はらす
2026-01-22 23:10:33
753文字
Public バチ
 

20250102チヒ柴  山の正月

2025/01/02チヒ柴  チヒ柴カルタに提出したものでした。ありがとうございました。

 短いトンネルを抜けると、遠くの雪原に黒ゴマのような黒点が見えた。少年の坊主頭だ。正月の薄い雪を踏みしめながら、酒の瓶を割らないよう足元に気をつけて道を進む。雪国ほど積もってはないが、山は土が冷たく凍っているから滑らないよう注意する。下ばかり見ながら歩いていると、運動靴が見える場所まで辿り着いた。俺が来るのが分かっている日は、この木の下にいることが多い。約束をしているわけではない。
「待った?」
「全然」
 全然、という返事が食い気味で、待ち構えていたのが分かる。それが面白くて、ついついカップルの待ち合わせみたいな台詞を言ってしまう。今日の返事も早押しクイズみたいに早かったな。「はい!チヒロ君!今日も早かった!」自分の脳内突っ込みに小さく笑う。隣のチヒロ君が怪訝な顔で俺を見上げた。
 今日、餅は食えるんかな? まだあるよ。六平が正月になる前に全部食い尽くしてるかもしれんて思って。ちょっとね、危なかった。危なかったんか。俺が正月の分を隠しておいたから大丈夫。へえ、流石やな。
 笑いながら、二人並んで歩いた。話が途切れると、チヒロ君が手を伸ばしてきた。いつものやつだ。手を合わせて指を絡め、少し遠回りをして山を登る。手を繋いでしまうと、なぜか喋れない。今年もよろしくな、と言うのも恥ずかしく、代わりにギュウと手を握る。チヒロ君は即座に強く握り返した。これも食い気味だ。
 「柴さん」「ん?」きゅきゅ、と雪を踏む音が森に響く。雪の音に混じってチヒロ君が硬い声で言う。
「柴さん。俺、今年で十五歳になるから」
 分かった、と言うべきか、十八まで待ちや、というべきか、分からないまま「そう」とだけ返した。
 
 そうか。「大人になったらな」と答えた日のことを、君はまだ、覚えとるんやな。