しったか
2026-01-22 11:44:58
4743文字
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パーバソワンドロライ:お題「はちみつ」

@pb_one_
お題:はちみつ(事前作成 1h+6h)
ゲスト:円卓男子の皆さん&メイヴちゃん(名前だけ)
パーバソ成立済み、剣ス視点
※有名コピペから引用したくだりがあります

 凛々しく屈強な騎士が、その背をちいさく丸めて泣いている。切なる恋に破れたかのようにさめざめと、パーシヴァル卿が涙している。
 否、破れたなどとんでもない。むしろ熱愛真っ最中であることも、もとよりパーシヴァルが涙もろいことも、円卓の仲間内では周知の事実である。
 それゆえに、みな息ができないほど笑っていた。ガウェインにトリスタン、頼みの綱のベディヴィエールまで笑っていた。笑っていないのは当のパーシヴァルと、これ以上ないほど眉を下げたランスロットだけである。
「わたっわたしっほんとにっほんとにかれをあ゛ッあいしてるんれすけろッ」
「わかったわかった、誰も疑っていないとも」
 慎み深い彼が呂律も怪しくしゃくりあげている姿に耐えかねて、ランスロットはぎこちなく宥める。しかしパーシヴァルは回らぬ舌で何事かを呟くばかりで、いっそう激しく泣き伏してしまった。薄情者たちの笑い声がますます高くなる。
――違うのです。悲しいのでも誰を責めているのでもない、ただ彼を想ったら胸がいっぱいになってしまった、だそうで。合ってます?」
 唐突かつ流暢な通訳の登場に、震える後頭部がこくりと幼気に頷いた。
 ランスロットは呆気に取られてトリスタンを見る。今の今まで美しい髪を振り乱してヒイヒイ笑い転げていたはずの男は、誇らしげに胸を張っていた。やや目の据わったベディヴィエールがおっとりと、あなた本当に耳がいい、と暢気に感心している。
「卿の馬鹿デカい胸をはち切れさせるほどの愛、実に謳い甲斐がある。もっとお聞かせなさい、なんならその嘆きをそのままサンプリングします。私にとっても挑戦的な試みとなるでしょう」
 やけに饒舌なトリスタンの言葉の端々に棘があるのは、いつぞや移り気を咎められた仕返しか。待望の新譜としてベスト・オブ・パーシヴァルを発表予定なのか。
 残るガウェインは俯き加減でずっと黙りこくっている――と見せかけて、必死で笑いを堪えている。真剣な想いを露骨に笑ってはならぬと戒めているのだろう。しかし微妙に堪え切れていない。彼が肘をつくテーブルは地震かと思うほどに揺れていた。
 顔を覆って泣いているパーシヴァルがそんな周囲の気配に気づく様子はない。ただ素直に、トリスタンの要求に応じようと不明瞭な嗚咽を漏らす。
「あいするかたのこころをいただけてッ、それをっそれをよろこんれくれる友がいてぇッ……ほん、とにっうれしくってえ……!しあわせでっ!」
 テーブルの揺れが激しくなった。体感で震度4程度か。得てして酔っ払いの繰り言は、本人が大真面目であればあるほど面白いのだから困ったものである。
 円卓男子飲み、と称した気心知れた身内の集まりだ。酔った誰かが馬鹿をやれば、笑いの箍など弾け飛ぶのは当然のこと。
 ただ、この惨状の一因は自分にある――そう思えばいまひとつ、パーシヴァルの狂態を〝馬鹿〟とは一蹴できなかった。
 何しろパーシヴァルをしてこれほど酔わせしめたのは、ランスロットが持ち込んだ蜂蜜酒である。そしてその出所がコノートの女王メイヴでなければ、ランスロットとて今頃無邪気に腹を抱えて笑っていただろう。
 共にセイバークラスの戴冠戦に出撃するうちに何やら気に入られたらしく、彼女曰くのお裾分けを賜ったのである。畏れ多い贈り物を笑顔で拝受しながらも、当然ランスロットは警戒した。ケルトの伝承における蜂蜜酒は、惚れ薬や精力剤――つまりは媚薬である。
 魔術やスキルのアレソレはなし、メイヴちゃん謹製の最高級ミードよ、という水着姿の女王直々のお言葉を疑ってはいない。ただ、添えられた蠱惑的なウィンクにはどうしても悪い意味で心が揺れた。魔性の女の毒や妖術のたぐいは、円卓の騎士たちの逸話に直結する鬼門である。たとえメイヴが意図せずとも、些細な要素がどれほど増幅されるかわからない。
 飲むべきか、否か。悩んだ末にランスロットはマーリンとダ・ヴィンチを頼り、真に無害な蜂蜜酒であると太鼓判をもらってようやく封を開ける決心をしたのである。
 無論、入手の経緯については飲み会の参加者全員に打ち明けている。
 そうしてようやく口をつけた酒の味ときたら。それまでの懊悩を蕩かすほどに美味かったのだから、その時既に何らかの箍は外れていたのかもしれない。
 極上の美酒にはしゃいだ騎士たちが求めた肴は、今をときめくパーシヴァルの惚気話だった。
 音に聞こえしサー・パーシヴァルも、ひとたび戦場を離れれば可愛い後輩騎士のひとりだ。まして恋知らぬままに世を去った彼が、年上――あるいは超年下の伊達男に夢中と知りながら根掘り葉掘り事情を聞かないなど、信条に反する行いですらある。
 集まりの中で最も年若の騎士をからかって、遊ばれる当人も満更でもなく気恥ずかしそうに先達へ助言まで求めて、その眩しき純情にきゃっきゃと盛り上がるむくつけき男ども。何の憂いもない、滑稽で楽しい席だった。麗しい貴婦人の厚意にあらぬ疑いを抱いた己を、ランスロットがひそかに恥じた頃――パーシヴァルがおいおいと泣き出したのはその矢先である。
 素晴らしく美味いだけの蜂蜜酒。それは恋知らぬ、と定義されている男に対してのみ、どうしたわけか効果覿面だった。
 恋知らぬ、どころか――むしろ現在進行形で恋に燃えているからこそ、その焔にガソリンをぶちまけるがごとき影響を受けてしまったのかもしれない。
 酔いによる醜態の罪は酒でもその造り手でもなく、飲んで飲ませた人間にある。責任を感じて肩を落とすランスロットの前に、ぶるぶると揺れるグラスが突き出された。今なお笑いを堪えているガウェインである。その震えが泥酔によるものなら杯を取り上げてやったものを、と溜め息混じりに酒を注いだ。
「まったく、君まで……あまり笑ってやるものじゃない」
「何を言うのです、酒の醜態などむしろ笑い飛ばしてやるのが情というもの。トリスタン卿の新曲も待ち遠しいですし」
 私も加勢しましょう、と一気に杯を呷って喉を潤す快活さを、ランスロットはただ胡乱な視線で眺めた。彼は言い出したら止まらぬと知るがために、腹を括って静観を決める。
 こみ上げる笑いを押し殺すような深呼吸をひとつ。吐く息の緒は既に震えていたが、果たして。
「泣いてしまうほど、大好き、なのですねっ?」
「らいしゅきれすうぅ……
「あっ無理です。っく、ふは、ふははははは」
 むずがる赤子のような呟きに、ついにガウェインは陥落した。どこぞのファラオのような哄笑を響かせテーブルに突っ伏した太陽の騎士に代わり、トリスタンが追撃する。
「この飾り気のなさこそは武器。彼の人からどれほど愛しているかと尋ねられたら、いっぱいちゅき、と伝えるのがよろしいでしょう」
「いっぱいちゅきれす……
「おお、打てば響く」
 揺れは震度5強ほどに達した。そろそろテーブルの脚が折れるかもしれない。
 気づけばベディヴィエールがそそくさとグラスと酒瓶を卓上から避難させていた。彼はまことよく気が付く働き者、執事の鑑である。そんな男の親友である愛の詩人は何を思ったか、その腕から空き瓶をひとつ取り上げた。
「ちょっと、それ空ですよ。一滴も残っていませんって」
 ベディヴィエールの小言を珍しく無視して、トリスタンはパーシヴァルへ視線を向ける。
「パーシヴァル卿」
「っぐす、ぅ、はっ、はい」
「卿が深酒など珍しいから、バーソロミュー殿が様子を見に来てくださいましたよ」
 洟を啜りながら身を起こしたパーシヴァルに、トリスタンはしずしずと空き瓶を差し出した。
 ――なんだそれは。
 どう突っ込んでいいかもわからない奇行を訝しんだのは、ランスロットだけではなかった。テーブルの揺れはぴたりと収まり、食器と酒の安全を確保して鷹揚に笑っていたベディヴィエールでさえ、ぽかんと友を凝視している。
 パーシヴァルは受け取った瓶をきょとんと見下ろした。彼が愛する灼けた肌を思わせる――たぶんきっと思わせるのではないかと思う――焦げ茶色のガラス瓶。
 不思議そうに瞬いていた眦が、ふいに固く強張った。
 みるみるうちに両目を水の膜が覆い、大粒の涙が音もなく頬を転がり落ちる。
震える指先がボトルの首をなぞる。大きな手のひらが肩の傾斜にあてがわれ、なだらかな輪郭を確かめるように両手で包む。巣から落ちてしまった雛鳥をすくいあげるような、そんな仕草だった。
 糸を張るような沈黙に、唾を飲んだのは誰だったか。
 涙に濡れてわななく唇が、バーソロミュー、と紡ぐ。
――なぜこ、こんなにっ、こんなにやせて……!?あなたのたくましい肩が、なッ、なで、なで肩に……っ!」
 ガウェインが椅子から落ちた。テーブルは無事であった。
 声も出せぬほど笑っているベディヴィエールに左腕でばしばしと背中を叩かれながら、トリスタンが支給品の携帯端末を取り出した。自覚は薄かったが、ランスロットも相当酔っていたらしい。なぜかRESISTという青い文字が二人の頭上に浮かんでは消えるし、ぴこん、とカメラアプリが録画を始める音はろくに聞こえなかったし、酒瓶を抱き締め慟哭するパーシヴァルにカメラが向くのを止める理由だって、まったく思いつけなかった。




 後日、ランスロットは再び酒の贈り物に恵まれた。
 コノートの女王の次は、大海賊団の船長――渦中のバーソロミューから、台車に載せて運ばれてきたワインを樽ごと一つである。
「動画を送ったのはトリスタンだろう? 私は、何も」
「元を辿れば我らがグランドセイバー殿の武勲あってこそ、さ。サーヴァントなのに筋肉痛になるほど笑わせてもらった感謝のしるしだ、どうか受け取ってほしい」
 その理屈でいくとバーソロミューは誰よりもまずパーシヴァルに感謝すべきなのだが、こんな大仰なお返しを用意するくらいだ。どうせ当人たちの間ではとっくに、何かしらの合意がなされていることだろう。
 仲睦まじくて何よりである。ランスロットは頬を緩め、フレンチオークの艶やかな木目を指先でこつりと叩いた。
「武勲の褒美とあらば受け取らぬわけにはいくまい。ありがたく頂戴しよう」
「私はワインはよくわからんが、味は保証する。神父殿のお墨付きを薦めてもらってね」
 略奪品ではないのでご安心を。
 あっけらかんと添えられた海賊ジョークに苦笑しつつ、台車ごと大樽を受け取る。率直に、ワインは嬉しい贈り物だった。本物の神酒から異国の銘酒までさまざまな美酒を味わう機会はあれど、結局は生前から知る味がもっともランスロットの舌に馴染む。
「今夜にでも皆で味わいたい、が……
 バーソロミューはそういう気配りにも優れてうんぬん――と惚気ていた、幸せな男の顔が脳裏を過ぎる。ランスロットはわずかに眉を下げて口を噤んだ。酔いが醒めた頃には可哀想なほどに赤面していたパーシヴァルだ。金輪際酒を断ったとしてもおかしくはない。
「パーシヴァルは、顔を出したがらないかもしれないな」
「その時は――差し支えなければ、私を誘ってくれたまえ。私も君たちから彼の話を聞きたいし、気づけばすっ飛んでくるだろうさ。それに」
 彼――酒が入った方が盛り上がる質のようでね。
 にやりと笑うバーソロミューの肩は船乗りらしくがっしりと広く、頼もしい。これが痩せこけてなで肩になってしまうのは、確かに悪夢に違いなかった。
 今になってようやくこみ上げてきた笑いに、ランスロットは慌てて頬の内側を噛む。果たしてあの蜂蜜酒は、彼らにとっては確かに媚薬だったのかもしれなかった。