紫よか
2026-01-21 08:11:45
2515文字
Public 羅小黒戦記
 

かわいいあなた

碧玉×鹿野 食事の話。逆カプかも

玉々ユゥユゥ、今夜食事でもしない? 奢るから』
 ぴろん、と私のスマートフォンのメッセージアプリが鳴った。見てみれば、友人にして私の好きなひとの鹿野ルーイエからだった。

 急なお誘いだった。でももちろん! 賛成に決まっている。今日は特別、一日暇な時だったし。

 い、い、よ。と返事をして、スタンプも押しておく。人間のことは一言に好きだとは言えないけれど、人間の道具はこういう時にすぐれていると思うのだ。簡単に手軽に、気持ちを伝えられるから。面と向かって言葉にした方が何倍も伝わるのもわかっているけれど、ぱっと伝えた方が良いときだってある。……そういえば、店はどこにするのだろう?
『どこに行くの? 紅葉記? 翠園菜館?』
 とりあえず私たちの行きつけの店を上げてみる。気づけば、鹿野──彼女と関わるうちに様々な料理屋を開拓したものだ。初めて彼女から食事に誘われた時は、それはそれは嬉しかったのを覚えている。
 民以食為天ミンシーウェイティエン。ちょうどここ中国の言葉で、食べることは最も重要なことであるという意味。人々の交流の核に食事があるのだ。人間も良い言葉を考える。これだから嫌いになれない。

『内緒』
『新しい店?』
『内緒。あと、ほどほどにおしゃれして来て』

「おしゃれ~?」

 ちょうど家にいた私は、わかった! とスタンプを押して会話を切り上げた後に唸った。大体いつも仕事着でいるから、おしゃれには恥ずかしながら疎い。そもそもスカートすらあまり穿かない。
 こういう時、他のおんなのこの執行人の同僚に相談するのが一番なのだろうけど、それは……なんだか、恥ずかしい気がした。だから自分で考える。
 結局、柄物のマキシ丈のフレアスカートに白いニット、黒いジャケットを合わせてみた。いつもは簡単に結んでいる髪も今日はきゅっとシニヨンに結ってみる。あれ? こっちの方が仕事にも邪魔にならないんじゃないか? 明日から時間がかかってもこの髪型にしよう。

「ほどほどって言うのが一番わからないんだよ……

 私はそうひとりごちる。少しカジュアルすぎたかもしれない、パーティードレスとか必要だったらどうしよう。持っていない。

「恥かいたら宅飲みに変更だからね、鹿野」

 スマートフォンにびしっと指さし、私は出かける準備をした。



……ほえ~!?」
「あはは、何その間抜け面」
「いやだって、だってさあ! 鹿野~!」

 私たちは建物の前に立っていた。鹿野に呼ばれて来たのは、大きくて高いビル──いかにも高級そうなホテルだった。清潔感のある白い壁は綺麗で、人間が最近作った建物だとすぐに分かる。

「ここのビュッフェが美味しくてさ、碧玉ビーユーを誘いたかった。あんた和食も洋食も好きでしょ?」
「えっ、うん。ど、どうもありがとう……私の見た目、浮かない? 大丈夫?」
「何心配してるの。大丈夫だって。私もこんなだし」
「鹿野はなんでも似合うから比較にならないの」
「あはは」
「謙遜しないんかい」

 鹿野の服装は黒のテーパードパンツに、白のボウタイブラウス。……に、似合ってる。スマートカジュアルとはこのことを言うのだろう。私もやっぱりもう少し考えればよかったと、落ち込んでしまう。

「ほら行くよ、しゅんとしない。前向きな」
「うん……
「玉々」
「なに?」
「似合ってる。かわいいよ」
……鹿野!」
「はい元気出た。行こう」

 鹿野は私の御し方をよく分かっている。歩き始めた鹿野を追って、私は白い聖なる地に踏み込んでいった。

 正直に言うとビュッフェスタイルというものには慣れていなかったので、鹿野が取るものを私も取った。彼女からは何? 真似っこ? とからかわれたが、そうですよお姉ちゃんと返しておいた。
 ホテルの中の店には人間がたくさんいる。……それと、しれっと妖精も数人いた。人間だけだったら私の機嫌はあまり良くならなかっただろうけれど、妖精もいるということは両者にとっても素晴らしい料理が出されているのだろう。そう思うことにした。高級ホテルだけあって、立食ではなくて白いクロスがかけられた丸いテーブルが用意されており、私たちはそこに向き合って椅子を引いた。

「何か作法とかある?」
「綺麗に食べれば大丈夫」
「そっか。いただきます」
「ん」

 鹿野は私の言葉に短く応えた。私はとりあえず赤身肉のローストビーフから食べてみる。──美味しい! 肉はやわらかくて、特にかかっているソースが良い。これ、何だろう? ワインと少しのにんにくに……? とにかく、良い香りだ。舌は肥えていると思っていたが、まだまだ世界は広い。

「鹿野! これ美味しい」
……そう」
「鹿野……?」

 飲み込んで、鹿野の顔を見て私はほんの少しだけ驚いた。彼女はほんの少しだけ料理に口を付けただけで、頬杖をついて私の顔をじっと見ていた。

「なに? 鹿野。あっ、ソース付いてた……?」
「ううん」
「そう? 変な鹿野」
「変とは何よ。……玉々あんた、やっぱりかわいいなって、思って」
「え、なになに? おだてても何も出ないよ」
「おだててないよ、本当にそう思ってる。……ワインも飲もうか、あんたがかわいい記念に」
「どんな記念……?」
「あ、すみませーん」
「もう呼んでるし!」

 好きなひとに急にそんなことを言われたものだから、私は料理の味が濃く感じたり薄く感じたり、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。程なくして従業員が赤ワインを持ってくる、赤はたしか肉料理に合うんだっけ。何だったっけ。もう!

「ほら、飲もう碧玉」
……私にとっては、鹿野だってかわいい女の子なんだからね」
「そりゃどうも」

 相変わらずにやりとした意地悪げな笑みをこぼし、鹿野は私のグラスにワインを注ぐ。その後はチンと互いのグラスを音を立てて鳴らした。

「もう、今日はかわいい記念日!」
「はは、良いじゃない」

 ワインは少し渋くて、かわいくない味がした。いつか赤面なり何なりさせたいものだ。目の前のこのかわいいひとを。