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小話倉庫(深上)
2026-01-21 22:58:53
6755文字
Public
悠アキ/haruwise
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心を掬う手(悠アキ/haruwise)
ボトルイベに心臓鷲掴みにされました。突然の供給に動揺が止まらず気付けば書き始めてた。
悠真百歳まで生きろ……(合言葉)。
願いの代行サービス
――
眉唾物のそんなサイトを見せながら目を輝かせる蒼角の頼みを、悠真は断れなかった。
蒼角はまだ字を書くことが不得意だ。少し長めの休憩から戻ったという後ろめたさを隠しながら、悠真は言われるがままに蒼角の語る言葉を綴る。言葉を知らない蒼角にアドバイスをしたり、文字の書き方を教えたりしながら完成した手紙の写真を撮る。よく分かっていない蒼角の代わりに入金処理を済ませると、切り替わった画面にポストの形をしたファイル送信ボタンが現れたので、そこに手紙の写真を送信した。
「はい、これで蒼角ちゃんの願い事は無事、向こうに送信されたよ」
「本当? これで、えっと、ダイコーさんがわたしの代わりに願い事を海に投げてくれるんだよね?」
「そうだねぇ」
「やったあ! 全部叶うといいなぁ」
実際のところ、このサービスが機能しているのかは分からない。だが、無事に願い事が送信されて嬉しそうな蒼角を見ていると水を差す気にもなれない。うきうきと自分のデスクに戻っていく彼女の背中を微笑ましい気持ちで眺めてから、悠真は小さく息を吐いて再びスマホに視線を落とした。
願い事かぁ、と画面を見つめる。蒼角は手書きを選んだようだが、サイトに直接打ち込むことも出来るようだ。手書きの方が心を込められる気もするが、あいにく余っている便箋はない。少し迷った挙句、悠真はスマホを握り直して文章を打ち込み始めた。
ただの暇潰し、気まぐれだ。この願いが叶う保証なんてどこにもない。けれど自分の周りの人たちの幸せを祈ることは出来る。
不意に、かの六分街のビデオ屋の店長の姿が脳裏を過った。一度澄輝坪を訪れた際に会ったきりだが、いつも誰かのために駆けずり回る彼のことを思い出すだけで、自然と口元が緩んでしまう。
『相棒との約束はちゃんと守るし』
その言葉を付け足したのは、つい期待が滲んでしまったからだろう。彼の存在は不思議だ。傍に居れば希望が生まれてしまう。もしかしたら
――
自分はもっと、長く生きられるのではないか、と。
『おじいちゃんになるまで生きて、最期の瞬間も、相棒と一緒にいたい』
打ち込んだその言葉は、けれどすぐに消してしまった。よく分からない存在に捧げるにしては過ぎた願いだ。
続きを書こうとして、はたと指が止まってしまう。
他人のことなら幾らでも書けるのに、自分のこととなると躊躇してしまうのは何故だろう。自分の時間は限られているし、自分が叶えられる願いの枠があるならそれを周りに分け与えたいと思ってしまうからか。それこそ、彼に。
彼だったら何を願うだろう。世界平和とか、みんなが笑顔でいられますように、とか。もしくは、彼自身が追い求める目的の達成とか。単純にカプセルトイで欲しいものを当てたい、かもしれない。想像してふっと笑い、また文章を打ち込んでいく。
『僕たちみんなが百歳まで生きられますように』
世界平和と同じくらい壮大な願い事だ。これなら神様も文句を言わないだろう。気を良くして他にも言葉を加えていく。
『なんてことない時間が、もう少しだけ長く続きますように』
結局はこれに尽きるのかもしれない。蒼角が元気にもりもりご飯を食べているのを見守って、自分と同じ病気の彼らが希望に溢れた将来を語るのを見て、ビデオ屋の彼らと他愛のない話をして、残業中に差し入れのコーヒーを受け取って
……
そんな何気ない日常が、些細な幸福が、もう少しだけ続いてほしい。
けれどそれは、もう叶っているようなものだ。師匠の最後の薬に生かされた時から、まるでロスタイムのように細々と日々が続いていく。時に波乱に満ち、時に凪のような穏やかさを取り戻し、そうして繰り返す日々の中で自分はまだ生きている。
(なんだか相棒に会いたくなってきたな)
この願い事は小さなボトルに詰められて海に投げられるらしい。いつか偶然、漂流の末に砂浜に打ち上げられた瓶を彼が見つけてこの手紙を読む日が来るだろうか。これを見た彼は何を思うだろう。百歳だなんて、自分も死んでるよと苦笑されるかもな、と笑う。
送信ボタンを押す。願い事が、ネットの海の向こうへ送られる。
はぁ、と息を吐くとそれをかき消す勢いで、蒼角の大きなお腹の音が響いてきた。顔を上げると、恥ずかしそうに俯いている彼女が見えた。休憩を済ませたばかりだが、少し延長するくらいは許されるだろう、と悠真は席を立つ。
「蒼角ちゃん、一緒にご飯食べに行こっか。今日は奢ってあげる」
「えっ、いいの?」
「もちろん。思う存分、お腹いっぱい食べなよ」
「わぁ! ハルマサがわたしの願い事を叶えてくれるんだ!」
「
……
あ、でも食べ過ぎは駄目だからね? 僕が月城さんに怒られちゃうし」
はーい、と元気に返事をして席を立ち、上機嫌でオフィスを出ていく蒼角について行きながら、悠真は見ていたサイトを閉じてスマホをポケットに滑り込ませた。
*
アミリオンが印刷した「誰かの手紙」を見て、アキラは知らず息を呑んだ。
名前は書いていないが、内容を見ると六課の斥候が綴った言葉であることは明らかだ。人のプライバシーを見るのは申し訳ないと頭の片隅に思い浮かべつつ、気になって上から下までじっくり読んでしまう。
彼はあまり、自分の願い事を口にしない。映画を見る時もアキラに合わせてくれることの方が多く、聞いても上手くはぐらかされてしまう。サボりたい、休みたいの愚痴は日常茶飯事だが、それはさておき。
そんな彼が願い事を書くということに、まず驚いた。そして内容にも。彼の手紙には一言も、自分の病気のことは書かれていない。きっと彼が一番望んでいることだろうに、それを願い事として連ねないあたりが彼らしい、と思う。
運命を受け入れているのか、それは他の誰でもない自分が解決するべきものだと考えているのか。どちらもありそうだ、と詰めていた息を吐く。彼は自分に甘く振る舞っているように見えて、実のところ芯の部分は自分に厳しく、それなりに頑固だ。
ゆらゆらと風のように揺れる彼の心情をつかみ取ろうと手を伸ばしても、きっとたやすく触れさせてはもらえないだろう。もう一度息を吐いて、アキラは胸元からペンを取り出す。
「プロキシ先生? それ、まだ投げないの?」
木箱の上で何かを書き始めたアキラを見て、アンビーが首を傾げた。客の手紙なのに、何故アキラがペンを持ったのか不思議だったんだろう。にっこり笑って、アキラはしれっと嘯く。
「誤字を見つけてね。直した方がきっと、願いも届くだろう?」
「そう。優しいのね」
「どうだろう
……
余計なお世話だったかもしれないな」
「でも、あなたは書きたかったんでしょう?」
無垢な眼差しに見つめられて、アキラは無言で肩を竦めた。彼女の目は何もかも見透かしているようで少し気恥ずかしいが、恐らくアンビーはアミリオンを連れて無事にニコの居る場所に戻ることしか考えていない。
紙の余白にさらさらと書き綴って、綺麗に折り畳んで瓶に詰める。アミリオンは最後の瓶を自分が投げたいのか期待の眼差しを向けてきたが、アキラは気付かないふりをして波打ち際に立つ。
この願いが、叶いますように。
万感の思いを込めて、海に向かって大きく腕を振る。
小さな瓶は弧を描き、ぽちゃんと音を立てて水面に落ちた。波に揺られながら沖合の方に流されていく瓶を見送って、アキラはくるりと振り向く。いつの間にか来ていた柚葉がアンビーと楽しそうに話しているのが見えた。
「アンビー、僕も一緒の便でヤヌス区に帰るよ」
話の隙をうかがって、言葉を滑り込ませる。アンビーは僅かに目を見開いて、驚いた顔をした。
「プロキシ先生も?」
「ああ。ちょっと今すぐに会いたい人が出来た」
「それがあなたの願い事?」
「まぁ
……
うん」
頬を掻くアキラに、そう、とアンビーは柔らかい笑みを見せた。その隣で柚葉はにやにやと分かったような視線を向けてくる。アンビーとは違う意味で何もかも見透かされていそうで、アキラは赤くなる顔を隠すように顔を背けた。
六分街に戻ってすぐに悠真を呼び出したところ、仕事中の彼は一時間後にはビデオ屋に顔を見せた。今日に限ってはその勤務態度を揶揄するつもりにもなれず、アキラは工房の中に彼を招く。アキラの指示で大人しくソファに座った悠真におもむろにディニーを差し出すと、相手は目を瞬かせて怪訝な顔をした。
「なになに? あんたにディニーを貸した覚えはないんだけど」
「君が代行サービスに渡した金額の半分だよ」
全てを言わなくても彼なら分かるだろうと端的に伝えたが、悠真の反応は鈍い。ようやく動いた彼の右の手のひらがゆっくりと突き出され、アキラに対して待ったをかける。
「ちょーっと理解が追い付かないんだけど
……
代行サービスって何のこと?」
「おや、とぼけるつもりかい? 君、あの胡散臭いサイトにお金を振り込んだだろう」
「んー? ちょっと覚えがないなぁ。新手の詐欺の話?」
「なんならここで君の願い事をすべて諳んじてもいいんだよ」
ぐ、と悠真が言葉に詰まった。アキラは確信を持って話しているどころか、そのサービス代行を請け負った当事者なのだ。実際には友人の手伝いという立場ではあるが、あの手の短いボンプの代わりに海に向かって何度も腕を振り上げたことは事実。じわじわと感じる筋肉痛は見て見ぬふりをして、悠真を真っ直ぐ見つめる。
最初こそとぼけた態度を貫いていた悠真だったが、アキラの目が揺るがないのを見て次第に不安と焦りが浮き上がってきた。はく、と震える唇から、気まずそうな声が溢れる。
「
……
えっと、つまり。アキラくんはあれに関わってたってこと?」
「あれをやっていたのは邪兎屋だよ。ニコも、いい金儲けになったと喜んでいた」
「それはどうでもよくて
……
手紙、読んじゃった?」
「ああ、バッチリと」
嘘を言うわけにもいかないと正直に頷くと、悠真はソファの上で盛大に頭を抱えた。
「プライバシーの侵害じゃん! あんたがそのサービスを手伝ってるのを知ってたら書かなかったのに!」
「確かに、顧客の情報を漏洩させるのは信用を損なう行為だね。じゃあ全額返金で
……
」
「いい、いい! はぁ
……
もういいよ、得体の知れないものに手を出した僕が悪いんだし」
ようやく差し出された手に、アキラは握りしめていたディニーを乗せる。ぶつぶつ言いながらそれを財布にしまうと、悠真は隣に座ったアキラをじとっと睨みつけてきた。
「それで、なんで半額返金になるわけ? もしかしてサービスに不備があったとか? もしくは実はぼったくりだった?」
「君の願い事に、僕も便乗させてもらったから」
「えっ、あんたも何か書いたんだ。フェアじゃないな〜、何書いたの?」
仄かな不機嫌を瞬時に消して興味津々で詰め寄ってくる悠真に、に、と笑ってアキラは答える。
「悠真がもっと、欲張りになりますように」
「は、え? 僕?」
「それが僕が付け加えた願いだよ」
誰しもが望む穏やかな日々。そんなささやかな願いを「欲張り」だと評する彼に、アキラは焦れったい気持ちになった。
欲張ればいい。生きている限り、ずっと。
誰しもが持ち得て然るべきものを望んだところで、バチなんて当たるわけがない。むしろ彼はもっと、報われるべきだ。そう思ったら書かずにはいられなかった。
しん、と落ちる沈黙に、次第に不安が広がっていく。やはり余計なお世話だったかもしれない、とちらりと横に視線を遣って、アキラはそこで僅かに目を見開いた。
まず、赤く染まる目元が見えた。まるで何かを必死に堪えるように祈りのかたちに握りしめた両手を額に付けて、むむ、と唇を尖らせている。視線に気付いた悠真はぱっと顔を上げると、まだ顔に赤みを残したままアキラを見据えてきた。
「あんた、僕に甘すぎ」
「
……
そうか?」
「そうだよ。そんな事言われたらさ、もっと欲しくなるじゃん」
「いいじゃないか。あのサービスは、願いが叶うことを売りにしているんだ。僕の願いも叶えてもらわないと、ニコに怒られてしまう」
「アキラくんの今日の時間を欲しいって言ったら?」
ふむ、と顎に手をやって、アキラは彼の挑発に同じく挑発で答える。
「今日だけでいいのかい?」
「
……
明日まで、でもいいの?」
「君がそれを望むなら、いくらでも」
「ほら、やっぱり甘いって!」
悠真の指が伸びて懲らしめるようにアキラの頬をつねってきたが、手加減されているので全然痛くない。
「あんたの願いを叶えたら、僕の願いも叶いすぎるくらい叶うんだけど」
「ふふ、サービス代行冥利に尽きるな」
もっと欲しがればいい。彼は願いを求める権利がある。ないなら自分が与えてみせる。そう意気込むアキラの耳に、静かな声音が届く。
「僕はさ」
ふと、泅瓏囲の波打ち際を思い出した。寄せて返す波の音を何度も耳にした。心が穏やかになるあの静けさをまとって、悠真はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あんたとこうして恋人になれただけで、もう十分すぎるくらいなんだよ。他に何も望まないくらいに、満ち足りてる。これ以上なんて、絶対にバチが当たるって」
この期に及んで尻込みする彼に、ふう、と息を吐く。これを言うのは反則だと分かっているのに、それでも口をついて出てしまう。
「
……
約束」
「え?
……
あ」
「守ってくれるんだろう?」
何を、とは言わない。彼も聞かない。それでもお互いの間にある共通認識が、胸を焦がす。
「
……
うん」
「なら、バチなんか当たらない。だからもっと手を伸ばせばいいんだ、悠真」
ひたすらに願う。彼が幸福でありますように。欲しいものを欲しいと素直に言えますように、と。
「でもやっぱり、もう欲しいものはここにあるんだ」
ぽつ、と零れた言葉と同時に、悠真の手がアキラの手に重なった。そっと握り込まれ、彼の熱がじんわりと伝わってくる。
「
……
あんたはいつも、僕の欲しい言葉をくれるんだね」
「当然。何せ僕は『パエトーン』の片割れだからね」
「それ、関係ある?」
口元が緩んで、悠真の緊張が解けるのが感じられた。彼はアキラの手のひらを掬い取って、自分の頬に当てた。はぁ、とその口から小さく吐息が溢れる。存在を確かめるように、手を強く握り締められる。その動作一つ一つが何か神聖な儀式のようで、アキラは口を挟めずに見守るしかなかった。
しばらくするとようやく悠真はアキラの手を離した。立ち上がって伸びをすると、今までのしんみりした空気をぶち壊すように「あーあ」と気の抜けた声を出す。
「そろそろ戻らないと、さすがに月城さんに怒られるかも」
「ああ、それは大変だ」
「夜にまた来るよ」
軽い足取りで工房の扉に手を掛けた悠真の背中に、アキラは咄嗟に声を掛ける。
「
……
明日の朝まで予約しておくかい?」
「あんたが許してくれるなら」
振り返った悠真の顔が晴れ晴れとしていたので、自然とこちらも笑みが溢れてしまう。しかしすぐに眉間に皺を寄せて、悠真はアキラに向けて人差し指を突き出した。
「あ、でも僕の秘密の手紙を盗み見たことはまだちょっと怒ってるからね」
「罰なら甘んじて受けよう」
「言ったね? 覚悟しといてよ」
覗き窓から店の様子を窺って誰もいないことを確認すると、悠真は工房の重い扉を開けた。じゃあ、と手を振って扉の向こうに消えていった彼を見送ると、アキラは静かに息を吐く。
時間はまだある。こちらの顔色を窺うことなく、悠真が欲しいものを欲しいと素直に言える日々だって、いつか訪れるはずだ。
彼の願いは叶う。なぜなら自分が叶えるから。
やることはまだまだある。休んでいる暇はないぞ、とアキラは工房を出て二階に向かった。夜に来る恋人を迎え入れるために、少しは片付けておかないと。
「お兄ちゃん、なんだか機嫌よくない?」
廊下ですれ違ったリンにさらりとそんなことを言われてしまい、アキラは自分が相当浮かれていることに気付いた。誤魔化す言葉を考えているうちにリンの方がピンときたようで、「夜、どこか遊びに行っとこっか?」と気を遣われてしまい、赤くなる顔を隠せなくなったアキラは早足で自室に向かい、はあと大きく息を吐いた。
『夜は、君の家でもいいかい?』
ノックノックに打ち込んだその言葉を悠真が見るのは、もう少し先だろう。ベッドにごろりと横になり、先ほどまで触れていた温もりを思い出すようにアキラはそっと目を閉じた。
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