フリンズさんに夢の相談をする話


「最近、夢見が悪いんですよねぇ」

 そんな話をした相手は、フラッグシップで偶然相席したフリンズさんという人だ。その日は少しお店が混んでいたので、店員さんから「相席は可能か?」と声をかけられた。ボックス席を一人で使わせてもらっていたので「どうぞ」と答えると、思わず見上げるほどの背丈の美形男性が相席相手となるとは……ナシャタウンは凄いところらしい。
 簡単な挨拶を済ませて静かにしていようと思ったのだが、彼の方から話しかけられるとは予想外だった。人好きのする性格なのかもしれない。
 
「先ほど、こちらに座らせてもらう前にため息を付いていたようですが、何かお困りごとでも?」
 そして、彼はよく人を見ている。人間観察が趣味の人とかいるし、その類なのかもしれない。
「そうですねぇ……最近、というかこの街に旅行に来ているのですが、到着した夜から夢見が悪くて夜寝るのが少し怖いんですよね」
「おや、それは大変ですね。――例えば、どんな夢を見るのでしょうか」
 こんな話笑われるだろうと思っていたのに、共感してもらえるとは。フリンズさんは変わった性格のようだ。「話していただけるのであれば、ですが」と後付けもしてくれる気遣いもある。
 一期一会というやつだ。「別に構わないですよ」と返して、少しだけ話すことにした。

「うーん……毎回同じ内容では無いんですけどね。例えば、街中で見かけた猫を追いかけたら、知らない場所に出てしまって迷子になるとか。ワイルドハント?とやらに散々追いかけられて走らされる夢はちょっと大変でした」
「なるほど、他には?」
「えーと、あぁ昨夜は落とし物を探す夢だったんですけど、ずっと歩き詰めだったのに結局見つからないまま起きる……みたいな」
 自分から話してみると、そんなに怖い夢じゃなかったかも?と思い始めた。私が気にしすぎていただけ、かもしれない。
「人に話してみたのは初めてなんですけど、言葉に出してみたら……そんなに怖い夢じゃないかもですよね。心配かけてちゃって……あれ?」
 話しながら自然と下を向いていた顔を持ち上げると、彼は神妙な顔をしながら手を口元に当てて悩んでいるようだった。
……そ、そんなに考えていただく必要は、ないですよ?」
「あぁ、いえ。……話して頂いて、ありがとうございました。とても参考になりました」
――参考? 何の話?」
 私はそう聞き返したが、彼はニコリ、と笑うだけで何も言わずに手元のお酒を飲み干し、店員さんに声をかけて追加注文をしていた。そういえば聞くタイミングなかったけれど、フリンズさんは何の仕事してる人なのかな。たとえば、稲妻に居るっていう夢専門の心理療法士さんとか?そんなわけないか。

 少ししてからフリンズさんが注文したお酒が届いた、と思ったら私の前にも「どうぞ」と可愛いカクテルが置かれる。
「これは……?」
「興味深いお話が聞けたので、そのお礼ですね」
「お礼を言われることなんて話してないけれど
 うーんまぁいいか。たくさん話して喉も渇いたので、頂いておきましょう、とグラスを傾けて一口飲む。あ、これ甘くて美味しい。
「少し……お節介を焼いてもよろしいですか?」
「えっ?」
「僕はこの街で、ライトキーパーという職に就いています」
「あ、聞いたことあります」
「そうですか、ありがとうございます。それで、お守りのようなものを丁度持っていまして」
 そう言ってフリンズさんが何処かから取り出したのは、小型の飾りランプだった。装飾が可愛い手のひらサイズで、小さな青い炎が揺らめいている。
 
「こちらのランプを宿泊先の部屋に置いていただくと、夢見の悪さが軽減できるかもしれません」
「えぇ……?」
 そんな眉唾な話がある……?とは思ったものの、揶揄うようなことは言わなそうな人なんだよね。
「僕は明日の夜もこの店に居ますので、一晩だけでもお試しされてはいかがでしょうか?」
「うーん……
 もう会わないつもりで話した夢の話なのに、と少し悩んだが……真剣に聞いてくれて、考えてくれたフリンズさんを、少しだけ信じてみることにした。
「わかりました、明日夜にお返ししますので、今夜だけこのランプをお借りしてみますね」
「えぇ是非、どうぞお持ちください」
 受け取ったランプは、不思議と熱さを感じることはなかった。


 ***


 ――その夜、また私は街の中を走っていた。
 あぁ、これはまた夢だな……と分かる感覚があり、今日は誰かに追いかけられている夢のようだ。知らない街を走っているのに、なぜか道が分かる。このまま進めば、安全な場所に行ける――

――それ以上進んでは、いけませんよ」

 服の後ろ襟をクンっと引っ張られた感覚があり、立ち止まる。振り返ってみたが誰もおらず、追いかけていた何かも、もう近づいて来ていないようだ。……今のは、誰の声だったのだろうか。聞き覚えのあるようなと少し考えてからもう一度前を向く。
「え?ど……どうして……
 進もうとしていた道が、場所が、蒼い炎に灼かれていた。
 あのまま進んでいては、私はどうなっていたのだろうか。そう考えた途端に体が震えて、その場でパタンと座り込んでしまった。
 全てが焼き払われ、蒼い炎が少し収まってきたところで、フッと意識が途切れたように床に倒れ込んだ……が、倒れたはずなのに痛みは無く、むしろ柔らかい何かに支えられたような感覚だった。
「どうぞ、今夜こそ良い夜を――
 また、聞いたことのあるような声が、遠くから聞こえた気がする。けれど、この声は誰だったのだろうか。


 ***


 ――次の夜のフラッグシップ。
 約束した時間にお店に向かうと、フリンズさんがカウンター席に座っていた。手招きされているので、そちらに向かうことにする。「どうぞこちらに」と促されて席についてから、忘れないうちにと飾りランプを取り出してお返しすることにした。
「昨夜はランプをお貸しして頂いて、ありがとうございました」
「いえいえ。それで、結果はいかがでしたか?」
「はい、なんか夢は見たと思うんですけど……あまり覚えてないぐらい、ぐっすり寝まして気づいたら朝でした」
 あははと苦笑いしながら、そう答える。悪夢を見たのか見てないのか、答えられないのだから仕方ない。
「よく眠れたのなら、もう大丈夫でしょう」
 優しく笑みを浮かべるフリンズさんが、何を根拠にそう答えているのかは分からない……。しかし、昨日よく眠れたのは事実なので、今夜もよく眠れる可能性は確かにある。……うん、それで良いということしよう。

「昨夜と同じカクテルでもよろしいですか?今夜からの貴女の夢が良きものになることを祈って、乾杯しましょうか」
……はい!」
 注文したお酒が届いてフリンズさんと乾杯し、他愛のない話をしながら、ふと思う。
 
 …………昨日の夢の中に、フリンズさん居なかった?



『貴女の良き夢の一助となれたならば、』