紫よか
2026-01-21 07:12:28
2571文字
Public 羅小黒戦記
 

不毛!

碧玉×鹿野 じゃれあいと食事

「まったくもって不毛よ、こんな争い」
「あんたが吹っ掛けたんでしょ? 碧玉」
 
 碧玉ビーユーと呼ばれた少女とも女性ともつかない見た目の妖精は、己の額に落ちる彼女の銀の髪にふっと息をかけた。しなやかな銀髪の持ち主の妖精───鹿野ルーイエは、碧玉のその仕草に意地悪げに微笑んだ。
 今、碧玉は鹿野に押し倒されている。両の手足は金属で押さえられ、それはしばらくカタカタと音を鳴らしていたが、碧玉が鹿野の髪に息を吹きかけた時からそっと音は鳴らなくなった。碧玉が抵抗を諦めたのである。
 金属性同士の戦い。武器も同じ金属。支配と支配同士の戦いであった。ただし、師を別にした彼女らは戦い方も微妙に違っていて、碧玉の針の柄が鹿野の額を音を立てて打ち据えた時、鹿野は一瞬くらりとふらつき、そして彼女は碧玉を同じように肘で打ち据えた。されたらやり返す。この繰り返しで、はたから見たらハラハラするような喧嘩であったが、鹿野の弟子である澤宇ジーユーが「これはどちらが今日の食事を奢るかの戦いです」と言い回っていると、観客は酒を持って彼女らの不毛すぎる戦いを肴にしてきた。
 
「鹿野離して、降参降参。それに鼻血が出そうな気がする」
「私、そんなにやったっけ」
「やったよ! あーもう、大人しくじゃんけんにすればよかった。人集まりすぎたし、私怒られそう」
「じゃあ逃げる?」
「えっ、逃げてくれる?」
「良いよ」
「鹿野最高!」

 両手足の拘束が解かれる。するとその瞬間、鹿野と碧玉はばっと飛び上がり、この場から消えていなくなった。澤宇はその一瞬のうちに、鹿野に「いつもの店」と耳打ちされていた。

「あー鹿野、出ちゃう出ちゃう……ほら出ちゃった鼻血。これ鹿野が悪いんだからね」
「あんたが吹っ掛けた喧嘩であんたが負けたんだから、百あんたが悪いでしょ、碧玉」
「うっ……そうですね。でも鹿野に久々に会えたから嬉しくて」
「嬉しくて喧嘩売るやつがいる? 不毛よ」
「人間をいっぱい助けたって聞いたよ? 大活躍じゃない。どれくらい強くなったか見たかったの」
「誰から聞いたの」
「甲くんと乙くん」
……。まあ、あれは。……あっ私も鼻血出そう」
「えっ、止まる?」
「いや、早く店行こ」
「うん」

 お互い袖で鼻を拭いながら走る。ふたりの行きつけの西南料理の店は辛さが売りだが、鼻血を出しながら食べるようなことはしたくはなかった。……あらゆる料理でそれはしたくはなかったのだが。
 
「あー、血出てきた。碧玉のせいだよ。ティッシュ持ってる?」
「ごめんって。持ってない。ふんっ」
「鼻のそこ摘むのって意味無いんだって」
「うそっ、私十年くらいここ摘まんで止めてきたよ」
「あは、プラセボ」
「それプラセボって言うの? 不毛だ〜」
「あんたって本当に不毛なことしてばかり」
「ん? もう一回やる?」
「ん? あんたがもう一回負けることになるけど」
 ざわりと空気がざらつ……かなかった。
……お戯れはその辺に」
「澤宇」
小宇シャオユウ、迷惑かけたね」

 追いついてきた澤宇と共に、鹿野と碧玉は店に入っていった。ティッシュは澤宇が持っていた。

 透き通るような肌にきらめく銀の髪、冷たさを秘めた淡青色の瞳。
 碧玉は鹿野のことが好きであり、守りたいと思っているのだが、ご覧の通り鹿野はひとりでも十分強かった。だから碧玉は、鹿野につっかかっては何度も負けることにした。不毛なことをして、呆れられるようにした。道化師になることにしたのだ。
 彼女は鹿野の強さがどこから来ているのか、知っている。悲しみと憎しみで彼女の大部分が構成されていることを知っている。だから笑ってもらいたかった、そしてなるべく、笑う理由が自分であってほしかったのだが──

「鹿野、最近よく笑うようになったよね」
「そう?」
「そうでしょ、ねえ小宇、そう思うよね小宇」
「ええっと……
「私の弟子を困らせないで」
「はーい、すみませーん。でも笑うようになったのは本当。喜ばしいことだよ」
……そう?」
「そう」

 火鍋をつつきながら、碧玉は微笑む。微笑む碧玉を見ても、鹿野の表情は相変わらずクールだ。しかし、自分の頬をつんつんとつつき、不思議そうな顔をする鹿野に、碧玉はますます微笑むのであった。

小黒シャオヘイくんに会ったことが大きいのかな」
……あ、そうか。あんた小黒のこと見てたね。澤宇の若木追跡に協力してくれてたし」
「うん。小黒くん、あの子かわいかったな〜」
「あんたには無い可愛さだね」
「えっ、私には私の可愛さがあるってこと?」
「ポジティブだ……
「ですね……碧玉様は、本当にお変わりなく。その節はお世話になりました」
「変わらないのが私の良いところだから」

 そう言った碧玉に、鹿野は酒を飲みながら(碧玉の奢りである)こう返した。
 
「本当に、そう思う」
 
「鹿野?」
「たしかに私、小黒と出会って多少は変わったよ。でも碧玉みたいな、いつだって変わらずどこかしらにいてくれる存在がいるのは、安心する」
「あー、無限ムゲン様みたいな?」
「あの人も変わったよ」
「えっ、そうなの? 弟子じゃないとわからないことってあるんだね」
「そういうこと。……あっすみません、これとこれ二つずつ、あとお酒お代わり」
「めちゃくちゃ食べるじゃない……
「あんたみたいな、不毛ないたずらをしてみようと思って。澤宇、今日は玉々ユゥユゥの奢りだから。好きなもの食べな」
「は、はあ」
「弟子を困らせないの! それに都合に良い時だけ昔のあだ名で呼ばないで」
「なんで? たまには良いじゃない、玉々」
「ずるい!」
「ずるいって何が」

 いつからこんなにいたずらめいた笑顔を浮かべるようになったのだろう。──昔から、たまに見せてくれる顔だった。

 そう、碧玉は鹿野の笑顔が好きだ。

 その笑顔が見られる機会が少しでも増えてくれるなら、それほど嬉しいことはない。
 だが、その理由が自分ではないのは、ちょっとだけ、ほんの少しだけ悔しい。でも、たった今自分に向けているこの笑顔は、間違いなく自分が引き出したものだから、だから──
 
「鹿野ずるいよ〜!」
「あはは」