ortensia
2026-01-22 10:54:00
5119文字
Public カトマク
 

カトマク(?)※かなりパラレル

小説家×モデル。よろしくお願いします。

 だる。
 しがない物書きである自分が、なんで顔営業みたいなことしなきゃなんないんだか。
 ファンなら実際に会ってみたい、話してみたい、握手したい。んなん免罪符になるかよ。
 人気モデルだかなんだか知らんけど、そんな人脈とかコネとか、なんにせよ一方的なもんなら鬱陶しいだけだ。
 まじでだるい。それに従わなきゃならない、社会の歯車の部品でしかない、自分の立場も。隠居した世捨て人みたいに人と会わない生活をしているのに、結局。小説家も面倒くさい人付き合いとは切っても切れない。
 こんな面倒事になったのは、そのモデルが俺の小説のファンだと言う話からだ。
 スーパーモデルの名はマックス。俺もテレビやネットでその顔は知っている。綺麗な男。強化人間でもサイボーグでもなくて、自前の金髪、それから白い肌にそばかすを乗せて、常に笑い顔の緑の目。触れ込みは天使。天使って、まだ一つの星から出られなかった人間が、宇宙の人間をそう呼んでたって話だったはずだが、これは物書きの考えなのだろうか。
 マックスはモデルが本業のはずだが、テレビドラマにも出演していた。セリフがあまりない役が多く、神話的な美しさの表現として使われているようだった。マックスの本質は、その表現とは違ってとてもお喋りだった。トークは軽快で、外見とギャップのある言葉は、それはそれで人気があった。ただやっぱりモデルとしての彼から声は聞こえて来ないので、人気モデルでも社会に良いように扱われる歯車の一部なのだ。
 そしてそのマックスの止まらないトークは何処からネタが来るのかと問われ、彼は自身が読む本からだと答えた。神秘的な美しさの男かと思えばお喋りで、頭の軽い男かと思えば読書家だった。随分と食えない奴、一筋縄ではいかなさそう。それがまたマックスの人気に拍車をかけたようで、彼の愛読書として挙げられた俺の本が、副次的効果として飛ぶように売れた。なんだそれ。
 別に自分の実力だけで売れたかったとか、作家のプライドとかもどうでも良くて、ただ自分が生活出来て、ちょっと妹に仕送りする金があれば、それで良かった。ただなんか、社会の仕組みを見てしまったというか、見たくなかったものを実体験として見せられた気持ちは、自分の生み出したものが、本当にただのモノとして取り引きされていることにうんざりした。モデルのマックスが読んでたから、人気の著名人が持ってるから、誰かと同じものの共有、そういう道具としての扱いは、流石に読者の想像に委ねるの範囲外だろ。
 でも自分だって本当は、創作のことを自己満足の道具だって思ってる。保守的な考えの父に対して、男だって家で本読んでたって良いだろと反抗した。サイボーグになって協力な腕が付いたからって、父親のような暴力的な人間として生きるつもりはさらさらなかった。だからこんな生活をしている。世の中には、サイボーグ化した方が疲れないやら情報処理に長けてるという理由で、わざわざ小説を書くためにサイボーグになる奴もいるらしい。自分もサイボーグなのは公表しているが、俺はそこまでではないし別の事情だった。自分にとっては創作も、機械の腕も、自分の道具だ。
 ただそれは、社会が自分のことを道具のように扱うのは、また違うんじゃないか。
 俺の小説が出てる出版社の、お偉いさんの編集者がマックスのファンらしく、こちらを引き合いにマックスとの軽い食事会がセッティングされてしまった。食事自体は軽いものでも、気は重い。俺は餌に使われただけであり、お偉いさんにとっては不要な存在だ。正に道具。
 しかし、実際の食事会に現れたのは、思っていたマックスの姿ではなかった。マックスが座っているはずの席には、テーブルの上にピコポが一台。持って来たのはマックス側のモデル事務所の人間みたいだが、なぜ。こっちの編集者も困惑している。
 電話が鳴った。それをモデル事務所の人に、取るように促される。え、俺が出るの。わけがわからないまま、電話に出る。
……もしもし?」
「あ、カート?小説家のカートせんせえ?俺、マックスです!初めましてー!わー、感激!」
 マックスだった。テレビやネットでも聞いたことのある、ちょっと軽薄な感じの声。
「は?」
「ごめんなさーい!俺が無理言って会いたいって話だったのに行けなくなっちゃった。俺入院しちゃって。」
「はぁ?お前、入院って、大丈夫なのか?電話なんかしてる余裕あるのか?」
「あ!退院はもうしてるんだけど、入院の原因っていうか、今日会えなくなっちゃった理由が、合わせる顔がなくなっちゃったからで。」
 突然機械端末だけで現れたと思ったら、電話で喋り出して、入退院の内容を明かす。話の展開に着いて行けない読者になった気分だ。
「えっとね。俺はカート先生のファンなんだけど、俺にもファンの子っていてね?カート先生のファンと俺のファンは勿論違うんだけど。俺はそのファンに刺されちゃって。」
 は。あ、いや、今声に出せてなかった。あまりの衝撃で。
「顔がめちゃくちゃになっちゃって、手術したんだけどサイボーグになっちゃって。あ、いやカート先生と一緒のサイボーグが駄目ってことじゃ全然なくて!でも俺がなったサイボーグフルフェイスだしさー?」
 電話の声以外の全てが遠く感じた。実際に遠いのは確実に電話の相手なのに、手の中の端末から聞こえる声が全てのように思えた。
 そうすると確かに、その声がノイズ混じりで、生身の人間の声ではないのがわかった。
「だからね文字通り合わせる、顔が、ないの。」
 それでごめんなさいと言って来るマックス。なんでお前が謝んの。
「来いよ。」
……え?」
「もう大丈夫なんだろ?サイボーグになって顔がなくなったって、なんだよ、んなことねえだろ。お前が来ればお前と俺は顔合わせたことになんだよ。」
「でも……。」
「どうせ初対面じゃん。初顔合わせ、しに来いよ。んで、わんわん泣けよ、大好きな顔がなくなったって。俺に当たっても良いから。」
「泣けないよ、今の俺の顔そんな高性能じゃないもん。てか、俺が自分の顔好きなの、カート先生知ってたの?」
「お前人気モデルじゃん、どこ行ってもお前の顔があった、だから変な自称ファンの犯罪者にやられたんだろ、別にお前のせいじゃないのに。今日お前が来れないって勝手に言ってるのも、お前のせいじゃないから、来れば良いじゃん。サイボーグの食い方わかんねえんなら俺が吸引手伝ってやるから。泣きっ面見せに来いよ、もう既に声で泣いてんだよ、お前!」
 黙って電話を聞いていたと思ったら突然捲し立てる俺を、誰かが呼んだ気がする。だけどどうでも良い。来い来い来い。電話口の答えを待つ。
「二時間、待ってくれる?」
「待つよ。」
 それで電話は切れた。途絶えた世界から、つまらない食事会の場所に戻って来た。でも、待てば、ここに。この店が何時までやってるかもどうでも良い。店の前で延々待ってたって良い。
 マックスは二時間足らずで来た。人気モデルなのに大急ぎで来たみたいに余裕のない格好で。上着は肩から片腕下がってるし、被って来たはずのキャップは自分で握りつぶしていた。
「カ、カートせんせ……?」
「やっと初めましてじゃん、よろしくお願いしまーす。」
「よろしくお願いします……?」
 フルフェイスサイボーグに驚く編集者を通り過ぎ、マックスは有名モデルとは思えないような控えめな所作で、俺の対面にちょこんと座った。
 何を頼むか聞いたらわからないと返って来たので、適当に頼んでやる。運ばれて来たのがオレンジジュースだったので、子供じゃないとはしゃがれた。飲み方わかるかときいたら、わかると返ってくる。辿々しい動作でオレンジジュースを飲むマックスは、サイボーグになってから初めて飲んだと言った。
 わけがわからないながらも始まった会食は、自分含め事務所の人間も編集者も先に注文していたので、それを手持ち無沙汰に口に運んでいた。これで一応役者は揃ったことになる。
「マックスはどんな本読むの。」
「えっ。あ、ネットとかで気になったらなんでもって感じかな。だからカート先生のもたまたまで、その時はミルキー泉社だったけど角銀河のも読むしみたいな。そっちだったら俺も写真集出てるし。」
 話を振ると、マックスはいつものトーク力で話し始めた。やっぱりサイボーグ化なんて関係ない。
 でもオレンジジュースを飲もうとして、人間のようには出来ないことにたじろいだ。
「やっぱ手伝う?」
「や……いい、だいじょぶ。」
「なんか食べる?俺も食お。俺が選んで良い?」
「うん。」
 注文したサイボーグ用のカートリッジが運ばれて来ても、今度はマックスは手を付けなかった。俺は自分の分のカートリッジを差し込みながら、行儀悪く立ち上がってマックスに近寄った。
「マックスこれ美味いよ。」
「わ!」
 そう言って自分が食べたカートリッジをマックスにも挿し込んだ。こんなことモデルさんにするのは御法度だろうが、その場にいる誰もが何も言わなかった。サイボーグになったマックスはもうモデルじゃない扱いなのだろう。ふざけてじゃれあいながら、その場でマックスが泣いていることを俺だけしか気にしていなかった。
……美味しい。」
 人脈とコネで開催された食事会のはずなのに、マックスが遅れて来てもほどなくしてあっさりとお開きになった。マックス目当てだったはずの編集者も知らないフルフェイスのサイボーグがマックスだと気付いていただろうになんの反応も見せなかったし。
 その後と言えば、マックスはファンからの傷害事件によりモデル及び芸能界を引退。刑事事件でありニュースにもなった。ファンや一般人の心配の声の中、サイボーグ手術後の姿が公表されることもなく、マックスの姿は世間から消え去った。サイボーグ化によって、現実からも永遠に。
 俺はあの時のピコポを勝手に持ち帰り、マックスと連絡を取り続けていたら、そのうち契約切られるだろうから普通に連絡先を交換したいとマックスの方から言われた。元は俺との会食に来るつもりだったはずの彼は、本質的には人との関わりに積極的なのかもしれない、俺とは違って。
 最近のマックスといえば、趣味でやってたガジェットいじりをやってて、それをネットで売ってるらしい。物理パーツばっかりじゃなくて、プログラムとかも扱ってるらしい。それも結構な高額。危なくないのかときいたら、だって金ないと返ってくる。
「俺被害者とは言え、治療費とかを加害者側が全額負担出来るわけでもないし、警察も政府も当然払ってくれないし、勿論病院はタダにはしてくれないし、保険とか手当てとかも限界はあるし。」
 人気モデルとして金を稼いでいたとはいえ、セルフケアに回す金も安くはなかったとは、本人の談だ。それを面白可笑しく語ってくれる姿はいたって楽しげで、聞いているのも見ているのも飽きないが、そこから語られない苦労を読み取るのも慣れてきた。
「マックスもなんか書いたら?そんだけ口が回るし、自叙伝とか?稼げるかも?」
「えー?今更モデルの時の話とか、いーよいーよ。小説家の隣で書くもんじゃないしょ。てか俺ほんとにここにいていーの?生活費折半はありがたいけど、ここあなたの自宅兼仕事場なんでしょ?俺べらべら喋ってたら執筆環境に悪くない?」
「別に。お前も四六時中喋ってるわけじゃねえべ、自分の仕事してる時はマックスも静かじゃん。」
「カート先生は書いてるのはシビアなのに優しーね?」
「そんなんじゃねえし、家でまでいい加減先生はやめろって。」
 挿し込んでいたキャラメルのカートリッジを抜き取りながら告げる。マックスも今では慣れた様子で同じものを味違いで吸引している。
「俺今度こっちの味が食べたーい。カートはどっちの味が良い?」
「お前自分が食べたい味言っといて選ばせるってどういうことよ。」
 いちご味で良いよ。貰おうとすると、上に躱される。フルフェイスに視線を移すと、悪戯っけのある顔がそこにあった。反射しているのは不満げな自分の顔半分だけど。それからマックスは、取り上げたカートリッジをこちらの吸引口に挿してきた。いつかのお返しのように。
「美味しい?」
「美味い。」
 もうスーパーモデルのマックスはいないけれど、ここでこうして吸引式キャラメルを吸ってる分には、マックスはもう変なファンに刺されないし、社会の歯車からは、多少外れることが出来たのかもしれない。


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いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。