mk98LL
2026-01-20 21:28:19
3455文字
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特等席で見続けて

──だって二人は、大切な友人" 達 “だからね。

的夏♀で夏目は先天性女体化。的場さんの妻になっています。
そんな二人を見守り続けた名取。
ほぼ的場当主の妻である夏目とフリーの祓屋にして友人でもある名取が話してるだけです。

※誹謗中傷や意見は受け付けません。


【特等席で見続けて】


 いつものように開催の連絡を受けて足を運んだ呪術師達の会合は、少しばかり場の雰囲気が違った。多種多様な人、どころか人ならざるものまで集まってくる場の空気が騒がしいのはいつものことなのだが、今日は何だか浮き足立ったような雰囲気と、水面下で言葉が行き交っているような密やかさが混ざり合っている、実に妙な心地だった。
 名取は共として連れてきた柊を連れて、人々の視線がチラチラと注がれる会場の中心へ足を進める。妖の侵入や怪我人の発生ではなさそうだが、さて、何かあったのか。
 その理由は、すぐに明らかになった。

「これはこれは──こんばんは、的場さん」

 人だかりの中心でありながら、よくよく見なければわからないほど微かに遠巻きにされている人物。白と薄い紫を基調とした着物に漆黒の丸い帯留をあしらい、長く細い銀の髪をまとめて赤い花のかんざしで飾っている彼女が、名取に名を呼ばれ振り返る。翳りつつあった表情をパッと明るくし「名取さん!」と声を上げた。

「お久しぶりです。以前ご連絡した時は、海外ロケに行かれててお会いできなかったから嬉しい。お土産いただきました、ありがとうございます」
「とんでもない。今回も会合の主催を務めていただき、的場さんには御礼申し上げます」
……名取さん?」

 キラキラとした笑顔で卒なく口上を述べる名取に、女性はムッとしたように片眉を釣り上げる。先程まで著名な彫刻家の最高傑作のようだった彼女が見せた子供っぽい表情に、周囲の祓屋達はざわりと驚き、名取は慣れたようにくすりと笑って「ふふ、はいはい。ごめんね? 夏目」と別の名を読んだ。
 夏目。それは一年ほど前に嫁入りしたことによって名乗ることの無くなった、彼女の旧姓だ。しかし祖母、両親と繋いで自分に唯一残された姓だからと、彼女に──正確には夫の方に──頼まれて、彼女が少女だった時代から親交のある友人達は『夏目』と呼ぶ。
 天涯孤独の少女だった夏目。子供時代を最後まで過ごした藤原家を出て、いまや祓屋最大手の的場一門当主、的場静司の妻である。

「それにしても、的場さんはどうしたんだい? 七瀬さんも」

 一年ほど前の婚礼後、彼女の姿は祓屋の会合でもお披露目となりその存在は周知されている。けれど、的場静司の妻ではあっても決して祓屋ではない彼女がこうして会合に現れることは稀だった。しかも一人きりで。
 名取の問いに、夏目は少しだけ困ったように小首を傾げて答えた。

「それが、静司さんは急な妖祓いが入ってしまったんです。早く終われば合流する予定ですが、この時間ではきっと、もう……。七瀬さんは、政治家の秘書の方と打ち合わせがあって元々来られなかったんですが」
「えっ! じゃあ二人とも席を外してるんじゃなくて、今日は夏目一人で?」
「はい。本日は私が当主名代として参りました。──名取さんにおかれましては、表でのご活躍もかねがね。昨今ますます扱いに困る依頼も多く受けていただいて、一門も助かっています」

 十代の頃によく見た少女の表情から、スッと的場夫人の顔つきになって名取に礼と労いを述べる夏目に、名取も少々面食らいながら「いえこちらこそ」と低頭する。少し見ない間に、随分と立派な令夫人になったものだ。

「って、いやそれよりも……こんな場所に夏目を一人でだなんて静司のやつは……。っと、失礼しました、奥様」
「もう、名取さん。……でも、私が無理を言ったようなものなんです。前回は的場の欠席回で、情報収集のためにも出るべきだと思ったから、静司さんが出られないなら私が、と……
「へぇ。七瀬さんの不在もありながら、的場さんがよく許したね」
「一応、先生が一緒に来てくれるって事で納得してもらったんですけど……まぁ案の定というか。お酒とおつまみ目当てだったので」

 彼女が大人となっても、祖母の遺品がらみの諸々が解決した今となっても、『用心棒』を名乗って彼女の側にいる大妖。ちゃんとしていれば人だろうが大妖怪だろうが敵ではないのだが、どうやら大好物の酒に呑まれてしまったらしい。しかし、的場主催の会合で的場静司の若奥様に手を出そうなどという物好きは、たとえ酔っ払いの中にだっていないのでそう心配はいらないだろうが。
 名取はちらりと自分の背後に控える式に視線をやって提案する。
 
「なら、先生が戻るまで柊を付けようか。万が一、億が一にでも不届き者が出ようものなら即刻斬り捨てて貰おう」
「はい、主様。夏目、任せろ」
「解決方法が物騒すぎます!」
「はは、冗談だよ。……危険はともかく、一人で退屈じゃないかい? 君は祓屋じゃないから依頼や術の情報交換は必要ないし。それにさっきから……

 遠巻きにされているだろう、と言外に伝えると、彼女は「仕方がないです」と苦笑した。

「親しい方々とのご挨拶は済みましたし、私個人としてお会いした事のある人はとても少ないから……話しかけ辛いんだと思います」
「一門のお付きは? 誰かいないのかい」
「静司さんの依頼の方に人手が必要だったのもありますが、これは私が無理にお願いした我儘のようなものなので」

 どうやら、夏目自身が一人で大丈夫、付き人はいらないと断ったらしい。
 この可憐な若奥様の付き人となれば、喜んで右手どころか両手を挙手して立候補する門弟は掃いて捨てるほどいただろう。しかし、おそらくは全員かの夫の蛇睨みを前に撃沈したのだろうなぁ、と名取は密かに門弟達に同情した。
 ともかく、そうと聞けばますます放っておけない。彼女は大切な友人であり、成長を見守り続けた妹のような存在だ。それに──お互い本人達は認めないかもしれないが──それなりに大事だと思っている友人の、妻でもある。
 名取はよし、と頷いて夏目に微笑んだ。

「なら、先生が戻るまで私が付き添おう。しばらく会えなかったから、近況報告もしたいしね」
「それはぜひお聞きしたいですけど……いいんですか?名取さんも挨拶する方々がいらっしゃるでしょう?」
「そう思っていたんだけど、今回私の挨拶相手は欠席が目立つようでね。まぁ、こんな場所で君と気の滅入る業界情勢の立ち話をするよりは、オシャレなカフェでもっと明るい話をしたいもんだけど……ね?」
「ふふ、相変わらずですね名取さん」

 おどけたようにパチン、と繰り出された一流俳優の完璧なウインクに頰を赤らめる様子もなく、夏目は口元を隠してころころと笑う。やはり変わったなぁと、こんな小さな仕草一つでも「揶揄わないでください!」と赤面して視線を逸らしていた少女の女性への成長を眩しく感じる。
 そんな名取の背後から、静かな声がかかった。

「──友人付き合いなら楽しんでいらっしゃいと快く送り出すところですが、デートとなると話が変わってきますねぇ。名取?」
……静司さん! おかえりなさい!」
「遅くなりました。私の名代、ありがとうございます」

 名取の背後に視線をやった夏目が、太陽に顔を向ける向日葵のような笑顔を浮かべて名前を呼ぶ。それは他ならぬ愛する夫の名前だ。
 そこには、皺一つない黒い着物に身を包んだ的場の当主、的場静司が立っていた。

「こんばんは的場さん。急な依頼と聞きましたが、もう大丈夫なんですか?」

 軽く低頭し挨拶する名取に的場は目礼を返し、えぇひとまず、と先程まで急な依頼に追われていたとは思えない落ち着いた声で返した。

「しかしその中で、少し別の仕事が出来ましてね。名取に頼みたいと思っていたんです。このまま別室へ来てもらえますか」
「もちろん、伺います」
「まとめて話したいので、妻も同席します。ついでに、近況報告と参りましょうか」
「私はともかく、的場さんからも報告が?」
「正確に言えば相談でしょうか。例えば……最近貴方が獲ったとニュースで見た、アカデミー賞のお祝いについてとかですかね」
「あっ、そうでした! 名取さん、おめでとうございます!」
「はは、ありがとう。……何だか、祓屋の会合に来ている気分じゃなくなってきましたよ」

 名取の気の抜けたような声を最後に、三人の姿は大広間から遠ざかる。多くの者にとって業界の有力者、遠巻きに見る事が許される力ある者達であるはずなのに。
 何故だかその後ろ姿は、実力も肩書きのしがらみもない、微笑ましい旧友達のように見えたのだった。