okanon
2026-01-21 21:06:15
4031文字
Public モスファイ
 

黄金の麦穂と共に<番外編>

幼馴染モファの永劫回帰if
🍷がエリュシオンを離れてから、☀️と再会する前の話。
こちらは番外編です。本編を読んでから読むことをおすすめします。
本編⬇️(pixivに飛びます/privatter+の作品一覧からも読めます)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27040003#2

 終末の時代の中でも、人々は希望を見失うことなく営みを続けていく。いつ失われるか分からない平穏を願いながら、生きることを諦めずに必死にもがいている。
 
 聖都オクヘイマから離れた地に、暗黒の潮から逃れてきた人々が集まる国があった。元は商業国家で、様々な国と行路ができていたその国は聖都へ行くまでの通過点として多く利用されていた。

 エリュシオンを離れクレムノスの孤軍と合流したメデイモスは、「紛争」の狂王を討つ旅の道中でその国に立ち寄っていた。戦いが続く長い旅の中では、食料の補給だけでなく息抜きも必要だろう。
 人々が行き交う道には多くの露店が並んでおり、その中の麦の香りがする店で、メデイモスは一人足を止めていた。
「さあ、うちのパンはできたてだよ!旅のお供に一つどうだい?」
 そう言って売り込む店主の前には、ふっくらと焼けたパンが並んでいた。それらをじっと見つめたメデイモスは顔を上げ、店主に声をかける。
……このパンを一つもらおう。いくらだ?」
「お、あんがとね!」
 伝えられた分のテミスを支払い、紙袋に包まれたパンを受け取る。出来たてというのは本当らしく、袋越しに温かさが伝わってきた。
……いい香りだ。麦も良いものを使っているな」
「ははっ、若いのによく分かったな!うちの村はこの国の近くにあって、収穫した麦で作ったパンをたまに売りに来てるんだ。小さい麦畑しかないが、味には自信があるんだぞ」
 軽快に笑う店主の明るい振る舞いと、漂ってくる麦の香りににメデイモスはどこか懐かしさを覚えた。
……買ったついでに一つ、聞いてもいいだろうか」
「ん?ああ、なんだ?」
「"エリュシオン"という村は知っているか?」
 
 
 
『えりゅしおん……?悪いが、聞いたことないなぁ』
 店主の申し訳なさそうな顔を思い出し、メデイモスは小さくため息をついた。この国についてから何人かに声をかけたが、エリュシオンの名を知る者は一人もいなかった。
 ——まさか、村を知る者が誰一人いないとは
 かつて己の世界の全てだった村が、外の世界では名を知られることもない辺境の地だったという事実は、メデイモスを落ち込ませるには十分だった。柄でもないと自身でも感じているが、それだけ彼にとっては特別な場所だったのだろう。

 いつまで引きずっても仕方がないと思い直し顔を上げたメデイモスは、視界の先に臣下のケラウトルスがいることに気がついた。彼もいくつか紙袋を持っており、買い出しは粗方終わったのだろう。こちらに気づいたケラウトルスは上手く人混みを避けながら、メデイモスの元まで駆け寄ってくる。
「用事は済みましたか、若」
「あぁ、そろそろ民のところに戻るか。……ここを離れればまた長い旅になる」
「民達にとっては良い息抜きになったでしょう。あまりここに長くいても、クレムノス人は闘争を求めて走り出してしまうでしょうから」
「はっ、そうだな」
 軽く会話を交わした二人は、並んで道通りを歩いていく。メデイモスの隣を歩くケラウトルスは、香ばしい香りをただ寄せわせる紙袋に目を向けた。
……パンですか。たまに買われるところを見ますが、お好きなのですか?」
「あぁ……昔よく食べていたからな、麦の香りがすると、ふと食べたくなる時がある」
「昔……というと、"エリュシオン"ですか」
 ケラウトルスがその名を口に出すとメデイモスは普段より少し目尻を下げ、懐かしむようにゆっくり瞬きをした。その様子を見ていたケラウトルスは、自然とその村の話を続けた。
「エリュシオン……不思議な村です。クレムノスでは聞いたことのない名で、知っている者もいないとは……
「民の中には、幼かった俺の妄想だと思っている者もいるようだな」
「そ、それは……!」
 不敬な噂話が殿下の耳に入っていたと慌てるケラウトルスに、メデイモスは笑って「気にしていない」と軽くいなした。
「多くの国の人々が流れてくるこの国でなら、村のことを知っている者がいるかと思ったが……その当ても外れてしまったな」
……探して、おられたのですか。村を知っている者を」
 そう言ったケラウトルスの声音は先程までより少し低く、厳しさを感じさせた。
……メデイモス様、これはクレムノス王子の教育係となった私からの意見ですが……あまり過去に囚われてはいけません」
「師匠……
「クレムノスの民は祖国の復興を強く望み、故郷へ帰ることを切望しています。そして貴方はいずれそのような民達を導き、クレムノスの玉座につく。貴方は過去ではなく、未来を見なければなりません」
 立ち止まったケラウトルスに合わせるように、メデイモスも歩みを止める。ケラウトルスの力強い視線がメデイモスを射抜く。
 そこにはケラウトルスだけではない、自分が抱える多くの民の思いがあった。それをメデイモスは逸らすことなく、ただ真っ直ぐ見つめ返す。
……だが、未来は過去の土台の上にある。過去を無視して、未来だけを見据えることはできん。……俺が己の使命を捨てず、村を離れた時のように」
「メデイモス様……
「過去は常に"今"と共にある。それが未来への"縛り"となるか"糧"となるか……それは己次第だろう」
 これで話は終わりだと言うようにメデイモスは視線を外し、再び歩き出した。頑固とも言えるその強さに、ケラウトルスは深く息を吐く。
……ゴルゴー様、若は私どもが思う以上に、立派な王になりそうです」
 遠くから、「メデイモスー!」と彼の名を呼ぶ声が聞こえる。おそらく、彼と仲の良い友人達の呼び声だろう。
 
 彼らの旅路はこれからより苛烈なものになっていく。だがケラウトルスは、不思議と不安なんてものはなかった。確信があったのだ。例えいくら傷つき、倒れようとも、クレムノスの心は決して折れることは無いと。
 
 
 
 
 聖都オクヘイマから離れた地に、暗黒の潮から逃れてきた人々が集まる国があった。元は商業国家で、様々な国と行路ができていたその国は聖都へ行くまでの通過点として多く利用されていた。

 ボロボロの外套を身にまとった青年は、貨物を乗せた大地獣の配送集団と共にその国へやって来ていた。
「いやぁ、本当に助かったよ!最近の護衛は高くつくからって、ケチった時に限って魔物に遭遇するなんてな。坊主が通りがかってくれたおかげで人も荷物も大地獣も、みんな無事だ!ありがとな」
 礼を言う男と青年は、多くの荷物と人が行き交う荷捌き場にいた。運んできた大量の荷物を人々が運び、彼らと共に来た大地獣も、軽くなった体をゆったりと伸ばしている。
「助けが間に合って良かったよ。でも、次からはきちんと護衛をつけた方がいい。僕がまた運良く通りがかることなんてないだろうからね」
「ああ、分かってるさ。別に死にたいわけじゃないんだ、気をつけるよ」
 困ったように眉を下げる男は、目の前の青年の風貌を見て彼の境遇を何となく悟った。至る所が擦り切れている軽装の服に、使い込まれすぎて刃こぼれし始めている剣……若い青年が一人旅をしている様子を見るに、彼もまた、暗黒の潮によって故郷を追われた一人なのだろう。
「にしても悪いな、最後まで付き合ってもらって。坊主も向かう場所があったんじゃないか?」
「気にしないでくれ。僕はオクヘイマに向かってるんだけど……見て分かるように、旅の資金が足りてなくて。人が集まる場所で仕事を探そうと思ってたんだ」
 人の往来が激しい通りを見て、青年は満足そうに頷いた。確かに、この国は職を探すのにはもってこいかもしれない。
「仕事か……そうだ、少し待ってな」
 そう言うと男はその場を少し離れ、知り合いらしい女性の元へと行き、何かやり取りをし始めた。突然手持ち無沙汰になった青年は、何となしに町を眺める。
 通りには露店が並んでいるのだろうか。客を呼び込む声や、必死に値切りしている声が聞こえてくる。果物の甘い香りに、肉や魚の香ばしい香り……そして不意に香る、麦の匂い。
 
『メデイモスー!』
 
 馴染みある名前が聞こえた気がして、青年はハッと目を開く。キョロキョロと辺りを見回すが、先ほどまで眺めていたのと変わらない風景しか、そこにはない。
……気のせいだったかな」
 久しぶりに感じた麦の香りに、意識が引っ張られたのだろうか。あの日村を離れた友人の背中が、脳裏に浮かぶ。
「坊主!待たせたな」
 先ほどの男が戻ってきて、青年に声をかける。青年は頭に浮かんだ景色を再び胸の奥にしまって、麦の香りが漂う通りに背を向けた。
「話は終わったかい?」
「ああ。実は、この国には俺達みたいな配送者があつまる組合があってな、そこで護衛の依頼も出してるんだ。金を稼げるならなんでもいいって言うなら……どうだ、俺に仕事を紹介させてくれないか?
「!ほ、本当に!?」
 男の申し出に青年は声色を明るくした。いくら店が並んでいたとしても、お金が無ければ話にならない。ここでの暮らしに些か不安を抱いていた彼にとって、それは願ってもないことだった。
「ははっ、組合にはさっき遣いを出した。腕の立つ知り合いがいるから紹介させてくれってな!坊主ほどの剣の腕の持ち主なら、きっと引く手あまたさ」
「ありがとう……!この恩は忘れないよ」
「俺は命の恩人に少しばかりお返ししただけだよ。……そういえば、まだ名前を聞いてなかったな」
 そう尋ねられた青年は、太陽のような虹彩のある青い瞳で男を見つめ、名乗った。
 光に反射する白髪が風に揺れる。
 
「僕は、エリュシオンのファイノン」
 
 
 
 ——二人の旅路が交わるのは、まだ少し先のことだ。
 
 
 
 END