やまだ
2026-01-20 20:28:54
1723文字
Public 羅小黑戦記
 

No title

2021.04.06 大きくなりたい師弟の話

 ムゲンの一歩に追いつくには、シャオヘイは四歩跳びはねなくてはならない。服のボタンをかけるときも自分の短い指だと難しくて、一番上はいつもムゲンに留めてもらう。肩車をしてもらわないと遠くが見えない。
 小さいって不便だ。
 森にいたころはこんなことを思ったりはしなかったのに、ムゲンといるとシャオヘイは自分がどんなに小さいかを思い知らされてばかりだ。
「誰だって初めはそういうものだ」
 修行の合間の休憩時間、涼しい木陰から明るく輝く若草を見つめる。木に寄りかかるムゲンの胡坐のあいだにどしんと座り、シャオヘイは今しがたも実感した不都合に唇を尖らせていた。何しろ手足が短いので、殴る蹴るの接近戦になるとムゲンに対してなすすべがなくなる。
 そんなことをぶちぶち呟いたところ、師は特にありがたみのない感想をシャオヘイにくれたのだった。
「うれしくない!」
 膨れっ面でムゲンの膝をぺちんとやる。その手もやっぱり小さいものだから、あまり気は晴れなかった。
「師匠も昔はぼくみたいだったの?」
「そうだよ。おまえより小さかったかもしれないな」
「ふうん……?」
「なんで不思議そうなんだ。人間の子どもを知らないわけでもあるまいし」
「そうだけどさ」
 ちょっと上向くとムゲンの喉と頭が見える。汗ひとつかいていない体はシャオヘイが寄りかかるとあたたかだった。
 ムゲンはシャオヘイが初めて会ったときからずっとムゲンだったから、背後にある、大きな頼もしい体がそうでなかった時間を想像するのが難しい。シャオヘイのこの体の上にムゲンの仏頂面を乗せてみる空想は少し寒気をもたらした。
 ぶるっと震えるとムゲンがすぐに気づいて目線を落としてくれる。
「どうした? 汗が冷えたか」
……なんでもない。ね、あとどれくらいしたら、ぼくも師匠ぐらいでっかくなれる? 一年?」
「まさか」
 ふっと笑ったムゲンの、乾いた大きな手がシャオへイの額を撫でた。
「十年……では、少し足りないか。二十年くらいじゃないか」
「そんなに!」
 ムゲンの脚の上で跳びあがってしまった。これから二十回も春夏秋冬を繰り返すまで、シャオヘイはずっと肩車してもらわなければならないのだ。
……早く大きくなりたいのか?」
「ん……だってかっこいいじゃん、大きいと」
「そうか……?」
 いまいちぴんと来ていないムゲンのとぼけ顔だ。シャオヘイは憤慨して頬を膨らませた。
 大きいと格好いいのだ。シャオヘイはそれを知っているのだ。
「そうだよ! 師匠の手だってさ、ほら、見て」
 シャオヘイの手は、ぺたりと重ねるとムゲンのたなごころですっかり収まってしまう小ささだ。指なんて形からして違う。
「あとさあ、ぼく師匠みたく速く走ってみたい」
「ん?」
 ムゲンがシャオヘイの手ごと握りこんだ、そのこぶしを軽く揺らす。ぽん、ぽん、とふたりぶんの手が上下するたび、急いていた心のざわめきが収まっていく気がした。ムゲンの手の動きに合わせて、足を片方ずつぱたぱたやる。
「師匠、本気出すとすっごい走るの速いでしょ? ぼくも大きくなったら、師匠ぐらい速く走れるかなあ」
 ねえ、と振り仰いだムゲンはシャオヘイを見下ろして変な顔で笑っていた。脇腹をくすぐられているときのような、たまにシャオヘイが服のボタンを全部ひとりで留められたときのような、眩しそうに目を細めて笑う顔だ。木陰にいるのに、ムゲンはそんな顔をしてシャオヘイの手を揺らしている。
……師匠? ねえってば。ぼく、師匠みたくなれると思う?」
……大きくなったらか?」
「そう言ってんじゃん」
 せっかく話をしたのだから、笑っていないでちゃんと聞いてほしい。
「そうだな……
 ムゲンの大きな手が、シャオヘイの小さな手を包んだまま跳ねる。
「なってくれるといいな」
「もー、なれるかどうかって訊いてんの!」
 いくらシャオヘイがむくれてせがんでも、ムゲンはおかしな顔で微笑むばかりだ。
 休憩のあいだシャオヘイはずっとムゲンに同じ質問を繰り返していたけれど、結局きちんとした答えが返ってくることのないまま修行が再開してしまったのだった。