mk98LL
2026-01-20 21:32:35
3146文字
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G_F_5

──ガチで不穏の5秒前。

的夏♀、夏目は先天性女体化。
『私はよく言葉を間違える』的場さんだけど、今回は行動も無意識にミスってしまった話。
受の動作や様子に惹かれて言葉より先にうっかり手を出して「あ、やべ」とか言っちゃってあらぬ誤解を抱いた受がそこから逃げ出してすれ違うのは私の性癖です。

※誹謗中傷や意見は受け付けません。



 あぁ、今日も来たのか。こんな人気のない廃駅、年頃の少女が通い詰める場所でもないだろうに。
 そんな呆れのような表情を意図的に顔とため息に出して来訪者を迎えれば、腕に荷物を抱いてやってきた少女はこちらの姿を認めて嬉しそうに笑う。その周囲に、用心棒の大妖はいない。

「的場さん! こんにちは!」
……こんにちは、夏目くん。君も飽きませんね」
「飽きたりなんてしません! お隣、いいですか?」
……えぇ、どうぞ」

 どうぞ、と言わなければどうなるのか。
 考えるまでもない。まず、可憐な野花のようなその笑みがみるみるうちに萎むだろう。次いでその白い肌の目元を赤く染めて瞳いっぱいに水を張り、そして「わかりました、御免なさい……」と蚊の鳴くような小さな声に悲しみの色を溢れさせてこぼす。
 そうして、所在なさげにその場に立ったきりになって……やがて、細い背を向けて立ち去る。

「えへへ、お邪魔します!」

 ここで出会うことを繰り返してから、その伺いには肯定しか返していないのでただの想像だ。けれど容易なほど想像がつくそんな顔を、見たくないと思う。
 その時点で、この少女を手酷く追い返すなんて出来ないのだけれど。

…………

 一体何を勘違いしているのか、それともよほど変わった趣味なのか。
 なんと少女──夏目は、自分のことを異性として好いているらしい。初めてこの廃駅で出会った頃は警戒と怯え一色だった視線が、こちらに対する恋心に変わったのはいつのことだったか。やがて何度かこの場所で出会うようになり、自分は仕事のサボりだが君は一体何の用事があるのかと何となく聞いたのが全ての始まりだった。
 まさか、あなたが好きですなどと告白をされるとは。
 この少女はそれなりに聡明だと思っていたが、記憶力はあまり良くない方だったのか。最初に思ったのはそんな考えだった。でなければ、誘拐されかけ、部屋に閉じ込められ、肌に傷をつけられ、大切な家族を盾に脅迫まがいの事までしたような相手に、そんな感情は抱かない。
 それとも何か。あまりに怖い思いをしたために、その辺りの記憶に現実との齟齬でも出てしまったのか。だとしたら、申し訳ないと思うところもある。
 しかし、言葉も出せないこちらの表情に「本気なんですからね!」と啖呵を切った彼女の瞳は陰りも妙な澄みも乗せてはおらず、どうやらきちんと正気らしいとすぐにわかった。
 わかったところで、どうしようもできない。彼女の心はもちろんのこと。

……今日は、どんな御用で?」

 向けられるその気持ちとこの逢瀬を満更でもないと思い始めている、自分の心も。

「今日はね、いいものがあるんです! 塔子さんが近所の人からいただいて」

 弾んだ声をあげて荷物を解き始める少女の邪魔をしないよう、伏せた声で的場が問う。

「夏目くん、今日は猫さんはどうしたんです」
「ニャンコ先生なら、昨夜から飲み会に出て少し前に帰ってきたんです。二日酔いで頭がガンガンするって家で寝てます」
……あれは君の用心棒では?」
「そうなんですけど、先生がお酒飲んで動けない事なんてそこそこあるし。この辺はあんまり妖いないから『何かあったら的場の小僧に何とかさせろ、私は寝てる』って言ってました」

 用心棒、という言葉の意味をこの少女とあの猫はわかっているのだろうか。自分のような輩に会うときに最も必要なのがまさにそれだろうに。
 確かにこの辺りには、時々通る気味の悪い大妖のせいかあまり他の妖が棲みついていない。だとしても、妖がいるいないに関係なく場所が場所だ。一般人から見たら猫でも、いないよりはマシだと言うのに。
 そんな的場の思考は、ふわっと鼻腔を掠めた甘い匂いに中断される。甘く、それだけで喉を鳴らしてしまいそうなほどにかぐわしい香り。夏も終わりに近付いた今では、旬と言うにはすこし遅い気のするそれは──。

「はい、的場さん! 二つ持ってきたんです! 食べますか?」
「──桃、ですか」

 少女の手が差し出したのは、薄紅が程よく濃く色付きつつある、小ぶりな桃だった。膝に広げられたビニール袋の中でタオルにも厳重に包まれていたらしいそれを、彼女はきっと大切に運んできたのだろう。どこも傷んだ様子はなく、形の良い実だった。

「塔子さんが頂いてきたんです。ちょっと小ぶりだしもう夏終わりだけど、そういう品種みたいですよ」
「いただいていいんですか」
「一緒に食べようと思って持ってきたんです。嫌いじゃなかったら」

 どうぞ、と再度差し出される少女の手から、桃を受け取った。柔らかくて、けれど中身は詰まっているのかしっかりと重さがある。皮についた生毛がちくちくと手のひらの肌をくすぐるそれが自分の手元に来ると、より一層甘い匂いが立ち上った。
 今更だが、この場にはナイフもフォークもない。少し行儀は悪いが齧り付くしかないだろう、とここではそう気にする必要もない事を考えている間に、隣からは「ん〜〜〜ッ!!!」と感嘆の声が上がっていた。
 細い両足を小さな子供のようにパタパタと動かして、両手で持った桃をあぐあぐと頬張っている夏目。よほど美味しいのか、一口食べるごとに顔の周りに見えない花でも咲いているかのようだった。

「皮ごと食べても全然ボソボソしない! んん〜〜、美味しぃ〜!」

 しゃくり、と彼女の小さな口が動いて齧り付く。一生懸命に顎を動かして食べ進める三口は、的場なら一口で齧り取ってしまう量だろう。
 桃を包んできたタオルを膝に広げる行儀の良さと、遠慮なく齧り付くその様がちぐはぐだ。実から溢れた果汁がタオルにぽたぽたと落ちていく間に、破られた皮の奥から立ち上る甘い香りが強さを増していく。
 じゅる、と果汁を啜る音が、静かな廃駅にやけに大きく響いた。

「的場さん? 美味しいですよ?」

 食べないの? のばかりに、大きな瞳が瞬いて受け取ってそのままになっている手の中の桃と的場の顔を交互に行き来する。身長差のある少女の顔は当然こちらを見上げるように動き、もう一度相手の名前を呼ぶその口元は、甘い汁に塗れて艶やかだった。
 まるで、舐めて溶け出した飴の表面のようにツヤツヤとして──。

「────ん、ぅ」

 鼻先をくすぐる、芳醇な桃の香り。
 唇から入ってきた果汁の甘さと、そのベタつき。
 おかしいな、まだ、桃に口はつけていないのに。

…………ぁ、え……?」

 目の前に、真っ赤な顔。少し離れてピントが合うと、それが夏目の顔だとわかった。そして、ならば今触れた桃の正体は──。

…………あ、」

 気がついたら、なんて陳腐な言い訳が、本当に使われる場面が来るとは思わなかった。真っ赤になって口をぱくぱくと開閉したまま、けれど目線を逸らすことのできずにいる夏目からまた少し体を離す。気がついたら、そんな愚かしい言葉を吐くわけにはいくまい。
 落ち着け、まずは認めなくてはならない。これは確実に──。

「──まちがえた、」

 心の中で思った言葉が無意識に口から滑り落ちて、その瞬間。目の前の少女の赤みが、一気に桃の実のような白へと変わっていく様を見る。
 自分の耳を打った自分の声と、目の前の少女の変化に的場が目を見張ったその一瞬、ぐわんと視界が揺れた。
 食べかけの桃も膝の上のタオルも廃駅の床に投げ出した、少女の背中が遠ざかる。遅れてやってきた胸の辺りの鈍い痛みに、夏目に突き飛ばされたのだと遅まいて知る。
 しまった。
 今度こそ声に漏れ出ることはなく、的場は胸中でそう発した。

 ──間違えた。