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やまだ
2026-01-20 20:33:40
1895文字
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羅小黑戦記
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2021.04.10 合羽と師弟
「ねー! 師匠、早くってば!」
「今行く。傘と合羽と、どっちがいいんだ?」
普段の靴から、膝下まである黄色いゴム長靴に履き替えている。玄関で足踏みするとがっぽがっぽと間抜けに鳴って、外の雨音を少しだけ遠ざけた。
明るい緑色の傘も、長靴と同じ色の雨合羽も、ムゲンが持つとおもちゃのようだ。シャオヘイの雨具を両手でひとつずつ掲げるムゲンに向きあって、しばらく腕を組む。傘と合羽のどちらもシャオヘイのお気に入りだ。
ううん、とたっぷり矯めつ眇めつしてから雨合羽を指さした。
「こっち」
「わかった」
傘を置くムゲンにくるっと背を向けて、腕を肩の高さまで上げる。大きな手が合羽をがさごそく鳴らして着せかけてくれたら、もう一度くるっと回れば、同じ手が今度は猫の形のボタンを喉まで留めてくれるのだ。
「きつくないか? もう袖が足りなくなりそうだな」
「全然きつくないよ。ね、師匠は合羽持ってないの?」
「私は傘でいい」
ゆったりした長担は歩くだけで裾がびしょびしょになりそうだ。絶対に合羽と長靴のほうがいいのに、雨の日の散歩にムゲンはいつもビニール傘を広げる。
いつか海でやったように、濡れても術で服から水を抜いてしまえるからだろうか。けれどシャオヘイが以前そう尋ねたとき、ムゲンはにやっと笑って地面の水溜りにわざと踏みこんだのだ。
「やらない。せっかく雨中を歩いたあとにそんな無粋をするのでは、散歩の意味がない」
「全然わかんない」
「そのうちわかるよ」
ムゲンが言うならそうなんだろう。
ただその会話からしばらく経ったが、やっぱり今もシャオヘイは合羽と長靴のほうが好きなのだった。
「しかし、おまえも案外わかってるな」
ちょうど思い出していた台詞と似たことを言われてびっくりする。勢いよく動いた耳が合羽のフードをがさっと揺らした。
「ぼく? 何が?」
ムゲンのあとについて玄関を出ると雨音が少しはっきりする。さらさらとまっすぐに降りつづける雨は、明るい曇り空としっとり濡れた地面を繋ぐ細い糸のようだ。
柔らかい土は歩くごとにシャオヘイの長靴をほっくりと沈ませる。ムゲンの服の裾もさっそく泥跳ねで濡れていたが、隣に並んで見上げる顔はなんだか楽しそうだ。
「雨に濡れる梨の花が見たいんだろう? なかなか風雅なことを言うと思って」
「風雅はわかんないけど。でも綺麗だよね?」
冬まで裸だった枝に白くて小さな花がどっさりと咲くさまは、つい目を引かれる。晴れた日に青空を負っているのももちろん綺麗だけれど、シャオヘイはなぜだか雨の日の梨の花のほうが好きなのだった。見ていると胸がしんとして、それからすがすがしい気持ちになる。
「そうだな」
だからムゲンが頷いてくれて嬉しかった。へへっと笑って、傘を持ち替えた隙に空いた手を捕まえる。いつもより少しぬるくて濡れていた。
「やっぱり師匠も合羽着ればいいのに。ぼくとおんなじやつ買ったら?」
「たぶん、サイズが合わない」
「そっかあ。師匠かわいそ。
……
ね、羨ましい?」
「あまり」
「あまりってことは、ちょっとは羨ましいんだ!」
シャオヘイが体重をかけてぶら下がってもムゲンの体はびくともしないし、手が離されることもない。脇腹から腿のあたりまで、シャオヘイの体当たりでびしは濡れにされながら、なんでもない顔で歩くのだ。頭上に広がった透明のビニール傘はたくさんの雨粒と、白っぽい曇り空を乗せてつやつやしている。
そのうちシャオヘイも傘ばかり使うようになるのかもしれない。
「師匠」
「うん」
「ぼく、前は別に梨の花なんて好きでもなんでもなかったよ。変なにおいだなって思うくらいで、気にして見たことなんかなかったんだ」
「そうか」
「うん。でも今は綺麗だって思う。
……
これって、ぼくが人間に慣れてきたから?」
シャオヘイの身の頭で雨が一粒ぽつんとはじけた。
ムゲンが上体をひねってシャオヘイを振り返ったので、勢いに負けた水滴が傘から飛び跳ねてきたのだ。
「そうじゃない。おまえが成長したということだよ」
濡れた鼻を舐めようと懸命に伸ばす舌の向こうでムゲンが微笑んでいる。そのまなざしが無性に恥ずかしくて、シャオヘイはわざと舌にばかり注目するふりをした。
ムゲンの手にぶら下がってゆらゆらやりながらなので、合羽が上に引っ張られてきつい。肩が少し突っぱる。
「あれっ」
舌をしまうのも忘れて、シャオヘイは大きく瞬きした。どうした、と微笑むムゲンを仰ぎ、ぽかんとしたまま立ち尽くす。
「師匠。やっぱり合羽、ちょっときつい」
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