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やまだ
2026-01-20 20:53:52
2317文字
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羅小黑戦記
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2021.04.24 夜中の師弟
ししょう、と呼ばれた気がして目を開けた。いとけない声でムゲンをそう呼ぶ相手は、この世界にただひとりしかいない。
「
……
シャオヘイ?」
青白い星明かりがうっすらと手元を照らす、月も沈んでしまった時間だ。寝たくないとぐずるシャオヘイを寝台へ押しこんで、ムゲンもさっさと自分の寝台に横たわったのが日付の変わる前だった。
今の時刻ははっきりしないが、おそらくもう日を跨いでいる。耳鳴りがするほどの静寂と、隣の寝台で小さく丸まった影がかろうじて見える青い闇は深夜のものだ。
「シャオヘイ? 起きてるのか?」
「師匠
……
」
蚊の鳴くような声がした。ムゲンが寝台に身を起こす際の軋みでかき消されるような声量は、日中あれだけ溌刺と駆け回っていた子の勢いにそぐわなすぎる。
シャオヘイの寝台まで、起き上がって一歩だ。照明などなくとも間違えようのない間合いを踏破し、軽い毛布をめくり上げる。
ずっ、と鼻をすする音が聞こえた。
「し、師匠」
「シャオヘイ。どうした?」
「あ
……
あし、いたい
……
」
「足?」
「い、いたい
……
ししょう、痛くて寝れないよお
……
」
シャオヘイは勝気な子だ。意地っ張りで自尊心が高い。
そんな子どもが夜の寝台にひとりでぎゅうっと縮こまっているのは、べそべそ泣きながら皇を垂らしている様子は、ムゲンを困惑よりも強い衝動で突き動かした。嗚咽に震える体を両腕で抱えあげる。腕の中、待ちかねたように擦り寄ってくるシャオヘイは昼よりも軽い気がした。
「怪我してたのか? 気がつかなかったな。どのあたりだ」
「ち、ちがう
……
と、思う」
「思う?」
懐がシャオヘイの涙と鼻水でみるみる濡れていく。
これまでどれだけ修行で痛めつけても、泣くようなことは一度もなかった。はっきりと、異常事態だった。
「きのうも
……
昨日も、昨日の昨日もいたくて、夜、ぼくずっと我慢してたけど、でもほんとにいたくて」
「夜? 夜だけ?」
赤子にするように抱いた体をそっと揺らしてやると、気が紛れたのか眉間の皺が僅かにとれた。目が慣れてきてシャオヘイの泣き顔がぼんやり見える。
「
……
シャオヘイ、朝になるとすっかり痛みが消え失せるんじゃないか」
「う、うん。だから明るいときはへいき
……
夜になると、い、痛い」
「なるほど」
確かに、怪我ではない。
ふ、とムゲンは笑ったつもりだが、痛みに気が向いているシャオヘイには目を凝らす余裕がなかったのだろう。溜息と勘違いしたに違いなく、まるい顔の上を次々に熱い水が伝い落ちていく。雫はそのままムゲンの睡衣をまた濡らした。
「ねぇ師匠、ぼく病気? し、しんじゃう?」
「死なないよ。大丈夫だ」
「ほんと? ほんとに? 死なないのに、こんなに痛いの?」
シャオヘイのかたちのみが残る寝台に腰かける。
短い足を手で繰り返しさすってしばらくすると、子どもはさも不思議そうに瞬きをした。
「
……
なんか、ちょっとだけ、痛くなくなった
……
かも」
「うん」
「
……
師匠、なんで?」
「シャオヘイ」
うん、と呟くシャオヘイの足を撫でつづけながら、ふっと笑ってしまう。本人にとっては耐えがたい痛みだろうから少々うしろめたいが、ムゲンはこのこそばゆさを耐えるすべをほかに知らなかった。
「痛むのは、おまえの体が成長しようとしているからだ」
「成長?」
「ああ。もうしばらくすれば痛みはなくなる。
……
それまでは耐えなければいけないが」
「しばらく
……
」
暗い顔で考えだしてしまったシャオヘイを寝台に寝かせて、ムゲンもその隣に横たわる。引き寄せた毛布の上からでも、足をさすってやるとだいぶシャオヘイの気は紛れるようだった。目尻の涙が引きはじめている。
「シャオヘイ、しばらくこうして一緒に寝よう」
「また、しばらく?」
「そうだ。しばらく」
一時的なものとはいえ、涙を流してムゲンを呼ぶほど痛む体をシャオヘイひとりで耐えるのはつらいだろう。さすがに肩代わりはムゲンにはできないが、傍にはいてやれる。
暗闇の中で少しのあいだ口を噤んでいたシャオヘイは、やがて泣きはらした瞳をきらりと光らせた。
「
……
師匠、ぼくが呼んだらすぐ起きてくれる?」
「ああ」
「すぐだよ。すごく眠たくても、夢がいいとこでもだ
よ」
「いいよ」
昨日までのように何も知らずに眠っているより、はるかにましだ。
「
……
へへっ」
ムゲンの返事を聞き、シャオヘイがやっと笑った。
緊張のとれた仕草で、ぐしょ濡れの懐に額を擦りつけてくる。
「
……
ね、師匠」
「ん?」
「ほんとはね、ぼく昨日の夜も師匠のこと呼びたかったよ。でも我慢したんだ。えらい?」
「
……
ああ」
よく耐えたと思い、よく今夜は呼んでくれたと思う。
でなければムゲンは、これほど近くにいるのにシャオヘイの孤独を知らずじまいだったかもしれないのだ。
謝意を込めて頭を撫でた手に、シャオヘイは得意そうに歯を見せる。ねぇ師匠、とムゲンを呼ぶ声は先程よりもはきはきして、明るさを取り戻しつつあった。
「師匠、痛くなくなるまでなんか話して。面白い話。わくわくするやつ」
「
……
少し待て。考えるから」
「すぐ! ね、早く!」
「
……
あと少し」
「もー。早くー」
とん、とん、と毛布越しに、シャオヘイの小さな膝へ手を置く。じき体がきちんとできあがるころには、この日の痛みなどけろりと忘れているだろう。もちろんそうでなければならない。
ただできるなら、シャオヘイに何度も急かされながら昔話を語り聞かせたこの夜のことは覚えていてほしい。
しばらくは、覚えていてほしいと思うのだ。
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