2026-01-22 22:21:33
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原作終了後やっと落ち着いて色々気づくファイさん

 一通りこれからの住処を見て回ったファイは、ダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした。向かいでは熱心に小狼とモコナが、というより主に小狼が、配布されていた観光客向けのガイドブックを読み込んでいる。あれほど真剣に読まれるなら、平積みされていた冊子もそれを手掛けた人も本望だろう。
 その先のソファでは黒鋼が我関せずといった体で、いつ購入したのかわからないマガニャンを眺めていた。二種類の紙を捲る音を耳にしながら、小さく息を吐く。

 熱い紅茶が飲みたいなぁ。湯気を纏うよく親しんだ香りを嗅いで、他には何も入れずに淹れたての紅茶を楽しみたい。そこに控えめなサイズの焼き菓子があればなおいい。
 一度思い浮かべると頭から離れなくなってしまって、ファイは仕方なく立ち上がった。気候は穏やかで上着の必要はない。金銭もここに来てすぐ換金を終えたため大分余裕がある。今まで居た国は、なにせ物資には困らなかったので。



 ひとつ前の世界は降り立った瞬間、住人を探すのは骨が折れそうだと容易に想像がつくほど山深い土地だった。落下地点から比較的近くに打ち捨てられた山小屋を見つけ、野宿を免れただけ幸運だといえる。ありがたくそこを拠点とし、モコナの応援を受け道中仕留めた獣を捌きながら、ファイは辺りを散策する黒鋼と小狼を見送った。
 一行の予想通り、山を下った先には小さいながらも人里があったという。帰ってきてそう話す二人は、なぜか新鮮そうな野菜を山ほど抱えていた。聞けば二人の留守中、ファイの手と魔法によってすっかり肉と毛皮とその他になったそれは、近頃田畑を荒らしていたお尋ねものだったらしい。その礼として、何の情報もないままここへやってきた旅人に土産を持たせてくれたとのことだった。正直なところ、親切心から見るからに健康的なこの二人に食べ物を持たせたくなる気持ちは、ファイもちょっと理解できる。
 運良く得た肉と野菜が、その日以降の食事に大いに活用されたのは言うまでもない。

 そうして数日に一度山のふもとへ向かい、原始的かつ効率的な物々交換によって暮らしを整えながら、意外にも平穏で充実した日々を過ごした。人里の様子を見る限り魔法はなく、おまけにファイの持つ色合いはひどく目立つだろうという理由で、残念ながらモコナと共に留守を預かるばかりだったが致し方ない。
 その日仕留めた獣類を軽々と担いで山を下りていく黒鋼の姿があまりにしっくりきているのがおかしくて、ファイが笑いをこらえきれなかったのは余談である。もちろん感づかれてちょっぴり痛い目を見た。



 あれはあれで楽しかったが、今までの自分の生活習慣に近いのはこの土地の方だろう。旅に慣れたつもりとはいえ、身近な文化圏に立ち寄ると改めて小さな安心感を覚えるのも確かだった。これからはもちろん、食材を狩りの報酬として得るわけにもいかない。となれば街を見て回るついでに買い出しを行った方が良さそうだ。渡されたばかりの現在の住処の鍵を持ったことを確認すると、思い思いに過ごす彼らに声を掛ける。
「ちょっと外出てくるねー」
 振り返ると返事よりも先に、音もなく腰を上げた身体が見えて、ファイは思わず目を瞬かせた。忍者というだけあって、黒鋼はその大柄な体躯に反して静かに動く。時々心臓に悪いくらいに。
 意図が掴めず、ただ隣に立つ彼を見上げて首を傾げた。相手もこちらを見ている。

……んん?」
「何やってんだ、行くんだろう」
 今にもファイに先んじてに玄関に向かってしまいそうな姿に、慌てて声をかけた。
「えー……、えっと黒様、オレ一人で大丈夫だよ。ちょっと近く見て回って、お茶でも買ってこようかなーって思っただけだし、ね?」
 むしろ一人で歩いて考えを整理しようと思っていたくらいである。それなのに笑って言葉を続けても、黒鋼は全く動かない。小狼たちに助けを求めるが、「気をつけて」の言葉と一緒に可愛らしい笑顔が返ってくるだけだ。なぜか微笑ましそうな顔にすら見える。
 案の定痺れを切らして歩きだしてしまった黒鋼の背を追いながら、ファイは想像していたのと異なる展開に困惑した。
「黒ぽん?」
「どうせあれこれ見てるうちに色々揃えようとして、持ちきれなくて諦めて帰ってくんだろ。なら最初っからついていった方が早え」
「そっ、んなこと、……ちょっとはあるかもしれないけどー」
 お茶と今日の夕食用に出来合いの料理を……と考えていたが、そう言われると食材だとか日用品だとか、次々に購入しておきたい物の候補が挙がってくる。
「でもわざわざ……
 来てくれるなんて一体どうしたの? そう言いかけてファイは口ごもった。



 以前は一体どうしていただろうか。旅の途中、桜都国あたりからファイは皆の食事の準備などを積極的に担当するようになり、それゆえ買い出しを黒鋼たちに頼む機会がたびたびあった。もっとも、そのやりとりは東京に着くまでのことだったが。
 あの時はファイ自身がこれ以上周囲との関わりを持たないようにしていたし、そもそも自身の体質が全く別のものへと変容した影響もあった。同行者たちの関係は大きく変わらざるを得ず、そもそも立ち寄った国がそれほど安定していなかったせいもある。理由は一つではないが、そういった時間はすっかり過去の思い出になっていた。
 セレス国を経て日本国へ辿り着いてからは、色々変化した間柄も随分落ち着いていたものの、城の人々に世話になったためにそもそも日常の雑事をする必要がなかった。玖楼国でも同様だ。

 これが普通だったっけ? そもそも「普通」とはなんだっただろう。久しく身を置いていなかった状況を前にして、よくわからなくなる。
 当初こうあるべきと決めていたはずの枠組みは、よりにもよってファイ本人が踏み越えてしまった。思えば黒鋼は旅を続けるために必要なことだと認識しているのか、最初の方から文句は言いつつも協力自体はしていてくれた気がする。生活自体は平和だった桜都国、ピッフル国なんかはなおさらだ。
 だからこれも、「普通」の範疇として受け止めていいのだろうか? それにしたってなんだろう、この違和感。



 考えはまとまらず、唐突に甘やかされたような居心地の悪さだけが残る。
「黒様、その……、ありがとね」
 もごもごと礼を述べると、黒鋼は鼻を鳴らした。
「酒も買うぞ」
 黒鋼の中ではすでに決定事項なのだろうなと思いつつ、ファイも否やはない。前の世界で働いてくれていた分も含め、好きな酒を選んでもらっていいくらいだ。
 玄関を出て、いくつかの道を渡り大通りに出た。向かいからゆっくり走ってくる自転車を避ける前に、ぐいと引っ張られ車道とは反対側へ追いやられる。多少乱暴だがエスコートのようなそれに、突然思考回路が繋がった。
 ――守られている。
 生命の危機を感じる場面でもない、ごくごくありきたりな「普通」と呼べる日常の中で。そのうえもしかしなくとも、小狼たちに察せられるレベルで気を配られ、なぜか大事にされている。それも今に始まったことではなく、多分、結構前から。

 顔が熱い。何事もなかったかのように車道側を歩く男にもう何も言えなくなって、ファイは不機嫌な猫みたいに小さく唸った。感情がこみ上げるまま、隣にある脇腹をぺしんと叩く。
「いってぇな、何すんだ」
 痛くも痒くもなさそうな、むしろ上機嫌な声が返ってきた。恨みがましく睨みつける自分に構わず、黒鋼はいやに楽しそうに目を細めている。
「いい気味だな」
 ファイにだけ聞こえるよう低く囁いた男が、にやりと笑った。

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「あっこいつ今更気づいて照れてんな」と思う黒鋼さん(好きな子は大事に守りつつちょっと意地悪するタイプ)