋に戻ると、既に明かりが落とされていた。唯一の光源はケンの手にあるスマートフォンの画面という状態だが、コユキは夜目が利く。迷うことなく布団に近づくと、既に毛布をかぶってスマートフォンをいじっていたケンがちらりとコユキを見た。さきほど温まったはずなのに少し顔色が悪いのはどうした事だろう。
 ケンが手にしているのは仕事用の端末だった。ギルドと連絡をとっているらしい。青白い光を浴びている目の下には薄いくまが浮いていて、時々眠気を堪えるように細められる。不真面目ぶっているくせに、変なところで仕事人間だ。
 仕事のメールチェック中は全くと言って良いほど相手をしてくれない。お仕事の邪魔するべからず。以前散々邪魔をしてゲンコツを落とされてから学んだ。いつもならコユキもスマートフォンやテレビを見て自由に過ごしているが、三秒に一回は目をしょぼしょぼさせていては声をかけたくもなる。そばにしゃがみこみ、つるりとした頭を撫でた。
〝ねえ、もうお仕事は終わりにしませんか〟
「んー」
〝今日はだいぶお疲れでしょ〟
「だな。寝るわ。来い」
〝ひゃ、わ〟
 ぐい、と体を引き寄せられ、気がつくとフカフカほこほこの布団の中に閉じ込められていた。風呂と同じく背中からきつく抱かれ、うなじを甘噛みされて身体が跳ねる。
〝ちょ、ちょっと〟
「静かに」
〝くすぐったい!〟
「我慢しろ。壁薄いの知ってんだろ」
〝だって!〟
「あー……いー匂い……
 すぅ、と髪の匂いを嗅ぐ気配がして顔が熱くなる。
抵抗する隙もなく、身体の前に回った手がスウェットの裾から直に肌に触れた。むに、と腹を摘まれて、それからナイトブラ越しの胸へと移動する。今着ているのは下着の上からケンのスウェット一枚。たくしあげられては胸どころか尻も丸見えだ。大きな手に下から乳房を掬い上げられ、いやでも色事を思い起こす手つきに腹の奥が疼いた。 
〝ン、ん〟
 もにゅ、もにゅと緩く胸を揉まれる。いつもなら爪で引っ掻いたり捏ねたり、もっと強く刺激されるはずだ。しかし今はどうしたことか、柔らかな脂肪をムニムニモチモチ揉んで、敏感な先端は時折優しく撫でるだけ。輪郭がぼやけた快感は決定打に欠け、どうにも焦ったい。それでも確実に蓄積される欲に腹の奥が重たくなって、じわじわ熱が上がってゆく。
「あー、やーらけ……
〝ンぁ、あ、けん、さん〟
「ボディーソープおんなじだろ今日は。俺の使ってたもんなぁ。おんなじ匂いなはずなのに違うの何でだろな」
〝そんなこと〟
「ある」
 モゾモゾ、もにもに。柔らかく揉みしだかれて、それ以上の刺激は与えられない。我慢の限界に達し、ゴロンと寝返りを打ってケンの方へ向き直る。胸から手が外れて一瞬不満げな顔をしたケンは、それでも懲りることなく片手を胸に置き、もう片手でコユキの髪を撫ぜた。くしゃくしゃに乱された髪が目にかかるのが煩わしく、やめてよぅ、と首を振って視界を確保する。ケンは疲労でやつれた顔をゆる、と綻ばせ、喉の奥でくつくつ笑った。
「ほんと、かわいいなあ、こゆき」
〝えっ〟
 ゆっくりと頬を撫でられる。カサカサの手のひらは時々ささくれや肉刺が擦れて痛いが、そんなことはどうでも良い。今ケンはなんと言った?
「おまえがさあ」
〝はあ〟
「ウチにいると安心する」
〝え、ええ……?〟
 おかしい。今日のケンは、絶対におかしい。酒に溺れた時だってこんなあけすけに好意を露わにすることはない。セックスの時だって、ニヤニヤしながら意地悪にコユキを責めたと思うと「わかったわかった、ほらチュー」といった具合であやされる程度。こんな柔らかな顔で、慈しむように触れて愛を囁くなんて初めての経験だった。嬉しい。嬉しいのは確かだが。
〝ど、どうしたのケンさん、やっぱりなんか変です〟
「何が……
〝何がって、ご自分で、ァ、わかりませんか……?〟
「ンー……
〝ひゃ、わ〟
 もぞもぞ、ケンが布団の中にすっぽり潜る。なに、と問う前に更に服を捲り上げられ、下着越しの谷間に顔を埋めてきた。変形した胸に鼻先を突っ込んで顔を押し付けてくる様はまるで母乳をねだる赤ん坊のようで可愛らしいが、添えられた手はいまだにむにむにとコユキの乳を揉みしだいており、すけべな親父ムーブは止まらない。
〝もおっ、お、おっぱいばっかり……
「男はおっぱいが大好きなモンなの。仕方ねえだろ……
〝仕方ないってそんな、開き直っ……ああ、もう〟
 つるっぱげ頭をパチパチ叩く。何度目かの抗議で漸く顔が上がったと思うと、布団の中に引っ張り込まれて唇を食べられた。丸いエナメル質にガブガブとやわい下唇を噛まれ、力が抜けたところですかさず唇が重ねられる。
「ン」
〝ふ、ぁ…………ッ〟
 分厚い舌が唇を割り、コユキの中へ侵入した。固い何かが太ももに当たる。ぐりゅぐりゅと肉を凹ませる楔は布越しでもわかるほど熱く兆していて、こんなに疲れているのになんてお元気な、と感心する。
 いつもならそのまま舌を絡めて吸いあい、しっちゃかめっちゃかのセックスになだれ込むのだが、本日はそれでOKなのか判断がつかない。ケンは今おかしくなっている。素直に甘え、好意を表現し、コユキに睦言を囁きながら体をまさぐる今のケンのどこがおかしいのかと問われると嬉しい限りで説明が難しいが、正常な判断ができる状態では無いのは確かだ。
 ケンは重たく据わった目でコユキを見つめながら、緩く体を撫で回し続けている。
……け、ケンさん? あの、えっちするの……?〟
 一応聞いてみた。夕食は済んでいる。体温は少し高いがこれは風呂と布団、それからふれあいの余韻によるものだろうから正常の範囲。命に関わるような症状はみられないが、それでも。
 ケンは問いかけに答えなかった。ただ、コユキの額にちゅ、と軽く唇を当てる。悪戯を続けていた手が服から抜かれ、また力一杯抱きしめられた。普通の人間なら悲鳴を上げるほどに強い力。吸血鬼のコユキにとって大したことはないが、分厚い胸板に頭を押しつけられながらの拘束は少し息が詰まる。
〝けんひゃ、あの〟
「かわいい、マジでかわいい」
〝ひえ〟
「なんでこんなかわい子ちゃんが俺の事好きなのかわかんねぇ」
〝だ、だからそれは〟
「帰んなよ」
〝え〟
「このまま……
 言葉が途切れる。静かにじっと耳を澄ませていると、落ち着いた心音に混じって深い呼吸が聞こえてきた。この男、散々好き勝手した挙句、眠ったらしい。
 うそでしょ、と呟きながらなんとか身体をずらすと、このままでいろと言わんばかりに力が込められ、さらに重たい足がコユキの体にがっしりと絡みついてきた。まるでコアラの赤ん坊。ぴくりとも動けない。
 眠りに落ちた人間特有の高い体温と、ほっかほかに温められた布団の熱で溶けてしまいそうだ。あたたかくて重たくて、少し息苦しい。全身で「ここにいる」ことを求められている。
 外から聞こえるスズメの鳴き声とケンの心音、重なる深い寝息。全部が夢のようなのに、温度だけはこれが現実だと如実に訴えかけてくる。
……わ、わたし〟

 このまま死ぬのかな。

 異常事態と過ぎた多幸感に困惑しながら、真っ赤な頬に手を当てて冷ました。
 



 葛藤と微睡を繰り返し、漸くウトウトと安定した眠気が訪れてきたところで、体に巻き付いていた腕がもぞりと動いた。
 目をこすりながら体を上にずらすと、まだ眠さの抜けない顔をしたケンと視線がかち合った。
〝おはようございます〟
…………?」
 と、挨拶してみたものの時刻はわからない。この部屋には時計が無い。スマートフォンを見ればすぐだが、どこに置いたのか覚えていなかった。スズメの鳴き声はとうに止んでいる。しばらく前にカラスの侘しい声を聞いたから、おそらく夕方を過ぎているだろう。ケンの起床時間としてはかなり遅い。
 ケンは惚けた顔でのそりと身を起こして大欠伸をした。コユキもようやく体を自由に動かせる。起き上がってぐっと伸びをすると、どこかの骨が鳴る音がした。ほぼ貫徹の状態ではあるが、横になっていたおかげか少し身体がだるいだけで済んでいる。
 ぼりぼりと腹を掻くケンは未だ状況を飲み込めていないらしい。コユキと窓の方とを交互に見て、親父臭い咳払いをした。
〝よく眠れましたか? 体調はいかがです?〟
 顔を覗き込む。まだ目の下にくまが薄く残っているが、顔色は良い。昨日の調子がまだ続いているならVRCへ連行した方がいいかもしれない。VRCには件の吸血鬼がいるはずだ。彼の能力が原因なら解決法もわかるだろう。
 コユキの心配など知らず健やかに睡眠を貪ったケンは、無精髭の育った顎を撫でながら至極不思議そうに言った。
……何でいんの」
〝はい!?〟
 唖然とするコユキをよそに、馬鹿な男は布団のそばに転がっていたスマートフォンを拾い上げてスワイプしながらいつもの調子でお小言をはじめた。
「いやお前、無断外泊はあかんだろう……親父さん怒るぜ。てか腹重てえ……なにコレ……
〝んな〟
「全くお前はいつも言うこと聞かないねえ。今何時?」
〝な……
「うぉ、俺めっちゃ寝てたな……酒飲んだっけ、何時に寝たか覚えてねえ。俺何時に帰ったかわかる?」
〝なッ……!〟
 コユキの方を全く見ず、トントン画面を叩きながら戯言を垂れ流す男に絶句する。
 常なら「そんなこと言ってわたしのこと大好きなくせに〜」と流せるような説教だが、今回はそうはいかない。
 コユキは吸血鬼だ。吸血鬼が自分の獲物と定めたものへの執着心は凄まじい。
 数時間前、ケンはコユキに対して豪速球で愛情を露わにし、コユキはそれを受け止めた。身体と関係性だけではなく、心のもっと奥底の方にあるところの認知が一致した。つまり、ケンは真にコユキのモノになった記念すべき日だった。だというのにこの男、昨日の濃密な交わりをすっかり忘れたらしい。
 正気ではなかったのでは? という疑念はすっかり遠く忘却の彼方で、今は「昨日はあんなに素直に好き好き言ってたくせにどういうこと!?」の思考一色だ。
 怒りはそのまま拳に変わり、プルプルと布団の上で震える。
「うおーあぶね、今日休みだよかったわ。嬢ちゃんは日が落ちたら帰りなさいよ。俺は昨日の件でギルドにちょっと顔出し……っでぇ!?」
 直前に働いた「グーパンはまずい」と言う一粒の理性により開かれた手がしなり、ケンの頬をバチコンと張った。唐突に殴られたケンは目を白黒させている。何も知らないわからないと言わんばかりの態度がさらにコユキの怒りを煽った。腹の底から声を上げる。
〝さ、さいてい!〟
「はあ?」
〝そうやってわたしの心を弄んで楽しいですか!〟
「えっ何、何怒ってんだ」
〝ケンさんのバカ! 昨日はあんなにぎゅってして! 俺のそばに一生いてくれって言って! お、おっぱいさわって! ぐちゃぐちゃになるまでチューして! わ、わたしの事めちゃくちゃにしたくせに! ひどい!〟
「はぃ!?」
 ギョッとしているのがまた腹立たしい。本当に全て覚えていないらしい。とんでもない男である。きっとこうして過去にも女を何人も泣かせてきたのだ。今のコユキと同じだ、好き勝手遊んで捨ててきたに違いない。訳のわからない方向に飛躍した思考は勢いを増し、コユキはポロポロと涙を流しながらケンに襲いかかった。
 待てと突き出された手。この手が無遠慮に、上手に胸を弄んできたせいでやきもきするハメになった。ひとでなしのろくでもない男。けれど優しいし、コユキの作るご飯をモリモリ食べ、美味しいと言ってくれるのはこの男だけ。やっぱり好きだ。大好き。大好きだけど、でも、だって。絡まった糸のように思考はめちゃくちゃ、もうわけがわからない。
 数珠繋ぎに噴出した不安や不満、数時間前に味わったはちみつ漬けの時間とのギャップ。全てをきちんと整理整頓して飲み込むにはコユキは若過ぎた。ポカポカと分厚い体を殴りながら思いつく限りの罵倒を吐いた。
〝けだもの! へんたい! うらぎりものー!〟
「だああイテテ! 待て待て声抑えろご近所迷惑」
〝ケンさんは、わ、わたしのカラダだけが目当てなんだ! すけべ! えろおやじ! ようじょしゅみ! つるっぱげ! 野球拳ばか!〟
「馬鹿野郎でけえ声でなんつーことをおまっいでで」
〝もうしらない! きらい! ばかー!!〟
 罵詈雑言を叫び倒し、窓を開けて飛び出した。ギリギリ日没を過ぎた紫色の空に向かって飛ぶ。

 ばかばか、けんさんのバカ。何もかも全部ギルドでぶちまけてやるんだから。

 家路を辿りかけた体を翻し、新横浜ハイボールに向かって全速力で空を駆けた。



……なんだってんだ本当に……!」
 家に一人残されたケンは、熱を持つ頬をさすりながら慌てて部屋着を脱ぎ捨てた。飛び出したコユキはケンのスウェット一枚の姿。あんな格好、他の退治人ならともかくゴウセツに見つかったら確実に次の朝日は拝めない。 
 適当に服を引っ掴み身につけて、財布と鍵とスマートフォン、押入れに常備しているコユキの着替え一式を鞄に捩じ込んで家を出た。
 コユキの行くところは限られている。心当たりをしらみ潰しに探せばいずれ見つけられるはずだ。アパートの階段を駆け降り、駐輪場に止めたバイクに鍵を差し込んだところで、ギルド支給のスマートフォンがブルブルと震えた。着信元は限られているしほぼ9割はギルドマスターだ。画面を見ず応答する。
「んだよ!」
「よ、お前大丈夫?」
「だいじょばねえよ声で察しろ!」
 予想通り、声の主はカズサだった。アイドリングしていたバイクのエンジンを切り、すぐ出られるようヘルメットを手にしたままイラつきを隠さず怒鳴る。全く怯む様子のないカズサはヘラヘラと笑い混じりに「だよなあ」と返してきた。腹が立つ。
「イヤね、お前昨日おかしかったってヒナイチに聞いてよ」
「は? どこが」
「自覚なしかァ、まあそーだよな。そんで今ちょーどVRCから昨日の吸血鬼の能力について連絡があってな」
「は? あのあんちゃん能力持ちか!?」
「らしいぞ。効果は短いが『欲求のタガを外す』ってタチの悪い催眠の持ち主らしく」
「あーだから周りにいた下等吸血鬼どもが沸いたんか……
 昨夜の記憶は曖昧だが、仕事のことははっきり覚えている。酒に酔った吸血鬼の若い男と店員が殴り合いの喧嘩になっていたのを止めたのはケンだ。めちゃくちゃな殴り合いの間に入ったせいで吸血鬼のほうから一発もらったが、拳自体大した威力はなく、すぐに捻り上げてVRCに移送した。その後、喧嘩になっていた店の近くからアブラムシが大量発生するわスラミドロが出るわで援軍を呼んでの大騒ぎになったのだ。
 吸血鬼の若者は自分が無能力者であることを憂いて酒に溺れていたらしいが、その実うまく扱えていなかっただけということらしい。
「多分なー、そんでお前、ばっちり浴びてたっぽいって聞いたから諸々大丈夫だったかな〜と」
 ぴたり、全ての動きが止まる。カズサは確か、『欲求のタガを外す』と言ったか。
 
 帰宅した頃から薄い記憶、コユキのあの態度。

『俺のそばに一生いてくれって言って! お、おっぱいさわって! ぐちゃぐちゃになるまでチューしてきたくせに!』
『けだもの! へんたい! うらぎりものー!』
『ケンさんはわたしのカラダだけが目当てなんだ!』

 ドッとイヤな汗が吹き出した。覚えていないが恐らく、いや確実に何かやらかしたらしい。
「か、ずさ、おいコユキがギルドに来たら確保して」
『カズサさん! ねえ! 聞いてくださいケンさんがー!』
『おお、今来たね』
 最悪である。スピーカーの向こうではコユキが大声で有る事無い事叫び散らしているのが聞こえる。問題は、本当に無い事が含まれているのかどうかだが、ケンには記憶がなく、言い訳しようにも材料が無い。コユキのヒステリックな訴えに続き、ヒナイチの叫び声、それから半田とサギョウの怒号まで聞こえてきた。今日のシフトを考えると熱烈キッスも居る。タイミングもメンツも最悪だ。
「カズサ頼む後生だからそいつ黙らせてくれ5分で行くから」
「ゴムした?」
「し……ッしたわ! いつもしとるわ! いやちげえ今日は多分ヤってねえ!」
「ウーン説得力皆無」
「部下信じろ馬鹿ヒゲ!!」
「とりあえず俺にできる限りがんばってみるけど期待するなよ。オーイコユキちゃん、なんか飲むかいケンのツケで」
 ここまで信用できない「できる限りがんばる」があっただろうか、いや無い。震える手で通話を切り、バイクのエンジンをかけ直す。酒で記憶を失い財布を無くした事も、全裸で街を駆けて逮捕されかけた事もあるが、どちらもここまで肝が冷えることはなかった。臓器が全て氷に入れ替わってしまったかのようだ。
 コユキに対し、常々ブレーキをかけて接している自覚がある。小娘は吸血鬼、こちらは人間の中年親父だ。入れ込んだところで二十年もすれば高齢者。動けなくなって捨てられる哀れなジジイとなることは目に見えている。だからこそ、身体の関係はあっても節度を持ったオツキアイを心がけていたのに、たかが吸血鬼の能力一つで全てが台無しになったかもしれない。
「うぁー……怖ェ……
 どんなに恐ろしくとも行かねばならない。ケンは退治人。吸血鬼が起こす騒ぎを収めて市井の皆々様を守るのが仕事である。ヘルメットのバンドをパチンと止めてアクセルを捻った。
 自制をなくし、欲求を優先する催眠なんてとんでも無いテロ行為だ。やってくれる。VRCに殴り込みたいが今優先すべきはギルドで喚き散らしている雌蝙蝠の確保だ。
 幸い居場所は割れている。次にすべきは釈明か、謝罪か、それとも切腹か。

 ズッシリ重たい腹をさすり、よろけそうになるバイクを必死で走らせた。