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桜崎
2026-01-21 00:11:17
5169文字
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神事に倣え
れめゆみ R-15くらい 恋愛感情がある両片想いな二人
黎明は、両眼を瞬かせる。
見慣れたはずの神さまの顔だった。神父らしく清廉として整った顔立ちなのに、その面に乗る似つかわしくないほどくるくるとよく変わる多彩な表情を見るのが黎明は好きだった。
その黎明の前にある顔、が今までいちども観測したことのないような、表情をさせていた。薄らと上気した頬が白い肌に映える。いつも底が見えないはずの瞳に熱が篭っていた。
蔓延している。快楽が。黎明にも目の前の神さまにも。だからきっとこんなにも惚けたような顔をしているのだろうと鈍い頭の片隅でぼんやりと思った。
二人で気持ちの良いコトをしている。どうしてだっけ。
ああでもこの顔をさせているのが自分だと思えばひどく気分が良くて、ぞわぞわとした優越感に満たされる。
背中に回っている腕に力が入った。触れ合っている体躯の熱さがやけに心地よく、身じろく度に頭の中で弾ける甘い痺れに考えるのが億劫になる。繋がっている部分からつたってくる快楽に意識を深く沈ませ。
覚醒して視界に広がったのは黎明にとってよく知った天井である。夢か。
寝台の上、おそらく自室だった。しかし、何故か服を着ていない。暑くて脱いだにしては、下着まで身につけていないのはさすがにおかしいと思った。
半身を起こせば、肩から掛布が滑り落ちた。その瞬間、寝台がかすかに軋む。黎明は動いていなかった。
自分以外が発する音にふと横を見る。
白い顔、白い髪、閉じられていた瞼が上がってひとつの目に黎明が写った。
その瞬間、両者共に理解して、黎明は思わず息を吐き出した。がしがしと指先で自身の頭を乱しながら散らばった服を探しながら身につけていく。夢じゃなかった。じわりと頬が熱を帯びる。
なんとなく、そのうちこうなってもおかしくはない気はしていたので、驚くことでもないと思っていた。思っていたのに、かすかな動揺が服を掴み損ねた指先に感じた。
自身にそんなものが発生した時点で相手のことも探る。そしたらこの神さまも満更でもないわけで、互いに想いあっているのをわかっていて、そのままでいるぬるま湯のような状態であった。
たぶん、昨日は酒が入っていたからそれが最後のひと押しになってしまったのだ。
背後では同じように服を探している音がしている。振り返るのを一瞬躊躇ってから、体の向きを変える。
開いたシャツから肌と赤い痕が散らばっている様が覗く。その顔には不釣り合いなほど鍛えられた肉体は、きっと柔らかくもなく、抱き心地が良いわけでもないのに、劣情を覚えることが黎明の感情を決定づけていた。
記憶ははっきりと残っていて、その体躯に触れた瞬間が蘇り不自然に心臓が跳ねる。
「
……
ユミピコ、昨日のこと覚えてる?」
「当然だ。神の記憶に欠けている部分はない」
ならば酒で思考が鈍ってゆるしたとかじゃなくて、明確な意思があったのだ。黎明はなんだかひどく嬉しくなった。
オレはユミピコが好き。ユミピコはオレが好き。たぶん、すこしかなり脳が焼けている自覚があった。
「黎明、何か神に告げるべきことがあるだろう?」
沈んでいた思考から我に返って、しかし、よく観ても天堂の望むことがわからなかった。読ませる気がない。
「体大丈夫か?」
失笑された。頑健な体には負担も何もないらしい。黎明は薄ら体が重く疲労を感じているのだが。
「他には?」
面白そうに、何処か腹立たしそうに天堂は黎明を見て、口端を上げた。色のない唇。あそこにも口づけた感触を思い出す。
「
……
キスしたいんだけど、ダメ?」
欲望がそのまま出た。
嘆息。
そういえば、いちばん言いたかったことがあった。
「
……
恋人に、なってほしいんだけど」
返ってきたのは舌打ちである。
そのまま寝台を下りた天堂は黎明の呼び止める声にも振り返えらず浴室に篭ってしまった。
長椅子のひとつを一人で占拠している黎明は、話疲れた喉を潤すため、缶の中身を半分ほど一気に飲み干して、友人たちを見渡した。
「
……
なあ、どういうことだと思う? あの神サマ、ほんっとわけわかんねーよ
……
」
「オメーそんなのオレたちに聞いてもわかるわけねーだろ
……
」
「そうだな、あなたがいちばんあのマヌケ神の生態に詳しいはずだ」
天堂不在の席で訥々と不満をぶちまけていた黎明は、芳しく無い反応に手に持つエナドリの缶に力が入る。
結局、あの日、風呂から出た天堂は身支度してさっさと帰ってしまった。それからいつも通り。時折、咎人の捕獲に付き合ったり、黎明のテラリウムを鑑賞しにきたり、親しい友人のような、それよりももっと特別な何かなのに、共有している感情も同じに思えるのにあの時のような雰囲気には二度と近づかない。
「
……
え、オレ、もしかしてフラれた?」
「
…………
今日の夕食はオメーの好きなもんにしてやるよ」
黎明が口にした内容から獅子神ですら察して慰めを零している。しかし、黎明には全く納得していない。あの神さまを、天堂弓彦をどれだけ見ていると思っているのだ。絶対的に信じている目による確信と同時に自身という魅せる存在が好意を抱かれていないはずがないという傲慢さが黎明にはあった。
「なんで!? アイツ絶対オレのこと好きじゃん!! そうだよな!?」
「オレに訊くなって、オメーと天堂のことも今日初めて知ったんだぞ
……
」
「敬一くんはもっとオレを見ろよ
……
!」
べき、と音がする。缶が手の中で潰れている。飲み残しが手をつたって床を濡らす。獅子神の目が拭けよと訴えていたが苛立ちのまま見ないふりをする。
黎明の癇癪に耳を塞いでいた村雨が、嫌そうに歪めた唇を開いた。
「煩い、客観的に述べてやるからすこし黙れ。
いいか? あなたもあのマヌケ神も二人でいると脈拍が異常だ。体温の急上昇、発汗もしている。明らかにこの症状はマヌケ二人共立派な恋煩いだろう」
「センセに恋煩いとかわかるんだな
……
」
「昔、兄が義姉といる時に同じような症状だった。病気を移し合ったのかと指摘して病院への受診を勧めたのだが
………
」
「
……
それは
……
気の毒だな
……
」
そんなこと指摘されれば村雨が診る必要もないほど顔に出たに違いない。獅子神の言う通りかなり気の毒だ。
「やっぱり、礼二くんが言ってるなら間違いないじゃん
……
ほんとなんで
……
」
床を拭いていた獅子神はあー、と間延びした声を上げた言いにくそうに唇を開閉させた。それから気まずそうに黎明を見て、ついでのように手拭きを渡す。
「
……
あれじゃね、ヘタクソだったんじゃ
……
」
「
……
一理あるな」
「ねーよ!
……
たぶん」
「あなたにはしては歯切れが悪いな」
「男とやったことねーし、酒入ってたし
……
」
かすかな懸念はしかし、思い出したことで払拭された。
「いや、でもカメラ見返したけど別にそんな
……
」
そのつぶやきを拾って顔を見合わせた二人から呆れたような、冷え冷えとした視線を浴びる。
「
……
あなた、訴えられたら負けるぞ。腕の良い弁護士があのマヌケ神にはついている」
「
……
いやその前に殺されねーか?」
「ユミピコが気づいてないわけないだろ! 合意だ合意!」
そもそも家に備え付けてあるのだから仕方ない。
何度も見返しているけれど。
ヘタクソねえ。
快楽に溶けた瞳で深く見てくる姿と黎明、と呼ぶ掠れた声色を思い出す。黎明が動く度に気持ちよさそうに肢体が跳ねていた。
黎明の眼を掻い潜れるとは思えないがあれが演技だったならばぞっとするだろう。あの神さまは人を誑かすのが上手なので一抹の疑惑が浮かんでしまった。
「今日の真経津はなんも言わねーな」
「晨くんはユミピコに買収されてんの
……
」
パンのかんばやしと書かれた袋を抱えている真経津は嬉しそうにひとつパンを取り出して見せつけるように振った。
「新しいパンの出資してくれたんだよね、天堂さん」
真経津がいちばん良く見透すと知ってか、手回しが早い。しかし、口止めをされているということは真経津は核心に至っているのだ。
「晨くん、オレも出資するからちょっとヒントくれねーかな」
「えー、でも天堂さんに叶さんが何言ってきても味方しちゃダメって言われてるんだけど」
「じゃあ敬一くんも追加で。好きにしていいぞ」
「オレを勝手に使うんじゃねーよ!」
獅子神を乗せた所で、普段から真経津の面倒を見させられているのでいつもと変わらないのだが、じゃあ一日中遊ぼうね、獅子神さんなんて笑っているのですこしは心が動いたらしい。
「うーん、神さまはきっと儀礼を重んじるよね。だから当然、手順を間違えるとバチが当たるし、叶さんは寵愛されてるから赦されたけど次はないんじゃない?」
可愛いとこあるよね、天堂さん。
知っている。いつでもなんでもそう思ってしまっているからもうだめなのだ。
「見ろ、獅子神、あれが恋煩いだ」
「わかんねーよ
……
」
真経津の言ったことを考えて、しかし未だに釈然としないまま、獅子神邸からの帰路に着く。ぽつぽつと光る街灯の下、自宅のマンションまで歩いて玄関を開ければ、見慣れた靴が揃えてあった。その隣に黒い袋が無造作に投げ出されている。天堂からの手土産だろう。通りがけに動いているそれを軽く蹴っ飛ばして、おとなしくさせる。
何処にいるのかとまず仕事部屋を覗いたが見当たらない。ついでに見たモニターの中のテラリウムの一室に首吊りがぶら下がっている。天堂のせいだろう。
リビングにもいない。残る寝室に向かえば、ベッドの上に横たわっている姿があった。明かりをつけて、足を折ってしゃがんで傍で見下ろす。
ひどく無防備だと思った。
この、首筋に手をかけたら、力を込めたら。
開いた瞼の奥、目があった。
「おい、その不遜な考えを今すぐやめろ。殺されたいのか」
殺意に反応して眼を覚ました天堂は気だるげに身を起こす。
口元が緩む。どきどきした。いつも気づかれる。気づいて、黎明を殺そうとしてくる。だからつい試してしまう。高揚した気分のまま、寝台に乗り上げる。
「冗談だってわかってるだろ」
天堂は流れた髪が顔にかかるのを振り払って、黎明に視線を投げた。昏い底のない瞳に黎明だけが閉じ込められている。いいな、これ。
魅入ってぼんやりと眺めていれば赤い唇が誘うようにゆっくりと弧を描く。
顔を近づけた。長いまつ毛が揺れている。触れる、ただその柔らかな感覚に神経が集中した。
惹かれてつい唇を重ねてしまったけれど、天堂から拳が飛んでくることはなくそれどころか背に回る腕が、上から下に撫でていく指先が劣情を煽る。
そのまま組み敷くように、寝台へ押し付けても抵抗されない。舌先を絡ませてながら、開けた首筋を撫でた。ヘタクソ、ヘタクソか。過った一抹の懸念。やり直したら、天堂の気持ちも変わるだろうか。
ああだけどなんだか、ひどく嫌な予感がする。
禁忌に触れているような、踏み入ってはいけない場所を乗り越えようとしているような。
離した唇から熱が溢れた。
黎明を見ている。その瞳は欠けているのに深く深く。何処までも誰よりも黎明を見ている。欲しい。これがずっと。永遠に。どうして、何が足りない。オレはオマエを魅せているだろう。こんなにも観ているだろう。こんなにも。
「
……
ユミピコ、好き。オレのことずっと観ていてよ」
ついこぼれ落ちた言葉に張り詰めていた気配が和らいだ。
ああなんだ、それだけで良かったのかと思った。
拍子抜けしたように黎明は笑う。
「
………
なに、そういうコト言って欲しかったわけ?」
「神から永遠の寵愛を得たいならそれなりの作法があるだろう?」
美しく笑った神さまに本能的な危機感が警鐘を鳴らす。真経津の言葉が耳の奥で反響した。何も告げずにこのまま抱いていたら最後に殺されていたかもしれない。
二度目はないのだ。
ただひとこと愛を捧げて欲しかっただけのくせに随分狂った神さまだ。
知らずに死と生の、ぎりぎりの岐路にいた感覚はしかし悪くはない。同類なのだ。いやに響く自身の心臓の音が心地よい。
「なあ、ユミピコからはないの」
「神に愛を請うのか? ならば」
神さまの言葉を聞くよりも先に半身を起こして天堂の片脚を掴んだ。足裏に手を添えて、普段、明かされることもないのに綺麗に揃えられた爪が並ぶつま先に恭しく口づける。
「ほら、言えよ」
ここまでしてやったのだから、貰えるのは当然だろうと、手に入らないのならばゆるさないと笑みを深めて、再び身を寄せる。
「黎明」
この間の、情交の最中のような、甘い声だと思った。色のおちた唇が欲していた言葉を紡ぐように動いて、黎明はすこしだけ満たされた気がした。
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