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やまだ
2026-01-20 20:23:40
2221文字
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羅小黑戦記
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2021.04.02 子育て師匠
最近ようやく使えるようになってきた箸を使い、シャオヘイは熱心に目の前の皿をほじくり返している。
皿の隅に緑色の物体を寄せるたび、俯くまるい顔のなかでそこだけつんと尖った唇がますますかたくなになるのだ。
「
……
シャオヘイ」
正直に言えば、見ていて面白い。このまま饅頭のようなシャオヘイを眺めて食事を続けたくさえある。
惜しむらくはここが昼下がりの賑やかな食堂で、ムゲンはシャオヘイの師であり、この子を教導せねばならない立場にあることだ。箸を一旦卓上に置く。
「肉だけ食べようとするな。野菜も食べなさい」
「だってこれ、辛いし苦いんだもん。変な味!」
「シャオヘイ」
うえっ、と舌を出すのをたしなめてやめさせる。
出会った当初は肉でも野菜でも口にするたび恍惚としていたものだが、どうやら人間の食事に慣れるにつれてシャオヘイにも好き嫌いができだしたようだった。
肉が好きで、魚が好きで、果物や菓子などの甘いものも喜んで食べる。他方、酸味や苦味の強いものの多い野菜類にはあまり進んで手を出そうとしない。
それ自体は当然のことだから構わないのだ。口に入れるものの味を、この妖精の子が自分で判別できている証だ。
「分けてしまうから逆に食べにくくなるんだ。肉と一緒に食べてみろ」
ただそれはそれとして、ムゲンは師としての務めをまっとうせねばならない。そろそろ偏食を矯正しておきたかった。
「やだよ。これの苦い味のせいでお肉の味がわかんなくなっちゃう。台無しだよ」
「
……
口はいっぱしの食通だな」
「食べたいなら師匠にあげる。食べていいよ」
はい、と、こんなときばかり見事な箸さばきでシャオヘイはムゲンの皿へ野菜を次々に積み上げる。
すっかり茶色くなった皿の上で満足げにする子を眺めつつ、ムゲンはこんもり重なったピーマンの細切りを箸でつまんで頬張った。噛みしめるたび滲み出る苦味とわずかな辛味に餡のほどよい甘さが絡んで、米のすすむ味だ。
「うまいのにな」
「うっそだぁ! ぼく絶対食べないからねっ」
「絶対?」
「絶対!」
「そうか」
これみよがしに口いっぱいに肉を詰めこむシャオへイを眺める。幸せそうであり、楽しげであり、ムゲンが折れたとみて得意げでもある。
ふ、と笑みまじりの吐息をこぼす。
ムゲンがこの程度で音を上げるような男であれば、そもそも自分のあてどない旅に幼いシャオヘイを巻きこむようなまねはしなかった。
「シャオヘイ」
「なに。ぼく食べないよ」
「それはわかった。別の話をしよう。
……
シャオヘイは、鯨が何かわかるか?」
「鯨? 知ってる! あれでしょ? 海で見たすごいでっかい魚!」
正確に言えば魚とは違うものだが、それは本題ではない。うん、と頷きながらムゲンはさりげなく皿の上のピーマンの小山を均す。ついでにもう一口つまんだ。
「そう。あれは水の中の生き物だな?」
「うん」
シャオヘイが唐揚げの載った小皿を引き寄せようとする隙をつき、箸先でピーマンを細かくちぎっていく。
ムゲンはこれから何を話すのだろう、というほのかな期待で輝く嘩がこちらを向ききる前に、そっと皿の前に丼を置いた。
「海にいるはずの鯨を、私は砂漠の中で見つけたことがある」
「えっ、なんで!」
子どものまるい目が好奇心でぎらりと輝くのに、ムゲンは内心ほくそ笑むのだ。あくまで内心のみ、表面上は一切顔つきを変えず、シャオヘイへ向けて頷きながら手元の秘密工作も忘れない。
「正しくは骨だが。それでも頭から尾びれまで、朽ちることなくしっかりと全身の骨格が残っていたんだ。不思議だろう?」
「なんで? だって砂漠って砂しかないとこでしょ? 鯨って砂の中でも生きれるの? 海から砂漠までって遠い?」
「遠いな。鯨が海から砂漠を目指したなら、その途中で干からびてしまう」
へええ、とうなる口に揚げパンを押しこんで、シャオヘイは虚空にその光景を描いてみようとしているらしかった。まるい日が少し上向いて、天井を見つめている。
そのあいだにムゲンは肉団子の小鉢にゆっくりと細切れのピーマンを盛りつけ、丁寧に箸でかき混ぜてタレと馴染ませた。仕上げにするりとシャオヘイの手の届く位置へ忍びこませる。
「ねぇ師匠」
「うん?」
考えごとに夢中になると手元がおろそかになる。握り箸で米をかきこんだシャオヘイは、ムゲンを見つめながら碗を置いた手を肉団子の小鉢へ伸ばす。
「砂漠って、ぼくが行っても干からびちゃう?」
大きく開いた口に、たっぷりとタレの絡んだ肉団子が放りこまれた。大きく咀嚼しごくりと飲みこむ動作を確かめてムゲンは微笑む。
「鯨が気になるか?」
「うん!」
一個二個と、小鉢の肉団子がタレとともにみるみる減っていく。
「ね、ぼくも砂漠行きたい。師匠と一緒に鯨見る! いいでしょ? ね、ね、いいでしょ」
「野菜も食べられるようになったらな」
「野菜は関係ないじゃん! やだよ、ぼく絶対食べない!」
「そうか?」
空になった小鉢の底には、本来の色が覗いている。
タレまですっかり平らげた子は、まだ自身の成した偉業に気づくことなく膨れっ面だ。
「だが、そう遠くないうち一緒に見に行けるかもしれないぞ。シャオヘイ」
「ええ? なんで」
だからもちろんムゲンの微笑みの意味に気づくこともなく、ただ訝しげに首をななめにするのだった。
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